第8話 嵐と歴史のむーぶめんと!
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銅貨が五枚。これが私達の乗車した辻馬車の料金です。
ベルリン様の思い立ちにより私達は陰鬱とした貧民街から二十分の時間を掛けて、ダリアン十二貴族の一つロンド家の統治する演劇の都『エリア・キャン・ディーズ』の地に降り立つ事になりました。
この都の特徴はなんと言ってもを異国の商業都市を思わせる独特な街並みでしょう。
狭い道に高い建物を並べるこの街造りは辺り一面に明るい影を落とし込み、まるで一昔前の懐かしい異国情緒を彷彿させています。
「さあさあ、劇と一緒に酒を飲むのはどうだい!」
「ソーセージも安いよ! トマトソースたっぷりかけてやるからね!」
そして敷き詰められたかのように立ち並ぶ家々の数々から聞こえてくる活気の良い声。
この狭い通りの中に落ち着いた雰囲気と賑やかさが混同させており、より一層の楽しさを私の心に訴えかけるでしょう。
「ああ、ロザンナ、愛しのロザンナよ! 僕の声が聞こえるのなら応えておくれ!」
「ナーズ、勇敢なナーズよ! 貴方の声は私に届いているわ!」
「ロザンナ、僕は君のことを愛している! この花に愛を誓ってくれるかい?」
「ごめんなさいナーズ! 私は貴方の愛に応える事ができないわ」
「ああっ! 僕の気持ちは彼女に届かない! これほど悲しいことがあるだろうか!!」
ふと周りを見渡せば、通りの少し開けた場所で辻演劇が催されていました。
しかしその内容はお世辞にも良いものとは言えないでしょう。
だけどそれで良いのです。
自身の本音を曝け出すというのが『演劇』という物の本来あるべき姿なのですから。そこに上手も下手も関係ありません。ただ己の心の内にある思いを言葉で表現する、それこそが本当の演劇というものなのです。
「いや〜、いつ来てもここは賑やかでいいね〜。演劇祭ではこれの何倍もの人が集まるんでしょ〜。今から待ちきれないよ」
「か、数えきれないぐらい多い…………」
「ア、アネキ、本当にここでオデ達の仕事を探せるのか…………」
盛況な街並みを間近に受けベルリン様は後々に訪れるであろう、演劇祭の楽しみに思いを募らせ。貧民街のお二人はこの慣れない街の騒がしさに少々尻込みをしてしまっていました。
確かに慣れない土地というのは不安が大きいでしょう。現に私も初めて訪れて緊張しているのか、影が落とし込まれた通りと、行き交う人々の中に紛れて時折見かける黒い服装をした怪しい人達の姿を見て少し不安を感じてしまいます。
しかしそんな心配をする必要はありません!
何故ならダリアンの都を闊歩する群青の舞姫が私達の下にいるのですから。
「ベルリン様。こちらで彼らに合う仕事は見つかるでしょうか?」
「ま〜ま〜焦らない焦らない。こういうのは落ち着いてゆっくりやるものなのよ〜」
この落ち着きぶり、さすがはベルリン様です。数多の大舞台でその舞踏で人々を魅了したその心意気というものでしょう。これは私も見習わなければ。
「ま〜、まずは歩きながら探してみようか〜」
「はい、行きましょう!」
「お、おう」
「い、行くぞぉ」
そうして私達はお二人の仕事を探すために街を歩き始める事にしました。
この『エリア・キャン・ディーズ』は私のお屋敷の近くにある大通りとは異なる賑やかさを醸し出しています。
通りに面する家々から聞こえる活気の良い声。辻演劇に熱を入れる役者にそれを眺めながら酒を呷る観客。時折香るトマトソースとこんがり焼けたソーセージの匂いはまだ夕方にもなっていないのにお腹の妖精を呼び起こすのには充分な力を持っていました。
「祭りが近いというのもあっていつもより盛り上がっているのがわかりますね。これは祭りの当日はとんでもない人混みになりそうです」
「まあ、これだけ人が多いという事はそれだけ悪い事をする人も多いという事でもあるからね〜。もしかしたら二人のお仕事も案外あっさり見つかるかも〜」
「そりゃあ良いな! 早く用心棒になって美味いメシが食べてぇ!」
「オデ、肉が食いてえ!」
尻込みしていた先程とは異なり、しばらく歩いてお二人もこの街の雰囲気に慣れて来たのか、元気な声を出していました。
もしかしたら本当にあっさり見つかるかも。そう思っていた矢先のことでした。
「あの、も、もしかして…………ベルリン様?」
「…………え?」
通りを歩いていた一人の女性がベルリン様に指を差しながら感嘆の声を漏らしたのです。
そこから先の展開はもはや分かり切っていました。
「本当だ! 群青の舞姫がここに居るぞ!」
「キャー! ベルリン様よ!!」
「私、貴女の大ファンなんです!!」
「ちょっ、まっ! あ〜れ〜!」
女性の声が引き鉄になり一人、また一人とその視線と黄色い声がベルリン様に注がれ始めたのです。
最初は小さな集まりも、あっという間に大きな円となって私達を取り囲み始めたのでした。
その数およそ三十人。それは全ても飲み込む嵐の誕生を意味しました。
「ちょ、ちょっと待ってください! ベルリン様? ベルリン様ぁ!!」
「お、押されるぅ!」
「アニキィ! オデの腕に掴まって!」
そして人は嵐に成す術がありません。
私達が気付いた時には人の波に押され後ろへ、後ろへと徐々に離れた頃には皆の姿がまったくと消えてしまったのです。
ああ、日々を接する内に心のどこかで侮っていたのです。
私は彼女をただのお酒が大好きな女性と侮っていたのです。
まさかベルリン様がここまでの嵐を作る程の人気者だったとは夢にも思っていませんでした。
軽率な私!
