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ダリアン幻奏楽譚〜弦と剣にてワルツを奏でる〜  作者: ジョン・ヤマト
第三章 道化は愉快な舞台を閑歩する
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第21話 微笑みの狂詩曲(ラプソディ)②

   ○○○ 

 ラプソディ家はダリアン十二貴族の序列第七位に名を連ねる由緒ある家系だ。しかし世間からは異質な貴族として扱われている。

 自身の領地を持たず、愛すべき芸術を持たず、やる事はただただこの国の行政を粛々と執り行うのみと、貴族としてはかなり異様とも言える存在だ。


 その上この家には大きな謎があった。


 ワルツ家なら鉱山の運営と採れた鉱石の売買で、ロンド家なら大劇場の公演や莫大な資産を使っての経済の循環など。

 各々の家で軸足となる事業を展開し、そこから得た利益や資源によってダリアンという国の発展に貢献している。


 しかしラプソディ家は十二貴族に名を連ねているにも関わらずダリアンという国の発展にどのような貢献をしているのがまったく不明なのだ。

 事業も、その規模や成り立ちに至るまでまったくの不明だった。


 唯一知り得た情報と言えば当主の軽い経歴と屋敷の場所程度。それ以上はまるで闇に溶け込んでいるかのように秘匿されていた。

 その事実を踏まえると、ワルツ卿がラプソディ家の不幸について知っていたのは奇跡に近い話だったのだ。



「まったく嫌になるぜ、来る依頼は荷運び荷運び荷運び。俺たちは泣く子も黙る冒険者だろう? それがこんなガキの仕事をするとはな」


「黙って手を動かせ。金を稼げたらこんな街とはすぐにオサラバする」



 そんな舞台劇に出てくる美しい女性のような秘密を抱えているラプソディ家は都の最南にある宿場町『エリア・ホット・ケイキ』にひっそりとその屋敷を構えていた。


 このエリアはダリアンの南門から近場にあり、外来の商人や他国からの冒険者、他国の重鎮が一晩を思いのままに過ごせるための施設が並びたてられている。

 


「貴族の連中は羨ましいねぇ、いっそお邪魔して少し拝借してやるか?」


「やめとけ。最悪その場で首を斬られるぞ」


「そんなの返り討ちにしちまえばいいんだよ!」



 だがこの街で聞こえて来るのは荒くれ者の陳腐でロクでもない話ばかり、そしてその凡そが冒険者だ。

 冒険者と言っても喋ることはそこらのチンピラとそこまで大きな差は無い。せいぜいありもしない夢を大声で語る程度の違いだろう。まあ騒がしさだけは一丁前だがな。



「…………まあ無謀だから夢を見れるのかね」



 かつての自分を思い出して少し恥ずかしくなって来る。あの時の自分ほど無謀な奴は存在しないだろうから。


 そんな喧騒と静寂が入り混じる街の中心へ行くとラプソディ家の屋敷が姿を現した。


 大きさはワルツ家の屋敷を一回り小さくした程度。一見すればここが十二貴族の住む屋敷とは到底思えないだろう。

 屋敷内の窓からは所々、蝋燭の淡い光が漏れ出ている。ラプソディ卿が居る部屋を探す参考になるかもしれない。


 そして先の事件の影響からか、門の前には屈強な男が二人立っている。無策で突っ込めば彼らの丸太のように太い腕の餌食になるのは必至だ。

 幸いな事に屋敷周辺の人通りは皆無と言ってもいい。仮に屋敷内で騒ぎが起きたとしても気付かれることは無いだろう。



「何はともあれまずは屋敷に入ってからだな」



 懐にある手紙を触りながら、今回の依頼について思い出す。

 あの情報屋からの要望は『ラプソディ卿以外の者には見つからずに手紙を渡すこと』。


 そのためには文字通り最初の関門である屋敷の門を越えなければならない。

 正攻法で行くのは無理だ。いくら影に隠れて行こうとしても見つかる可能性が高すぎる。

 ならどうするのか、簡単だ。抜け道を使えば良い。



「………………あった」



 屋敷からしばらく離れた場所。開けた公園のような場所の奥に人一人が入れそうな大きさの穴が蓋をされて隠されていた。

 これはかつてダリアンの国が他国に支配されていた頃に作られた秘密の地下通路だった。民や貴族達からは忘れ去られてしまったが、騎士団だけは後世に伝えるためにその資料を保管していたのだ。



「感謝しますよ。騎士団長」



 そうして長い梯子を下って地下へ降りていく。


 

