公開処刑(アップデート)の儀
前回のラスト、王都を「ポーズ」させたアルト。
第4話では、動けない対象に対して行われる、慈悲なき「アップデート」の詳細を描きます。
静寂。それは耳を澄ませば鼓膜が内側から破裂しそうなほどに、冷たく、暴力的な静寂だった。
王都中央広場。祝祭の真っ只中にあったはずの空間は、今や巨大なジオラマと化していた。数万の民衆は、叫びを上げた表情のまま、あるいは逃げ出そうと片足を上げた姿勢のまま、精密な彫像のように固まっている。風に舞っていた祝祭の花びらですら、空中で釘を打たれたように静止していた。重力という物理法則すらも、俺のコマンド一つで「保留」されているのだ。
「あ……が……あ、ああ……」
その凍りついた世界の中で、唯一、惨めな喘ぎ声を漏らしているのが、義弟レオンだった。彼は自分の放った魔法の反動で地面に転がり、豪華な礼服をズタズタに焼きながら、なおも信じられないものを見る目で俺を仰ぎ見ている。
『どうした、レオン。さっきまでの威勢は。お前の愛する「魔力」は、もうこの世界のメモリから消去デリートしたぞ』
俺が歩を進めるたびに、石畳が同心円状に「反転」し、現実とデバッグ空間が混ざり合ったようなノイズが走る。
俺はゆっくりと、祭壇の端で石像のように固まっている父親――グランヴェル公爵の前へ歩み寄った。
「//unpause --target="Father"」
パチン、と指を鳴らす。刹那、父親の肺に空気が戻り、その瞳に驚愕と、それ以上の純粋な「恐怖」が宿った。
「アルト……! 貴様、何をした! この魔法は……これほどの規模の停止魔術など、伝説の賢者ですら――」
『魔法? まだそんな低俗な言葉を使っているのか。これはただの「一時停止」だ。お前たちが「奇跡」と呼んでいる現象も、俺から見れば一行のコードに過ぎない』
俺は父親の胸ぐらを掴み、無理やり引き寄せた。かつては、この男に睨まれるだけで心臓が縮み上がったものだが、今の俺から見れば、単なる「脆弱なデータ」に過ぎない。HP、守備力、精神耐性――すべてが数値化され、俺の指先一つでゼロにできるガラクタだ。
『父上。あなたは魔力のない俺を「ゴミ」と呼び、このレオンを「光」と呼んだ。なら、その光がどれだけ脆いか、管理者の視点で見せてやる。……お前の自慢の息子を、今から「再設定」してやろう』
「や、やめろ! アルト、やめるんだ! 彼は一族の希望なんだぞ!」
俺は空中に、黄金のコンソールを展開した。そこには、レオンのステータス画面――彼の「人生の設定値」そのものが、剥き出しのログとして流れている。
『レオン・グランヴェルの設定を開く……。ほう、ずいぶんとバフ(強化)を盛っているな。魔力適性:極大、幸運値:最大、魅力:補正あり、さらには「周囲から愛される」という精神干渉フラグまで付いているのか。……ヘドが出るな。全部、気に食わない』
俺は指先を、流れるようにスライドさせた。
「//modify_status --target="Leon" --magic_capacity=0」
「//modify_status --target="Leon" --luck=-999」
「//modify_status --target="Leon" --appearance="Ugly_Orc"」
「//modify_status --target="Leon" --social_standing="Untouchable_Traitor"」
――Enter。
「ぎ、ぎゃあああああああああああああああああああっ!?」
レオンが、この世のものとは思えない叫び声を上げた。彼の美しい金髪が枯れ草のように一本残らず抜け落ち、白く透き通っていた皮膚がドロドロと腐り落ちるように変色していく。高く通っていた鼻はひしゃげ、歯は乱杭に突き出し、体はぶよぶよとした醜悪な魔物のそれへと変貌していく。それだけではない。彼が誇りとしていた膨大な魔力が、皮膚の毛穴から黒い煙となって噴き出し、二度と戻らぬ虚無へと消失した。
「レ、レオン……!? これが、私の息子か……? 怪物……怪物がそこにいる!」