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人気の波に押された私が漂流したのはある通りの外れでした。
先程との盛況さとは違い。人通りもまばらで立ち並ぶ家々も店としてではなく、あくまで住居用と見受けられます。
おそらくこちらは住宅街。観光に特化した先程とは違い、ここは住人の日々を過ごすための場所なのでしょう。
「まったく、何なのだあの騒ぎは?」
「なんか有名人が来たらしい。俺達には関係無いがな」
と、まあこのように、騒がしさとは程遠い静かな風がこの住宅街を吹き抜けていました。
ですがこのままここでまったりしている暇はありません。一刻も早くベルリン様、そしてお二人の下へ戻らなければなりません。
「だけど、あの人混みは…………」
遠目からでもわかるあの騒ぎっぷり。たとえ私が騎士小説に出てくる勇敢な騎士だとしても、あの嵐に飛び込むのは二の足を踏んでしまうでしょう。
そして人が嵐に対してできる事は一つしかありません。
「…………しばらく待ちましょうか」
それは嵐が過ぎ去るまで耐え忍ぶこと。
そうして私は住宅の影に身体を寄せて、膝を曲げてちょこんと座るのでした。
「…………涼しい」
吹き抜ける隙間風が私の頬を通りすぎています。
秋空の下で通りの喧騒から外れ、静かな影の下で座る。とても心地のいい気分ですね。
こんな趣のある雰囲気の中、嵐が過ぎ去るまでのちょっとした退屈凌ぎとして、この国の歴史を語るのも良いのかもしれません。
それはおよそ六百年前まで遡ります。
ダリアンという国は十匹の美しい獣から始まったとされています。
獣達は各々の群れを作り、家族を養うために日々を切磋琢磨して生きていました。
余談ですが古い文献では『料理』こそがダリアンにおいて一番最初に浸透した芸術と記されています。
狩りで獲物を取り、木の実で調理する、そして綺麗に盛り付け家族に振る舞う。ささやかながら美しい芸術ですね。
そんな獣達の日常は永遠に変わらずに続くと思われました。しかし獣達の生活に一つの大きな変化が訪れます。外敵からの侵略です。
遠い遠い西の果てから、剣を持った人間達が獣達の住む集落に進軍を始めたのです。
獣達は狩りの能力はあっても人を殺す能力はありません。瞬く間に仲間達は殺されてしまい、なし崩しに人間達によって支配されてしまったのです。
そしてここから、人間達に使役される時代が始まってしまいました。
約二十年もの間、獣達は虐げられ続けました。
強制的に過酷な労働を強いられ、逆らえば家族を殺される。まさに苦渋を舐め続ける日々だったのでしょう。
倒れ、殺される家族を十の獣はただ眺めることしか出来ません。逆らえばまたかぞが殺されるからです。
家族を守れず見殺しにするしかない、それは獣にとって大きな屈辱だったのでしょう。
そうして希望が全て失われようとした時、一人の獣が気高き遠吠えを上げたのです。
『獣を救う! それこそ、ダリアン神から与えられた俺の使命なのだ!』
この言葉に虐げられた十の獣が応え、革命の舞曲が奏でられたのです。
そして様々な犠牲はありましたが、結果的に侵略してきた人間達から獣は己の尊厳と家族を取り戻すことができたのです。
そうして革命のきっかけとなった気高き獣はその特徴から『蒼銀の狐狼』と称され、英雄として讃えられました。
その後、十の獣は家族を守るために協力して国を興すことを決めました。自分達のことを『貴なるもの』と定めると、集落を一箇所に集め、そこに広大な城壁を築き上げました。
そして、英雄の言葉にあった神の名前を借りて国の名を『ダリアン』と名付けたのでした。
これがダリアンという国の始まりです。
ちなみに序列第十一位である『ワルツ家』と序列第十二位の『ストーンズ家』はダリアンという国が成立してから十二貴族に名を連ねることなりました。
言ってしまえば私の家は外様の貴族。おかげさまで私達の家系は以前までは大変肩身の狭い思いをしていたとマリアンは語っていました。
少し脱線しましたが、ダリアンという国の成り立ちは以上となります。
「ちょうど騒ぎも落ち着いてきましたね」
「そうだね。おねえちゃんのお話しもおもしろかったよ」
大変嬉しい感想です。そう言ってくれるとこうして語った甲斐があります。
ですが私のまるで絵本のように単純な解説なんて、マリアンの理路整然としながらユーモアのある解説に比べれば大したこと………………。
「え?」
「どうしたのおねえちゃん?」
おねえちゃんと言うその声を聞いてふと視線を横に向けると、小さくて可愛らしい、まるでお人形さんのような犬耳の生えた女の子が私の隣でちょこんと座っていたのでした。




