13、ハグ会
京人は結の鞄を自分の右肩に掛けると、左手で結の肩をぐっと抱き寄せた。
京人との間を隔てるものが何も無くなった結は、すっぽりと京人の腕の中に収まった。
結は電車のドアと京人の間に挟まれ、全く身動きがとれずに固まった。
なぜか、京人のTシャツの胸元からは柑橘系の果物とチョコレートの美味しそうな香りがした。
(何この状況!? ……どうなってるの?!)
これは完全に、付き合って1年位の抱き合うカップルでは?! と、結は混乱していたが、はっと我に返った。
「やばいって! こんなの誰かに見られたら!」
結は焦って、なんとか離してもらおうと必死にもがくが、当の京人はどこ吹く風だった。
「急停車した電車が揺れて、隣の女の子が倒れちゃったんです……」
京人は、無駄に上手い困り顔の演技までしてみせた。
(倒れた女の子って誰?! 私?!)
結はどうしたら良いのか、訳がわからなくなってきた。
「ふっ……結ちゃん、ほんとに面白いね。」
京人は笑いを堪えきれないといった様子で、手で顔を覆っているが、全く隠しきれていない。
「もしかして、からかってる?!」
その時、再び車内のアナウンスが流れた。
「ーーまもなく運転を再会します。お立ちのお客様は、つり革や手すりにお掴まりください。」
電車がすぐに運転再開できそうで結は安心した。何より、この体勢はとても心臓に悪い。
しかし、本当の試練はこれからだった。
「結ちゃん、運転再開するとすごく揺れるから危ないよ。早く掴まって!」
京人は焦ったように、両手を少し広げた。
(そうなの?! そんなに揺れるの!?)
自分が乗っている電車が駅以外の場所で停車したのが初めての結は、これから何が起こるのか分からず、慌てて京人の背中に手を回し、必死でぎゅっとしがみついた。
「発車します」というアナウンスの後、電車がものすごくゆっくりと動き出した。
揺れるどころか、まだ停まっていると錯覚しそうなくらい、お手本のような安全運転だった。
(……どういうこと!?)
結が、がばっと顔を上げて京人を見ると、京人は爆笑を堪えるのに必死だった。
「ふっ……ごめん! この運転士さん……すごい安全運転だった。くっ……!」
(絶対、わざとだ! ……意地悪!)
警戒心を露わにした結がキッと睨みつけると、京人は慌てたように弁明した。
「ごめん、僕もまさか、こんなにゆっくり発車するとは思わなくて……! ふっ……」
なかなか笑い止まない京人は、ごめんねと謝るように結の頭をぽんぽんした。
誤魔化されている気がしたが、京人が楽しそうに笑っているので、結はもうどうでもよくなってしまった。
「いいよ、もう……」
結は不貞腐れて、恥ずかしさで火照った顔を京人の服で隠した。
その時、丁度隣の駅に到着し、すぐに電車のベルが鳴り出した。
「はぁ……だめだ。ほんとに可愛いなあ、もう。」
その時京人が呟いたことは、けたたましい発車ベルの音に掻き消されて、結には聞こえなかった。
すると、京人は誤魔化すように話題を変えた。
「今日電車に乗る前、本当はホームで結ちゃんを見つけてたんだ。もし結ちゃんだったら満員電車に慣れてないかもと思って、一応すぐ後ろに並んだんだ。後ろ姿だし……可愛くなってるし……確証はなかったから、すぐに声をかけなくてごめんね。」
「全然大丈夫。御守りが挟まれちゃった時は本当に助かったから。ありがとう。」
(……なんかいまサラッと可愛いとか言った?! ……いや、そんなわけないか。)
「正直、声を掛けても結ちゃんが困るかなって思ったんだよね。会うのも久々だし……でも、もっと早く声をかければ良かったな。」
「?」
なんで困るんだろう? と結は不思議に思ったが、結たちが降りる駅に着いたため、結は何も聞かなかった。
少し寂しく思いつつ、結は京人と離れ、自分の鞄を受け取った。
降りる時にもサッと周囲を見渡したが、やはり誰も京人には気がついていない様子で、結はホッとした。
「じゃあ結ちゃん、また後で。」
「うん、待ってるね。」
京人と結は、お互いに手は振らず、にこやかに一旦別れた。
早く京人に会いたい気持ちから、結は足早に家に向かって歩き出した。




