第9話 おねえちゃんになりました
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唐突な出会いというものは小説の導入において必要な過程と私は感じています。時間に急いている女性とのんびり歩く男性が道端でぶつかることだったり、戦場にて後に戦友となりうる二人の騎士が刃を交えることだったり、空から見目麗しい女性が降ってくることだったり。
出会いに必要なのは二人の縁という糸が絡み合う結果。そこにドラマはまだ必要ではないと私は考えていました。
出会いというのは唐突でも良いのです。大事なのは出会った二人が如何にしてその仲を育ませるという過程にあるのですから、と。
しかしそんな私の考えは浅はかなものでした。そして気付いてしまったのです。
唐突な出会いというのは目の前で閃光が光輝くような驚きで溢れ、そして思わず言葉を失ってしまうほどに困惑してしまうということを。
「おねえちゃん、そんなに目をぱちくりしてどうしたの?」
「え、あの…………」
私の瞳には、まるでおもちゃ箱から飛び出してきたお人形さんのような可愛らしい犬族の少女の姿が映っていました。
ふわりとした雲のようなフリルをあしらったドレスを身に纏い。整えられ艶のあるシルバーブラウンの髪を長く伸ばし。私より年下であるのにも拘らず、少女の容姿は思わず見惚れてしまいそうなほどに整っており。
そして大きな瞳で私を見つめながらこくりと首を傾げる仕草など穢れを知らない純真無垢な赤子を彷彿させました。
全てが洗練された、完璧で理想な少女像。
その様を例えるなら、自然豊かな森の国のお姫様。皆から愛される純真なお姫様のようでした。
ですが今は容姿については重要ではありません。
重要なのはこの少女は何者でどのような理由で私の隣でちょこんと三角座りをしているかなのです。
感情の赴くままに問いただしたいですが私は彼女より年上。あくまでここは冷静に、それこそおねえちゃんらしく振る舞わなければならないでしょう。
「わ、私の名前はレイって言うの。貴女の名前を教えてくれないかな?」
「わたし? わたしの名前はソル………………うん、ソルって言うの」
「ソルちゃんって言うんだね。ソルちゃんはどうしてここにいるのかな? お父様とかお母様はどうしたの?」
なるべく平静を装いながら拙い言葉を少女に伝えます。
少女は「うーんとね」と言いながらしばらく考え込むと、両手を広げて大きな円を作りました。
「わからないの」
「わからない?」
「うん。さっきまでね、お部屋で絵本を読んでたんだけど、じいやか『遊びに行こう』って言ってわたしを連れてここまで来たの。だけど途中ではぐれちゃった」
「じいや…………」
呼び方からしてソルちゃんのお祖父様でしょうか。
孫を連れ出して遊びに行くというどこの家庭にもありそうな出来事、もしかしたらお祖父様は可愛い孫の微笑ましい光景に胸を膨らませていたはずでしょう。
しかし現在、ソルちゃんはお祖父様と逸れてしまい人通りの少ない道の外れで私と共に建物の影でひっそりと座っています。
このことを知ったお祖父様は気が気ではないでしょう。大切な孫が己の側から離れてしまったのですから。
「ソルちゃん。じいや様を探すのを手伝いましょうか?」
快諾されると思って発したこの提案。しかしソルちゃんの反応は芳しくありませんでした。
「うーん」と俯きながら返答に戸惑っていたのです。
「どうしたの?」
「…………あのね。わたし、まだじいやに見つかりたくない。おねえちゃんと一緒にこの街をお散歩したい!」
「ッ………………!」
それはまさしく子供のわがままそのもの、しかしそのわがままの威力は鋭い剣をも凌駕する切れ味を有していたのです。
下唇を強張らせながら勇気を振り絞った一言、訴えかけるかのように上目遣いで見つめるその瞳、まるで恋愛小説に出てくるお忍びのご令嬢のような言葉回し。
その彼女の振る舞いの全てが私の庇護欲を大いに唆らせました。
ああ、ソルちゃん、だめ、だめですよ。
そんな最高の一幕を見せられてしまっては私の答えが一つだけになってしまいます。
「…………わかりました。おねえちゃんと一緒に行きましょうか」
気分はまさに恋愛小説の騎士様。クレイング様顔負けの騎士の心が私の中に宿った瞬間でした。
そんな私の言葉にソルちゃんはニパッと太陽のような眩しい笑顔を浮かべると。
「うんありがとう、おねえちゃん! それじゃあ行こう!」
「あ、走ると転んじゃいますよ!」
まるで聖女のような微笑みと共に私の手を取って未だ冷めやらぬ嵐の中へ突っ込んで行くのでした。
そう、先程よりも落ち着いて来たとはいえ未だに治っていない嵐の中へ、私達は駆け抜けていくのでした。
マリアン、ショーラ、そしてお父様。私はおねえちゃんになりました。