父親が、腰を抜かして後ずさる。自分の息子だということすら認識できない。俺がレオンの「魅力」と「血筋」のデータを書き換えたため、父親の認識回路ではレオンが「ただの汚物」として再定義されたのだ。
『驚くことはない。俺が「設定」を少し書き換えただけだ。これこそが、お前たちが愛したレオンの新しい「真実」だよ。……そしてレオン、お前は「魔力ゼロのデータは不要だ」と言ったな。なら、その言葉をそのまま返してやる』
「あ、が……あ……に、にさん……た、たすけ……」
『助ける? 無理だな。お前の存在フラグ、今ここで「永続的な絶望」に固定ロックしてやるよ。死ぬことすら、俺が許可しない限りは不可能だ』
俺は空中に、さらなる命令を打ち込んだ。
「//set_environment_loop --target="Leon" --event="Infinite_Pain"」「//lock_status --target="Leon" --HP=1」
これは、対象が受ける痛覚を常に最大値でループさせる処置。肉体は再生し続け、死ぬ間際の苦痛だけが永遠に繰り返される。レオンはもはや言葉を紡ぐこともできず、ただ涙と涎を流しながら、止まった時の中で永遠の苦悶に叩き落とされた。
「アルト……お前、狂っているのか……! 息子に、実の弟にこんな仕打ちを!」
父親が震える声で俺をなじる。俺は、凍てつくような笑みを彼に向けた。
『狂っている? いや、これが「正しい管理」だ。不具合のあるデータ(お前たち)を修正しているだけだよ。……さて、父上。次はお前の番だ。お前には「王都の没落」を特等席で見届けてもらう。……魔力という虚飾を失ったこの街が、どう崩壊していくかをな』
俺は空中に手を掲げ、王都全域のソースコードにアクセスした。この都市を維持している巨大な魔法陣、浮遊建築、浄化システム――そのすべての「ライセンス」を剥奪する。
「//global_modify --magic_logic=DISABLE」「//global_modify --physics_gravity=3.0」「//global_modify --render_sky="Eternal_Abyss"」
全域における魔法の動作を永久停止。重力を通常の3倍へと変更。そして、空の色を「絶望」を象徴する深淵の色へと書き換える。
俺が拳を握り込んだ瞬間。
「//resume --all」
――世界が、動き出した。
「グアッ!?」「身体が、重……っ!?」「魔法が……火が出ない! 結界が消えたぞ! 助けてくれ!」
広場に、阿鼻叫喚の地獄が再来した。数万の民衆は突如として増した3倍の重力に耐えきれず石畳に這いつくばり、内臓が圧迫され吐血する者が続出する。魔法によって空中に維持されていた浮遊庭園や貴族の館が轟音と共に落下し、王都の街並みを粉々に粉砕していく。人々が信仰してきた「理」が、俺の指先一つで崩壊した瞬間だった。
俺は背後に控えていた三首の巨鳥の背に飛び乗る。空から見下ろす王都は、まるでおもちゃ箱をひっくり返したような無残な姿だった。そこにあるのは、俺への「恐怖」と「絶望」だけだ。
『見ろ、父上。これがお前の愛した国の末路だ』
俺の声は王都中に直接響き渡る。
『今日、この日をもって「魔法の時代」は終了した。この世界の神(OS)は、俺によって掌握された。これからは、俺の権限こそが唯一絶対の法だ。……俺に恐怖し、俺に跪け』
父親は四つん這いのまま空を見上げていた。その瞳には、もはや何も残っていない。
《警告:世界の整合性崩壊を検知。運営側による初期化プログラムを確認》《特定個体:【光の勇者】の強制生成を開始》
無機質な声が脳内に響く。
「……来たか」
王都の北。神殿から光の柱が立ち昇る。
俺を排除するための存在。
「面白い」
俺は巨鳥の進路を変えた。
「勇者だろうが神だろうが関係ない」
静かに、しかし確実に言い放つ。
「俺の世界で、俺に逆らうなら――全部、消すだけだ」
第4話、いかがでしたでしょうか。
文字数・内容ともに、アルトの「管理者」としての圧倒的な全能感をこれでもかと詰め込みました。
弟を醜い魔物に変え、重力を操作して王都を物理的に破壊する。単なる「強い魔法」ではなく、「設定そのものを変える」ことの恐怖が伝われば幸いです。




