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ダリアン幻奏楽譚〜弦と剣にてワルツを奏でる〜  作者: ジョン・ヤマト
第三章 道化は愉快な舞台を閑歩する
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第25話 心焦りゆく午後六時

   ○○○

 南からの風が大通りに植えられた街路樹の枯葉を空へと送っています。もうすぐ秋の季節も終わりを迎え冬の恋口が私達を出迎えることでしょう。

 しかし私達の秋はまだ終わりません。冬の寒さに負けないぐらいの情熱の炎が今の私、そして黄昏の家の皆様の心に灯っているのですから。



「己の傲慢により民を苦しめた領主よ。その罪を暗き牢獄の淵にて償え」


「ぐ…………、ふふふ、騎士マシャル・ハートよ。よくぞ私の野望を見破った。見事だ」


「お、お父様!!」



 ベルリン様の提案から始まったロンド演劇祭の出場を決めてからはや一か月、最初こそ拙い演技や飛び飛びのセリフ回しもみるみると改善へ向かっていました。

 

 そして演技が向上したことで以前よりヴォリス様から伝えられた『言葉に隠された真意』を読み解けるようになり、登場人物の演技も芯に迫るものへと近づいています。


 もちろん私も同様です。

 ポール様と即興音楽(ジャム)を奏でた日を境に、私の芸術に対する取り組みは目を見張るほどに変化しました。



「あ…………あぁ、何故騎士と決闘をやったのですか! こちらには人質がいたというのに」


「これで良いのだ…………。娘よ、もうすぐ王国の兵がここへ来る。お前は逃げろ…………!」



 芸術とは自分勝手に紡ぐもの。

 この言葉を胸に刻みながら演じるとまるで私がその登場人物になったかのように振る舞えるのです。

 私は悪辣非道、そして父思いの箱入り令嬢。そこにある葛藤や想いもまさしく自分の本心そのもののように感じられます。


 まさか最初この舞台をやるとなった時は、ここまで演劇というものに心を揺さぶられることになるとは思いませんでした。これも貴重な機会を下さったベルリン様と、拙いながらも全力で取り組んでいただいた皆様の力あってのものなのでしょう。



「ラフィース殿、これで貴方は自由となった。そこの領主の娘に復讐するのも、このまま何もせずに去るのも貴殿の自由だ」


「き、騎士様………………ええ、わかりました。このラフィースは選択します」


「………………これで私も終わり、こういうのを因果というのね」


「いえ、ラフィースは貴方を生かすわ」


「え…………? 私を、生かす…………?」


「生きて己の罪を償いなさい、それが貴方の父の願い。親の願いを無碍にはできないわ」


「あ、ああ…………! お父様ぁ…………」


「……………では私はこれで失礼する。テイラー、行くぞ」


「あ、はい!」


 

