第20話 微笑みの狂詩曲(ラプソディ)①
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さて、これは子供でもわかる簡単な引き算の問題さ。
三人の家族がいました、その内二人がいなくなりました、残りは何人でしょう。
答えは一人。
な、簡単な問題だろう?
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情報屋との会合を終えた翌日。俺はニコロに事の顛末を報告するために団長室の扉を叩いていた。
長い報告を聞き終えたニコロはゆっくりとデスクの椅子に背中を預けながら笑い混じりに口を開いた。
「ヘミアン・ドゥ・ラプソディについての情報はほとんどが隠されている、まるで大劇場を舞台を覆う巨大なカーテンのようにね。唯一わかるのは彼女がダリアン十二貴族に名を連ねている事と、かなりの変人という事だけだ」
「変人?」
「そう、変人だ。彼女はね、いつも笑っているのさ。人を小馬鹿にするようにどんな時でもね」
皮肉を言い放つかのような意味を含ませながらニコロはラプソディ卿をそう評した。
その言葉にはある種の重みを感じた。まるでその笑顔が身体を蝕む毒と同じであると断じるかのように。
「だけど彼女の手腕は確かだよ。何せ十六歳という年齢でダリアン十二貴族という重荷を背負えているんだからね。その胆力はそこらの貴族なんて目じゃ無いだろうね」
「………………つまり今回も面倒なことになる、ということですね」
ふとあの女から受け取った手紙を見つめる。
悲しいことにこのコイツを受け取った時点で俺のやることは強制的に決められてしまった。あの女に振り回されるのはまったくもって気に入らないがこれも世の為人の為、つまりは騎士としての責務を全うすることに繋がる。
そう思えば今夜受けるであろう苦労も楽しみになってくるものだろう。
「とりあえず今夜までにできるだけ情報を集めておきます。あまり期待は出来なさそうですがね」
「わかった。ボクはいつも通りこの椅子にふんぞり返りながらクレンの報告を待つとするよ」
「吉報を届けることを約束しましょう。それでは失礼します」
そうして立ち上がり団長室の扉を開ける。
その時、いつものように炎のような熱い感覚が背中を伝って来る。
「行ってらっしゃい。クレン」
「……………………」
ニコロの言葉に答えることなく俺は団長室を後にしてワルツ家の屋敷へ歩を進めるのであった。
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貴族の昼食と聞いて皆はどのようなものを想像するだろうか。
フルコースよろしく六品の肉と魚の料理に高級ワインだろうか。意外と白い丸パンにレタスとトマト、そして薄切りのハムを挟んだ質素サンドイッチかもしれない。
まあ食事の好みは人によっては異なるものだ。それをどうするかは貴族と言えど人それぞれ、まさしくこの国の芸術の数と同じぐらいの選択があるだろう。
少なくとも今の俺がわかるのはワルツ卿の昼食はあまりにも変わっているということだ。
「よろしいのですか? 私も昼食をお供していただいても」
「構わない。私一人で食べるより貴殿と二人で食べる方が有意義になる」
ワルツ家の屋敷にある食堂。
俺とワルツ卿の目の前には何やら赤茶色のトロリとしたソースが掛けられたパスタが並べられていた。
ツンとした香辛料の匂いが鼻の奥を突き刺すように刺激している。
「…………これは?」
「アシュバルトの郷土料理らしい。近々そこの者がこの屋敷を訪れることになりそうなのだ。そこでその土地を学ぼうと思いマリアンに作らせた」
そう言うとワルツ卿の後ろで控えていたマリアンさんが示し合わせたように一歩前へ踏み出した。
「こちら、アシュバルトの家庭でよく食べられているアンカーケー・パスタでございます。数種類の香辛料に絞ったトマトと赤ワインを混ぜじっくりと煮込んだ特製ソースを他ではあまり見かけない太いパスタに絡めて食べる一品です。今回はトッピングとして厚切りのジャガイモとタマネギを添えさせていただきました。とろみのあるソースとよく合うと思います」
「ふむ、では冷めないうちにいただこうか」
「はい、いただきます」
そうしてフォークでパスタを巻いて一口食べる。
その瞬間、言葉にできない風味が口の中を駆け巡った。
「おいしい…………」
まずソースだが、香辛料を大量に入れているからだろうかとても辛い。一口食べただけでも額に滝のような汗が流れるほどの辛さだ。
だがトマトと赤ワインのまろやかな風味がその辛さを旨みへと昇華させていた。まるで泣きじゃくる子供を包み込む母親のような優しさで。
そしてその旨みが引き締まったソースをこの太いパスタ麺がガッチリと絡め取り、俺の口へ運んでくれている。パスタが太いのはこれが理由だったのか。
付け合わせのジャガイモとタマネギもソースと相性抜群。というかこのソース、どんなものでも合うのではないか?
