31、初デート
結が急な誘いに驚いていると、京人はブランケットを結に返さずにそのまま小脇に抱え、自分のボストンバッグから市販のお菓子の袋を取り出して結に見せた。
「ポップコーン……?」
「うん。今から僕とおうち映画デートしない?」
京人は、映画館のように家でポップコーンを食べながら2人で映画を観るつもりのようだった。
「楽しそう! 一緒に観たい。」
結が食い気味にそう答えると、京人は嬉しそうに笑った。
(あの京人君とデートなんて……なんか不思議。)
子供の頃一緒に登校していた京人と、今こうしてデートするような関係になったことが信じ難いような気持ちでいっぱいの結だったが、京人は更に信じられない発言をした。
「嬉しいなあ。人生初のデートだよ。」
「人生初!?」
思い返せば、確かにプライベートではデートもしたことがないようなことを言っていた。
(人生初がこれでいいの?! おうちデートとはいえ、せめて特別な何かをしたい!)
この時、結は大変なことに気がついた。
(私、ノーメイクだーー!!!!)
仕事から帰宅して食事と入浴も終わり、あとは寝るだけだった結は、寝る寸前のスタイルになっていた。
ヘアオイルで整えてはいるが、アイロンで巻いていない下ろした髪に、ノーメイク。更に服装もラフな白Tシャツにパジャマ代わりのゆったりとしたパンツスタイルで可愛さの欠片もない。
結はあまりの申し訳なさで、顔面蒼白になった。
「ごめん、京人君! お願いだから5分、いや10分だけ待って! 初デートなら、せめて! メイクだけでもなんとかしたいの!」
結が必死で頼み込むと、京人は堪えきれないといった様子で噴き出した。
「あはは! 結ちゃん、ほんとに面白いね!」
「笑い事じゃないよ…! だって、初デートなんだよね?」
「うん。そうだよ。思ったより意識して貰えてるみたいで、嬉しいよ。」
言葉の通り、京人は本当に嬉しくて堪らないという顔で微笑んだ。
「うっ……!」
結は、自分ばかりが意識しているようで恥ずかしくなり、赤くなった。
「心配しなくて大丈夫。」
そう言うと京人はブランケットを小脇に抱えたまま自分の荷物を持つと、部屋の電気のスイッチがあるほうに向かい、電気を消した。
「!?」
「これでほぼ見えないから大丈夫。」
「ほぼというか……何も見えないよ!?」
真っ暗になった室内で何も見えなくなってしまい、結が前方に手を伸ばして何か掴まれるものがないか探っていると、京人は結の手をやんわりと握った。
「ここだよ、結ちゃん。」
「あっ……うん。」
何も見えない真っ暗闇の中にいると、京人の温かくて大きい手の感触ばかりに意識が向いてしまい、何故か、とてもいけないことをしているような気がした。
結が意識をそらすようにぎゅっと手を握り返すと、京人は優しく結の手を引いて歩き出した。
こうして、2人は玄関先の小部屋を後にした。
ーーーー
帰宅し、手を洗った2人はリビングのテレビ前のソファに並んで座っていた。
先程繋いでいた手は、手を洗った時に早々に離すことになってしまった。
結は名残惜しく感じていたが、京人の表情を覗うと、京人も同じように感じてくれているような気がして嬉しかった。
その後リビングに戻ると、結を気遣ってか京人が電気を消したため、薄暗闇の中で、映画を観るためにつけたテレビだけが眩しく光っていた。
ソファの前のローテーブルには京人が用意したポップコーンや飲み物がある。
絶対に一人では食べきれない量のポップコーンは、まるで映画館のように大きな紙のカップに入れられている。
飲み物もご丁寧に大きな紙カップにストローと蓋までついている。置いてある物だけ見れば映画館そのものだ。
「映画気分を味わいやすいように色々用意してみたんだ。」
「ふふ、再現度すごいね! ありがとう。」
京人のこだわりがすごすぎて、結はつい吹き出した。
映画館サイズの紙のカップや蓋は、今日急に思い付いて買って来られるようなものではないので、恐らく京人が以前から用意しておいてくれたのだろう。
会っていない間にも京人が自分のことを考えてくれていたような気がして、結は嬉しく思った。
「あと、これもあるよ。」
京人は小脇に抱えていたブランケットをそっと結の膝に掛けた。
「お客様。こちら、どこかの国産のブランケットでございます。」
京人がまるでレストランのウェイターのように恭しく一礼した。
「ふふっ。産地不明なのね。確かに、映画館にブランケット置いてあるよね。こんなに派手じゃないけど。」
結が京人のフルネームが大きく書かれたブランケットを眺めていると、京人は得意気に微笑んだ。
「榎本京人のブランケットで包んだ、日本産の結ちゃんでございます。」
「ふふ、なんか食べ物みたい。」
温かなブランケットに包まれ、結はぽかぽかと温まってきた。
「店員さん、今日はどんな映画を観るんですか?」
京人が選ぶのは一体どんな映画だろうかと、結は期待に胸を膨らませた。
もし大人向けの恋愛映画だったらちょっと恥ずかしいかも……と、結が頭の中でおめでたいことを考えていると、この場で到底聞きそうにないパワーワードが出てきた。
「『アゲパンマン』でございます。」
「えっ……?」
「『アゲパンマン』でございます。」
結が何かの間違いかと思って聞き返すと、「店員」は懇切丁寧にもう一度繰り返した。
「アゲパンマンって……あのアゲパンマン?」
アゲパンマンといえば、世界的に人気な幼児向けアニメーション作品だ。
アゲパンの妖精のアゲパンマンが、お腹を空かせた人々にアゲパンを配って回る心温まるハートフルストーリーだが、アラサーの初デートにしてはかなり攻めたタイトルだ。
「うん、『あの』アゲパンマンだよ。」
まさか結が知らないだけで、他のアゲパンマンがあるのかと一瞬考えたが、どうやら結が知っているアゲパンマンで間違いないらしい。
(なんで、アゲパンマン……?)
そう思ったところで、結はあることを思い出した。
(あ……そういえば、確か子供の頃に京人君とアゲパンマンの映画の話をしたことがあったはず……。)
あれは、結と京人がまだ小学生で、一緒に登校していた頃のことーー。