 私達の演技が観客の皆様を満足させれるかはわかりません。ですが何度も言うように『演劇』というのは自身の本音を曝け出すことに意味があるのです。

 たとえ身振り手振りの演技で満足させることができなくとも、隠された心が伝えられるのならそれが観客にとって最高のひと時となるでしょう。



「よし、ここまで長かったがある程度の仕上がりを見せた。とりあえずは及第点だろう」


「はあ、通しでやるとすごい疲れるな…………」


「ある程度のミスは無くなりましたが、一時間まるまる動くので疲労が溜まるのはありますね…………」



 こうして本番前最後のリハーサルを終えた私達は汗まみれの顔を拭いながら酒場の床へ身体を預けるのでした。



「うへ〜。この後に私とレイちゃんのエンディングがあるんだよね〜。すんごいハードだぁ…………」


「た、確かに忙しいですね…………。ですが本番も全力で頑張って行きますよ!」


「拙者も語り手を全力で取り行うでござる」



 本番への緊張や不安はもちろんあります。しかしそれ以上に期待という感情が今の私達には大きくあるのでした。



「すみません。俺この後少し用事があって………………」



 そんな酒場の中の熱気が最高潮を迎えようとした時でした。ふと、ブルース様が申し訳なさそうにしながら声を上げたのです。



「そうか? まあいつもより少し早いが今日はもう解散としよう。リハーサルと違って本番はかなり体力を消費するからな、明日までゆっくり身体を休めておけ」


「は、はい!」


「それじゃあ私は少し飲んでから帰るよ〜」


「俺も気付けの一杯でも飲むかぁ!」


 こうして本番前最後の稽古が終わり、各々の夜を過ごすのでした。

 やるべきことは全てやったことでしょう。ならば後はその時が来るのを待つのみです。



「………………それじゃあ俺はお先に」

「ブルース様?」



 しかし私のそんな考えを他所にブルース様はどこかおぼつかない足取りで黄昏の家を去っていくのでした。


 彼の表情を一言で表すなら『焦燥』。

 まるで獲物を取り逃がしてしまった狩人のような焦りの色が顔に塗られていたのでした。






   ○○○

 ラプソディ卿から情報を手に入れてから数日後、俺はニコロに呼び出され団長室に訪れていた。



「まずは情報収集ご苦労様。クレンのおかげでスムーズに事を運べたよ」



 俺が部屋に入ったのを見てニコロは労いの言葉を贈った。どうやら悪徳貴族の取り仕切る闇市の摘発は迅速に執り行われたようだ。


 『ようだ』と言ったのは、この摘発に俺は参加してないからだ。

 俺はあくまで秘匿部隊の隊員でその役割は情報収集などの裏方仕事であり、摘発や捕縛は俺の仕事では無いのだ。

 とはいえ今回は俺の集めた情報のおかげによるものが大きい。表に出ない役割だがこうして騎士団に貢献できて鼻が高い。



「奴ら『エリア・キャン・ディーズ』の観光商業区にあるバーで堂々と店を開いていたらしいよ」


「観光商業区…………ロンド卿の目と鼻の先じゃないですか」


「そうだね。恐れ知らずなのか、何か意図があったのかはわからない。だが闇市は実際に摘発された、そこにいた客を含め、ほとんどの人間が裁判所(スカース)の所で厳粛に裁かれることになるだろう」


「それならこれにて一件落着ということですが?」


「いや、実はそうでもないんだ。今回の主謀者…………つまるところ闇市の元締めである貴族を逃してしまったんだ」



 そう言うとニコロは片目を閉じながら口元に手を置いた。彼女がこの仕草をする、それは決まって困りごとがある時だ。



「主謀者が逃走…………つまり」


「今後再び闇市が開かれる可能性が高い。今度はもっと狡猾な手口になってね」



 闇市というのは、一見すれば大したものではないと思われるだろう。しかしそれは大きな間違いなのだ。

 そこで売られている物は何も違法な品物だけとは限らない。殺傷性の高い武器や生態系を一変させるほどに危険な植物そして身寄りのない人間など、候補を挙げるとキリが無い。

 そしてそれらの品を買う客がもし、それこそ反貴族組織のような国家転覆を狙うような者達ならどうだろうか? その後に悲劇が訪れる事は想像に難くないだろう。

 故にダリアンという国を守る者として、闇市を蔓延らせる訳には行かないのだ。



「一刻も早く追わなければ、その貴族の特徴とか何か無いのですか!?」


「落ち着いてクレン。残念ながらその人物の顔を知る者は極小数なんだ。そして今回の摘発で捕まえた人は皆貴族の顔を知らないと言った」


「っ…………!」



 その後『エリア・キャン・ディーズ』で悪徳貴族の情報を集めようとしたが案の定空振りに終わり。例の情報屋ですら『…………ダメね。おばかさんの行方は完全に消えているわ』と口を噤ませてしまう始末。


 まさしく最悪の状況。

 地道な方法はダメ、最終手段もダメ。まさか最後の最後で一番捕まえなければならない人物を逃してしまったのだ

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【連載版】星空を見上げれば 滅びゆく世界で戦い続ける女の子達の物語です。 近代ファンタジーがお好きな方はぜひお読みください。
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