「これは意外な味だ。だが合理的でもある」
「合理的?」
「アシュバルトは雪が降りしきる寒い国なのだ。故にこうした香辛料をふんだんに使った料理を食べて身体を温めているのだろう。そして流した汗を拭いつつ勉学に励むのだ」
「なるほど、確かにこの辛さは寒さを忘れますね」
そうして俺とワルツ卿はマリアンさんの作ったパスタに舌鼓を打つのであった。
その後、食後のティータイムの時間。俺の目の前には食べ終わったパスタの代わりに紅茶の入ったカップが置かれたいた。
ワルツ卿はカップを一口傾けながらふうと息を吐くと、淡々とした面持ちで話を切り出して来た。
「さて、貴殿は私に聞きたいことがあるのではないのかな?」
「…………やはりわかりますか」
「食事中に何度か口篭っていたからな。それで、何を聞きたいのかね?」
さすがダリアン十二貴族の一人とでも言うのか。その観察眼は並々ならないようだ。
仮にワルツ卿がダリアンを裏切っていたとしたら、果たして俺は彼を出し抜けるのか心配になって来るほどだ。
だが今は元の任務より、別の任務を優先するべきだろう。そう思えばワルツ卿の観察眼も頼れる武器になり得る。
「ワルツ卿から見て、他の十二貴族の印象を聞いてみたかったのです」
「何故それを聞きたいのかな?」
「………………貴騎相関の儀の一環ということで」
「ふむ…………」
貴族という存在を学ぶという貴騎相関の儀。この理由ならそこまで違和感は無いだろう。
この機会にラプソディ家の情報を少しでも集めなければ。
「まあいいだろう。とはいえ私自身他の十二貴族についてあまり詳しくはないぞ」
「それでもいいのでお願いします」
「…………まず序列第一位のエアルト家、あの家を一言で表すなら『柔軟』だろう。当主であるエアルト殿はまだ若いながらもこのダリアンの繁栄を一番考え、様々な物を取り入れようとしている。次に序列第二位のスカース家だが………………」
こうしてワルツ卿から見た他の十二貴族の所見が続々と語られる。
この国の司法を取り纏める序列第二位スカース家。芸術の最先端を担いながらそれに見合った実力と思慮深さを持つ序列第六位レゲ家。その他どの家系も華という言葉が似合うほどに歴史があり、何より厳粛な者達の集まりだった。
「…………もうそろそろ時間になるな。最後に序列第七位のラプソディ家について話して終わろう」
「ええ、よろしくお願いします」
そして話は本題へと進み始める。
ギリギリだったがなんとかラプソディ家のことを聞けそうだ。
「とは言ってもラプソディ家について、私が知っていることは少ない。どのようなことを生業にしているのか、そしてどのような芸術を愛しているのか、この家のことは他の十二貴族の者でも知られていないのだ。唯一知っていることとすれば一昨年に現当主の両親に不幸が訪れたことぐらいだ」
「…………不幸、ですか?」
「謎の一派がラプソディ家の屋敷に強盗を起こしたそうなのだ。その際にラプソディ殿の両親は死亡した。下手人はまだ捕まっていないが、組織的な犯行だったと聞いている」
「………………っ」
絶句というのはこういう事なのだろう。ラプソディ家の不幸な出来事に思わずを言葉を失ってしまった。
「…………食後の気分を害してしまったようだな」
「いえ、教えていただきありがとうございます。よい勉強になりました」
「そう言ってくれると嬉しい。貴殿は騎士だ、いずれこのような不幸な出来事を見てしまうこともあるだろう。その時は冷静に、そして我を忘れないように心掛けたまえよ」
「…………はい」
こうしてワルツ卿との昼食は暗い雰囲気で終わりを迎えた。
最後の話は衝撃的だったが、収穫はかなりあった。
さあ、今夜は大事なおつかいだ。あの女の依頼というのは気に入らないが騎士として任務をキッチリと遂行してやろうじゃないか。