「明るい?」



 地下通路は長年放置されていた場所故に影を飲み込むほどに暗いと予想していたのだが、地下は意外にも淡い黄緑色の光に照らされており、奥までの景色がよく見えていた。

 何故かと周りを思い見渡してみると天井や地面の至る所にその答えがあった。



「なるほど、ヒカリソウか…………」



 通路の至るところには黄緑色に発光している短い草の葉が生い茂っていた。

 この植物の名前は『ヒカリソウ』。洞窟や鉱山の奥地など太陽の光が届かない場所でよく見られる自生植物だ。

 その優しい光は、遭難者や鉱夫の道標として大いに頼れる存在だ。



「なんという幸運だ。このチャンスを活かさないとな」



 そうして草の葉の光を頼りに、地下通路内を進み始めた。

 地下通路はかつての侵略者への革命を成すための道具として何百年も前に秘密裏に造られたらしい。その広さはダリアンの都を覆い尽くすほどに広く、その道のりもまるで迷路のように複雑だ。



「チュー! チュー!」

「うおっ! ね、ネズミか、驚かせるなよ。ほらさっさと向こうへ行け、シッシッ!」



 そして騎士団の保有する資料の中に、ラプソディ家の屋敷に繋がる近道が記されていたのだ。とはいえ資料からどこか怪しい雰囲気を醸し出していたが、任務の期限(ロンド演劇祭)も近づいている今の現状ではこれしか方法が無かった。



「はあ、どうにもきな臭いがやるしかない」



 十分ほど複雑な道を歩いた時、ヒカリソウに照らされた梯子が見えてきた。

 あれが目的地だろう。俺はふうと深呼吸をすると、息を殺しながら梯子を登っていく。



 そうして梯子を登った先はどうやら長年放置された中庭なのだろう、雑草に覆われた茂みの中だった。トゲトゲしい草木の枝が耳に引っかかって少し痛い。



「すうー、はあー!」



 とはいえまずやることは茂みの中に隠れながら身体の空気の入れ替えだ。

 犬族(ワングス)という種族の性質かもしれないが、やはり鬱蒼とした地下空間の空気より地上の新鮮な空気が何倍も美味しく感じるのだ。空気を吸った時の心地良さ、この感覚がたまらない。この後の潜入も上手く行きそうと思えるほどに最高の気分だ。



「ふうー! よし、それじゃあさっさと手紙を渡して終わらせよう」



 そうして俺は身を屈めながら目の前にある小さな屋敷に向けて忍び足で進むのだった。

 まだ任務は始まったばかり、油断せずに行こう。




   ○○○


「ぷぷぷ…………」



 愉快なことがあれば人は笑える。

 楽しい、楽しいと声に出して()()を笑うのだよ。


 それにしてもこんなに面白いと思ったのは久しぶりだ。

 今宵の侵入者はとても聴き心地良い足音を奏でているじゃないか。まるで雨の中で唄うような愉快な喜劇(コメディ)に出て来るタップダンスみたいな音の立て方だ。

 そして一緒に鳴り響いている緊張や不満とかでドクンッ、ドクンッと早くなっている彼の心臓の鼓動が合わさって…………………。



「ぷぷぷぷ………………」



 足音と心臓の鼓動が奏でる歪なリズムの打楽器演奏(ドラムプレイ)だ。こんな最高な光景を見て笑わないヤツがいたら教えて欲しい。


 無様で、滑稽で、面白くて、面白くてたまらない。


 その道中も笑いの目白押しだ。

 通路でネズミに向かって驚いた時に上げた声を聞いた時なんて飲んでいた水を噴き出してしまいそうになったほどだよ。

 地下から抜け出して必死に呼吸を繰り返している声なんてまるで母乳を求める赤子のように聴こえてしまって愛おしさすら覚えて来そうだ。



「ぷぷぷ、ぷぷぷぷぷ…………」



 その行動を聴いてみるにどうやら彼の目的はワタシのようだね。屋敷の窓をコンコンと叩いて侵入できる場所を探しているのがその証拠さ。

 均等な歩幅と重心の整った足音からして騎士のような訓練を積んだ人間なのかな? まあ誰でも良いけどね。


 

「ぷぷぷ…………、さあミスター・ロンリーナイト。ワタシの『芸術』を楽しんでおくれよ。ぷぷぷ…………」



 まるでの接続曲(メドレー)ようにつぎはぎで、そして奇想曲(カプリース)のようにぐちゃぐちゃで何より狂詩曲(ラプソディ)のような最高に自由な芸術だからね。

 その芸術を感じた彼が一体どのようなメロディを奏でるのか、今にも待ちきれないよ。


 さあ、今夜はとても楽しい夢を聴かせておくれよ、騎士様。

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【連載版】星空を見上げれば 滅びゆく世界で戦い続ける女の子達の物語です。 近代ファンタジーがお好きな方はぜひお読みください。
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