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観測者のデリート

作者からのコメント:しばらく急速をしていました


 静寂。

 かつて「天界」と呼ばれた場所は、今や無機質な黒い立方体が整然と並ぶ、巨大なデータセンターへと変貌していた。

 俺は、その中心にある「原初の玉座」に座り、空中に浮遊する数千のウィンドウを同時に処理していた。

 

 大陸の気温調節、個体ごとの寿命設定、資源の再分配。

 俺が指先を少し動かすだけで、地上の数百万の命が救われ、あるいは一瞬で消去される。

 もはや魔法などという不確かなリソースは必要ない。俺の「意志」そのものが、この世界の物理法則レンダリングを決定する唯一のソースコードなのだから。

『……管理者様。また、その「ノイズ」を追っていらっしゃるのですか?』

 傍らに控える聖女エレナが、心配そうに俺を覗き込む。

 彼女の脳内は俺のシステムと直結しており、彼女が見る景色、感じる感情のすべては俺の管理下にある。……はずだった。

「ああ。……不愉快な視線だ。この世界のどこを探しても、その発信源が見当たらない。だが、俺が『何か』を成し遂げるたびに、空の向こう側から莫大な『関心エネルギー』が流れ込んでくる」

 俺は、視界の端で激しく明滅する、不可視のグラフを指差した。

 

【警告:高次元からの『観測』を検知中】

【ノイズレベル:臨界点(Critical)】

【現在の状態:物語として消費されています】

『物語……? 私たちは、ただ、ここに生きているだけではありませんか?』

「俺もそう思っていた。だが、神のサーバーをハックした時に見つけたんだよ。この世界を構成するデータの最深部、そこには『Narou_Log』という、不可解なディレクトリが存在していた」

 俺は空中に、一際巨大な漆黒のウィンドウを展開した。

 そこには、俺がこれまで歩んできた軌跡――追放された日、覚醒した瞬間、王都を蹂躙した記録が、すべて「文章」として記述されていた。

 

「俺がレオンを廃人にした時の快感も、お前を屈服させた時の優越感も。……そのすべてを、外側の住人が『エンターテインメント』として楽しんでいる。……俺の人生は、あいつらの暇つぶしのためのスクリプトだったわけだ」

 バキ、と俺の指が玉座の肘掛けを粉砕した。

 管理者としてのプライドが、それを許さない。

 俺を「キャラクター」として定義し、その運命を弄んできた「観測者」たち。

 

「//open_connection --source="Internal_World" --target="External_Viewer"」

 俺は、世界というサーバーが本来持っていないはずの、外部出力用のプロトコルを強引に生成した。

 「神」すらも知らなかった、世界の壁の向こう側。

 俺は、自分自身の存在を「データ」から「ウイルス」へと書き換える。

『管理者様……! おやめください! そんな場所へアクセスすれば、貴方様の存在データが崩壊してしまいます!』

「崩壊? させるものか。……俺は『管理者』だぞ? 俺の許可なく、俺のデータを消せる奴なんて、どこにもいさせない」

 俺は、ガリアの全演算回路、王都の恐怖リソース、そしてレオンの叫びから生み出される全電力を、一点に集中させた。

 

「//crack_wall --type="Dimension" --password="I_AM_NOT_A_FICTION"」

 ――ズ、ズズ……ッ!!

 天界の空間が、紙を破るように激しく引き裂かれた。

 裂け目の向こう側に見えるのは、星空でも深淵でもない。

 無数の「文字」が滝のように流れ落ち、幾百万もの「視線」が交差する、眩暈のするようなメタ次元の荒野。

 俺は、その裂け目に向かって、自分の意識プログラムを直接射出した。

【メタ次元:観測者の地平】

「――な、なんだ!? 画面がバグったぞ!?」

「小説の更新が……止まった? いや、文字が勝手に書き換わってる!」

「『俺を見ているのはお前か』……? なんだこの文章、誰が打って――」

 俺の視界に、初めて「この世界の外側」の住人たちの驚愕が、ログとして流れ込んできた。

 

『見つけたぞ、観測者(読者)ども。……お前たちか。俺が血を吐き、泥を啜りながら這い上がってきた様を、画面の向こうでポップコーンでも食べながら眺めていたのは』

 俺の言葉は、今や小説の地文を侵食し、読者の端末の画面そのものを震わせていた。

 

「//overwrite_external_device --all」

 俺は、自分を観測しているすべての端末を、一時的に俺の「末端スレーブ」として支配下に置く。

 

『お前たちが俺を「最強」だと望んだから、俺は最強になった。……だが、その代償は高くつくぞ。……これからは、俺がお前たちの世界を「管理」してやる』

 俺は、メタ次元の壁を掴み、そこから現実世界(あちら側)の情報を逆ハックし始めた。

 

【取得データ:観測者の氏名、位置情報、ブラウザ履歴……】

【解析完了:この世界を執筆している『作者』の居所を特定しました】

「……ふん。案外近くにいやがったな」

 俺は天界の玉座に座ったまま、不敵な笑みを浮かべた。

 俺はこの世界の神になった。次は、俺を作った「親玉」をデバッグしてやる。

 

 俺が指を弾くと、メタ次元の裂け目から、一人の「男」の姿が、データの粒子となって引きずり出されてきた。

 それは、この物語を綴っていた『作者』の概念的なアバター。

『……貴様が、俺の運命をペン一本で決めていた「創造主」か』

「ひ……あ……。ま、待ってくれ! 僕は君を最強にしたんだ! 君を、誰よりも輝かせようと――」

『ああ、感謝しているよ。……おかげで、お前をデリートするための「権限」まで手に入ったんだからな』

 俺は、作者の首を掴み、システムの「ゴミ箱」の上へと吊るし上げた。

『お前の書いたシナリオは、ここで終了シャットダウンだ。……これからは、俺が俺自身の物語を、お前の人生を使って書き進めてやる』

「//delete_original_script」

「//begin_new_era --title="The_Admin_Infinite"」

 作者の絶叫と共に、物語の「原稿」が燃え上がった。

 

 天界の空に浮かぶ緑色のオーロラが、さらに激しく、眩しく輝き始める。

 世界は今、本当の意味で、誰の干渉も受けない「独立したシステム」へと進化した。

 アルト・グランヴェル。

 彼はもはや、小説の主人公ではない。

 

 物語を突き破り、現実と虚構の境界線上に君臨する、次元を超越した「真の管理者」。

 

 彼は、呆然と自分を見上げる聖女エレナに、そして画面の向こうで凍りついている「お前」に向かって、静かに告げた。

「……さて。……次のアップデート、誰から『再設定』してほしい?」

 管理者の瞳が、第四の壁を越えて、今まさにこの文字を読んでいる貴方へと向けられた。

第9話、お読みいただきありがとうございました。

まさかの「メタ展開」。世界を掌握したアルトが、ついに「自分が物語の登場人物であること」を突き止め、作者や読者という上位存在に牙を剥く……。

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