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第5話:スカウトと最強の護衛

石鹸とハーブ蒸留酒の生産ラインが軌道に乗り始め、シルフィード領に微かな活気が戻りつつあったある日のこと。領地経営の第一段階である「生産」が回り始めた矢先、事業の継続性を揺るがす最大の脅威——「セキュリティリスク」が表面化した。

「大変です、エレノア様! 領地の境界付近で……商会へ運搬中だった石鹸の試作品を載せた馬車が、盗賊団に襲われました!」

報告に飛び込んできたリザの顔は蒼白だった。

「盗賊……やはり出てきたわね」

私は手止めて溜息を漏らした。どんなに優れたプロダクトを作り、需要を開拓しようとも、サプライチェーンの安全が確保できなければビジネスは成り立たない。治安維持のための軍事・警備リソースの欠如は、現在のシルフィード領における最大の弱点だった。

「怪我人は? 被害の規模は?」 「は、はい……! 運搬していた領民数名が逃げ帰ってまいりましたが、商品は奪われ、現場にはまだ何人かの盗賊が残っていると……!」 「すぐに向かうわ。リザ、動ける男性数名に松明と棒切れを持たせてついて来させて」

私は躊躇することなく現地へと向かった。

馬車を飛ばして十数分、領地外縁の街道沿いに到着した私たちが目にしたのは、予想を遥かに超える異様な光景だった。

「……え?」

後方に控えていた領民たちが息をのむ。

現場に散らばっていたのは、武器を手にした十数名の盗賊……の、哀れな転倒体だった。全員が意識を失い、あるいは痛みで呻きながら地面にひれ伏している。

そして、その惨劇の中心に、一人の青年が静かにたたずんでいた。

黒髪に、深く澄んだ紺色の瞳。背筋は隙なく伸び、手にした一振りの剣には一滴の血も付着していない。洗練された無駄のない身のこなしは、荒事になれた野盗のそれとは根本的に異なっていた。

青年は私たちの気配に気づくと、ゆっくりと振り返り、涼やかな声で言った。

「大丈夫ですか、お嬢さん。盗賊どもは片付けました。荷物も無事のようです」

私は倒れている盗賊たちの状態と、青年の立ち姿をコンサルタントの観察眼で瞬時に分析デューデリジェンスした。

(急所を正確に外しつつ、一打で行動不能に陥らせている……。一人で十数人を相手に、呼吸一つ乱していない。間合いの取り方、重心の移動……ただの浪人や傭兵の動きじゃないわね。この国の正規騎士団とも明らかに違う、洗練された高位の剣術……)

身なりは旅人のそれでありながら、内側から溢れ出る圧倒的な品格と武の覇気。ただ者ではない。

「助けていただき感謝します。私はこのシルフィード領の領主、エレノア・フォン・グランベルと申します」

私はドレスの裾を軽やかに持ち上げ、完璧な貴婦人の礼を執った。

「……貴方のお名前を伺っても?」

青年は一瞬、私の礼法に洗練された気品を感じ取ったように眉をピクリと動かしたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。

「……アークと申します。あてのない旅を続けている、ただの用心棒ですよ」

「アーク様ですね」

私はニヤリと口角を上げた。目の前に転がり込んできた、あまりにも都合が良すぎる「最高級の人材」。ビジネスにおいて、優秀なCクラス(経営幹部)人材の確保は事業の成否を分ける。私は躊躇することなく、彼の眼前へと歩み寄った。

「アーク様。もし良ければ、我がシルフィード領の『最高治安責任者(CSO:Chief Security Officer)』として契約していただけないかしら?」

「……はい?」

予期せぬ単語に、さすがのアークもポカンと口を開けた。

「CSO……ですか?」

「ええ。現在、我が領地は爆発的な経済成長の初期フェーズにあります。しかし、見ての通り防犯・警備体制が決定的に不足しているの。貴方のその圧倒的な武力と危機管理能力を、我が領地のセキュリティ体制の構築に貸してほしいのよ」

私は指を三本立てて、破格の条件を提示した。

「条件を提示するわ。第一に、給与は相場の三倍を金貨で支給。第二に、領主館内での個室と一日三食の最高級の食事の提供。第三に、我が領地特産の最高級ハーブ蒸留酒の優先支給権。勤務時間はシフト制で、過度な残業が発生した場合は手当を支給します」

「……」

アークは呆然とした様子で私を見つめていたが、やがて「フッ」と低い笑い声を漏らした。

「破格の条件ですね。ですが領主様、私はどこの馬の骨とも知れぬ旅の男ですよ? 盗賊と繋がっている危険性や、私の身元を疑わないのですか?」

懸念事項リスクなら、貴方の目を見れば不要だと分かるわ」

私は真っ直ぐにアークの紺色の瞳を射抜いた。

「それに、一流の人材を採用するにはスピードと相応のコストが必要不可欠よ。貴方ほどの能力があれば、どこへ行っても重宝されるでしょうけれど……私の元で働く方が、何倍も面白くて刺激的な未来を提供できると約束するわ」

アークは驚いたように目を見張った。そして、心底愉快そうに肩を揺らして笑った。

「くつ……ハハハ! 素晴らしいプレゼンテーションです、エレノア様。己の領地を『会社』のように語り、私を評価してくださるとは」

彼はすっと膝をつき、胸に手を当てて優雅に一礼してみせた。その立ち振る舞いは、一国の王族すら凌駕するほどに美しかった。

「喜んでお受けしましょう、我が領主様。今日より私は、貴女のシルフィード領と……貴女自身の最高の盾となりましょう」

こうして、シルフィード領は最強の治安責任者を獲得した。

——ちなみに、この時の私はまだ知る由もなかった。彼が身分を隠して大陸を巡察していた、隣国・レヴィア帝国の「第三皇子」本人であったという驚愕の事実を。

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