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残照の海へ

千一夜物語で特徴的な物語構造に「入り子構造」であるというところがある。千一夜の全物語は元々、ササン朝ペルシャの王シャフリヤールに大臣の賢い娘シャハラザードが夜毎に語った物語集だ。日が沈んで暗くなると前日の語りを受けてシャハラザードが話始める、地平線の向こうが白んでくる払暁を以って区切りがつき、シャハリヤールは日が昇るまで眠り一日、娘の命が延びる。千一夜の初めに王妃に裏切られた王は女性不審に落ち入り一夜を共にした娘は殺されることになっている。生き延びるためには知りうる限りの物語で王の気を引きながら良いところで話を切り、命をつなぐ。その語りの間に「賢い娘タワッドト」の様に「話が面白くない!」と不機嫌になったり、感動したりとつかの間のやりとりが挟まれる。

長い物語の中で何夜にも渡って語りが続き、その中で「入り子構造」が展開する。「背むし男及び仕立て屋とキリスト教徒の仲買人と御用係とユダヤ人の医者との物語」では序盤で働きに来ていた中国でのトラブルでせむし男が昏倒し、仕立て屋~医者が呼び出されて個々の事情聴取として物語が語られるが、その物語の中で出てくる「おしゃべりな床屋」が物語の中で突然語り始めて話は中断する。ただでさえシャハラザードの中国での話が止まって、登場人物の個別伝をやっているのに、それも止まってそれなりの長さの床屋の話が始まる。それが終わるとようやく物語連は内側に入っている方からた語り終わってゆく。シャハラザードの話の中の話中の小話、この構造は慣れないとしんどい形だ。しかし閨で語られる話としては長々と艶含み笑い含みで面白いのだろう。中国での大騒ぎ物語は、この話の中の話中の小話の床屋も中国に来ていることがわかり、招かれてせむし男は大団円する。こんな物語が8世紀から14世紀作り続けられて、近代には西洋人の収集者の手によって「千と一には話数が足りない」ということでさらに付け足されて真の「千一夜の物語」が完成した。この長さに比べれば、「ササン朝ペルシャはアッバース朝より前の王朝なのになぜシャハラザードが語れる」やラストの「語っている途中にシャハリヤールは気づかなかったのか」という疑問は魔神(イフリート)に運ばれて世界の果てに飛んで行く事であろう。そんな果てしもない物語。

どのくらい京に近づいているか分からないが木曽義仲が来ている。淀の河口で船に乗り込んでいても気が気でない。とにかく福原へ行く。この長い7月25日はそればかり考えている。ようやく岸を離れた。


「畿内がどうなろうと奥州は変わらんよ。」

藤原秀衡は言った。源氏が京に入ろうと、平家が奪還しようと奥州が天下に向かって何か出来るわけではない。逆に言うとどっちが勝とうがどうにでもなる。

「地に蔵された金を懸命に掘り出していけば平泉は安泰よ。その富を天下の何処に使うか。そこに気を付けてゆくのだ。」

木曽と関東の頼朝が手を組めるはずはない。同じ源氏といえども傍流と嫡流の間の隔たりは大きい。しかも京に入ったのは、傍流義仲。嫡流ということがウリの頼朝が下につくことが出来るか?いや出来ない。人の情は測りづらいのだ。

「結局、畿内から白河関までの間でやり合って、奥州に回す力は残らない。我々は騒乱の外で栄えれば良い。」


福原京に着いた。畿内国の摂津国は近い。船ならより近く感じる。

「こんな世の中なのに港は殷賑なことよ。我等は落ち行くのにな。」

宗盛は言った。平家の都である福原の栄えを見るに、あくまで平家の武運のなさであり末法の世の乱れ、衰え云々を言うのは的外れかと思った。伊勢↔熊野↔難波↔福原↔太宰府↔寧波を結ぶ航路は今日も動き続け、浜では海人が塩を焼いている。少し気を取り直す。これから福原の人士に会う。伝令が先乗りしたので老若数百人が集まっている。

「そなたらも聞いていると思うが、木曽勢の進撃により京を確保することが困難になった。不本意ではあるが、敵の鋭鋒を避けて再起を期し、我等は西海の太宰府に向かう。こうなっては世の趨勢を見て平家についていた輩は雪崩を打って源氏に向かうだろう。しかし福原の人士は昨日今日平家に馳せ参じたものではない。平家が護る幼帝が三種の神器を持って西海に御幸するのに力を貸すのは今ぞ。」

元太政大臣が血を吐くような思いで言った。京では結局、平家は他所者だった。来た者達を迎えてもてなすが心の底から馴染むことはない。それが都の有り様なのだろう。しかし平家が築いたこの都は違う。力をここで得る。

「寒村だった福原をここまでに築き上げたのは故清盛殿以来の平家の尽力。鳥獣ですらここまで世話になったのなら恩を返すでしょう。太宰府だろうが、海の向こうだろうがお供いたします。」

満座の答えであった。海を見ればわかる、清盛が出世してから沖の波は低くなり、海賊は正業(かたぎ)に復して航路は海の果てまで伸びた。助けるべきは海から幸を齎した平家。木曽は知らぬ!

京の退去以来、気が沈んでいた宗盛の顔が明るくなった。

福原には都遷の時に造営した内裏や一連の御所・館群がある。京に帰ってから放っておいて苔むしているが、一行の仮の宿りには充分だ。

「春の花見、秋の月見。風情があった都なのだが、、、、。」

平忠度はぐるりと巡って言った。これ以上は言うまい。これからは、ただただ武を用いる時だ。

夜になると簾に月の光が差してきた。賤が屋に月の訪れ、と歌わずに闇に紛れて敵を討つ算段をしなければならない。そんな身だ。明日からは猶様々なことに悩むこととなろう。


「新造営の内裏や屋敷に火を放て!」

福原と京の近さを考えるとここに留まるわけにはいかない。しかし源氏にこの内裏や御所を使わせるわけには行かない。どうせ使われない苔むした物だ。

その日、浜で藻塩を焼く煙に山側からの煙が加わった。その様子を平維盛は見ていた。

「随分な煙よな。」

涙がにじむのはこの煙の為だ。そう思おうとした。これから太宰府に向かう。瀬戸内海を制する平家の水軍の根拠地の彦島が近い、国の政庁を持つ要所。しかし気が重い。このまま新羅や高麗に流れてゆく気分だ。

「道真公もかくや、、、、。」

と言いかけて辞めた。言ってしまったらどうしようもないような気が迫ってくる。

陸はままならないが、海は違う。航路を押さえているのは依然平家、と思うことにした。祖父清盛の遺産が瀬戸内海を照らしている。大丈夫だ、信濃国の木曽勢の武は水を超えることはできない。せいぜい今のうちに騒いでおけ。気の沈みからようやく悔しさに至れた。

停泊する船団に幼い今上がまず乗る。山城国の盆地で生まれ育った帝は海は初めてだ。そこに浮かぶ船はもっと珍しい。目を大きく開いている。それに続いて、次々と乗る七千余人。これだけの人員を一気に輸送できる船団は源氏にはない。

「今に見ておれ。山猿が。」

平知盛は京の方を睨んだ。背後では寄せる浪に白い鳥が群れている。

「在原業平が東国の隅田川で見て思わず声をかけた“都”鳥とはあの鳥か。」

船の上で誰かが声を上げた。

1183年7月25日に京を落ちてから数日後、平家は福原からも去った。幼帝が物珍しそうに顔を輝かせているのが平家の人々のせめてもの慰めであった。


「福原落」

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