第29話 戯曲・ハートの騎士の冒険譚 第三幕
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(パンッと大きな手拍子が響き渡る)
さてさて、ここで一つ観る方向を変化させていただきます。
何故こんなことをするかと言えば至極単純。一言で言えば『立場によっての考え』というのを皆様にお伝えしたいのです。
なに、問題はありません。悪役の性根というのを知りましょうというだけですからね。
「………………」
このコンコの町を治める領主である『ヴァイデルハン・コンコ』というのはとびきりの悪党ともっぱらの噂で。
二年前のある日を境に高い税を掛けて民を苦しませては、自身は小高い丘にある豪邸で贅沢三昧。気に入った女がいれば力づくで手に入れると、それはもうとんでもない輩と言われています。
そんな悪魔のような輩でも人の親。亡き妻が残した娘を溺愛していましたわ。男手一つで育て上げた可愛い娘、まさに目に入れても痛くないというやつです。
そうしてなんだかんだでこの家族はなんだかんだで幸せと言える生活を送っていました。ある一通の手紙が届くまでは、ですが。
(テーブルの上で唸っているヴァイデルハン。そこへ上手側からレイチェスが優雅な足取りで現れる)
「お父様、その様な真っ青なお顔。………………まさかまた来たのですか?」
「…………ハハっ、レイチェスか、そうだ。かの貴族からまた催促が来た。これを見てみろ、もはや笑うしかないぞ」
「これは…………金貨百枚!? そんな、町の税収より多いですわ!」
「だが逆らうこともできない。奴は遥か雲の上のような存在だから」
このコンコという町。先にも話した通りロクスという国の西の端っこにあるもので。その立地からか時折他国の旅人が訪れることがあるのです。
しかしながらこの町は紫色のジャガイモと鉄と鋼しかないもので、旅行者を満足させるのには不十分な場所でした。
ですがそんな何も無いような町には一つの魅力があったのです。
町の宿屋の女将であるラフィースという女性はすれ違う者が皆振り返るというぐらい絶品な美女と言われておりまして。彼女の存在は何も無い町で唯一の華やかさを彩っていました。それこそ力づくに奪ってでも手に入れたい輩が現れるほどにです。
「貴族がたかが宿屋の女将一人のために戦争を仕掛けると脅すなんて………………異常ですわ!」
「普通なら確かに異常だろうな。だがこの貴族にとってはこのようなことなど別に異常ではないということだ」
町の領主として彼は最初こそ毅然とした態度で突っぱねたのですが、相手は自分より遥か上の立場である貴族。戦争という蹂躙の棍棒にはなす術ありません。
その結果貴族から『女将の代わりに金を寄越せ』というとんでもなく不当な要求を言い渡されたしまったのです。
当然ながらそんな脅しなぞ普通なら聞く耳を持つ必要はありやせん。しかし率いられた兵を見せつけられては町を守るために従うしかないというもの!
元々町を治めるための金も無い現状にこの不当な要求です。町の税を上げるという選択をするのに時間はかかりません。
「ですがもうこんな金額を払える硬貨はありませんわ。………………どうしますの?」
「………………宿屋の女将か、それとも町の未来。もう選択の余地は無い。レイチェス、今晩もいつもの様にあの女のところへ行け。これを最後通告とする」
「わかりましたわ」
(レイチェスが上手側へと退場する。ヴァイデルハンは胸元に手を置き目を閉じた)
「………………火と鉄の神・ロウェゴ神よ、町を守るために民を犠牲にしなくてはならない無能な私を許してくれ」
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舞台も終盤、起承転結で言うところの『結』へと参りました。
この幕では領主とハートの騎士が宿屋の女将であるラフィース様を巡って決闘を繰り広げることになるのです。
先程の幕にて領主と娘の心情を描いた場面は言ってしまえばお客様の同情を誘うと同時にどうしようもない現実というものを表現するヴォリス様好みの演出というもの。
その後は情熱と意地のぶつけ合いです。
町を守るために悪へと落ちる領主と一人の女性を守るために立ち塞がる騎士による剣による決闘。
剣尖が火花を散らし。荒い呼吸から生み出される決闘の旋律は一つの管弦楽の音色を奏でるでしょう。
そして物語の最後を締めくくるのは領主とその娘にベルリン様が演じるラフィース様の贈る赦しの言葉。
激しい決闘で産まれた炎の中にに一雫のせつなさを加えながら物語の幕は降りるのです。
ストーリーとしてはビターエンドでしょうね。
今は誰もが救われず、その後のことは誰にもわからない。そして皆が考えるのです、『あの後はどうなったんだろう』と。
しかしそれで良いのです。『想像』というスパイスは幕が降りる余韻にこそ演劇の真髄があるのですから。
あとはその時を待つのみ、なのですが………………
「そこな従者よ、騎士はどうした?」
「き、騎士様はある秘密の任務を遂行しているのだ!」
「そうです、彼はラフィースを守るための秘策があるのですよ!」
主役であるはずのブルース様が人探しのために去ってしまい、今の舞台はまさしく混迷を極めた状況へと変貌していました。
その様まるで暗闇に飲み込まれた夜道の中を歩かされているようなもの。心細いことこの上ありません。
しかし演劇を止めることは許されません。それがたとえ崩れゆく瓦礫の上に立っていたとしてもです。
「おーっほほほほほ! 貴方達はあの騎士に見捨てられたのですわ! なんて愉快なのかしら!」
「そうか、逃げたのか! このヴァイデルハンに恐れをなして逃げたのか! ぐわーはっはっはっは!」
「く、くそぉ! 騎士様、早く来てください!!」
「騎士様! ラフィースはここにいますわ!」
この始末です。
即興で取り繕った演技による言葉では棒読みを通り越して鉄のように硬い声色しか出せません。
気の毒な私達!
今の私達の表情はまさに太陽が昇っているのに雨が降っているような面白おかしい様になっていることでしょう。思わず緊張で涙が出てしまいそうです。
ブルース様、早く帰って来てください。
「おー、ほっほっほほー! お父様! 逃げ出した騎士など放っておいてこの下女をあの貴族の下へ………………」
「ふぅ…………ふぅ、どけえ!」
そんな時でした、観客席の方から慌ただしい声が聞こえてくると同時に一つの集団がこちらへ向かって来たのでした。
「愚民ども、私の命令に従え!」
そして私達の割り込みながら舞台の上に上がるや否や屈強な男達に囲まれた一人の男性が声高々に宣言したのでした。
華美な衣装を身に纏い、どこか既視感を覚えるその態度。その特徴を私は知っていました。
しかしその理由を考える暇はありません。
「おい、待て!」
何故なら今の今まで登場しなかった主役が舞台へ降り立ったのですから。
「ブ、ブルース様…………?」
この時の私は思いもしませんでした。
物語の幕引きがほろ苦い悲劇の味からむせ返るほど甘い喜劇の味へと変貌することに。




