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第十七話・小笠原沖海戦‐1

【新生歴1948年 9月13日 夕方|西ナマール海上】


厚い雲の下、斜陽も相まって海は暗い。まとわりつく湿気と生暖かい風が、鬱屈とした空気を増長する。


「もうすぐ日が落ちるな」


レンツ帝国の帝国海軍ナマール海艦隊、その艦隊司令が座乗するのはレンツ海軍の新鋭戦艦、ロンブルム級戦艦の1番艦、戦艦ロンブルムだ。


主砲に三連装の46cm砲を3基、計9門搭載し、全長は260mを超える。その巨体さながら、装甲もぶ厚い鋼鉄を纏い、その厚さは最大で410mmにも達する。


世界最大級の戦艦は、レンツの列強国、列強海軍という地位を象徴するにこれ以上無い花形である。しかし、これに座乗し艦隊を率いる男に慢心は無い。それどころか不安すら感じていた。


姉妹の一人がその生涯を終えたという報は、記憶に新しい。世界最大級で且つ、我が軍の力を具現する存在の脱落には、相当の衝撃を受けた。


無論これは艦隊司令以下、上級幹部しか知らない事である。


「にしても本国の位置がわからないとは、厄介だな」


誰にともなくつぶやいた艦隊司令は、隣に立つ副官の相槌を横目に艦橋の外へ視線をやる。


戦艦ロンブルムの前甲板に載る第一から第二の三連装砲塔が2基。そして艦首の先には、輪形陣の矛先を務める巡洋艦2隻と、駆逐艦3隻。


どす黒い雲に覆われたどんよりとした空の下で、暗い海の上に一寸の狂いもなく整然と浮かぶ鉄塊たち。普段ならその力強い存在感に気圧され、頼もしく、味方で無いことに安堵する。


だが今日はどうも不安がぬぐえない。


レーダーに加え、双眼鏡を手に全周を睨む何人もの警戒員、先行して哨戒する偵察機。


何重もの警戒網を敷いている。自分一人が肉眼で見ても意味はないのだが、不安からか、どうしても前方の景色から目が離せない。


どこまでも続く、灰色に覆われた海を見つめ思案にふけっていた。


「雨か、」


気づけば窓の都外川には、幾つもの水滴が膨らみ、滴っている。


強くなりそうだ。そう思った時、副官が報告を伝えてきた。


「司令、先行する哨戒機が陸地を発見したそうです。我が隊より330度、161マイル(260km)前方です。」


「陸か、海図には乗ってないな。海底火山でも噴火したか?」


レンツは日本の正確な位置すらも判明していない。現状で最も優先されるのが、日本国の所在地を突き止めることだ。


「それが、レーダーにはかなり大きく映っているようです。」


「雨が降ってるからな、強くなる前に艦載機を上げるか、雨雲を抜けるまで待つか、、、」


副長はすかさず助言する。


「今は、東の風17ノット、波の高さは7フィートです。危ないですが、できない程ではありません。」


悪天候下での艦載機の発着艦には、当然ながらいつも以上の危険が伴う。風速で46km/h、波の高さで3メートルが、断念すべき水準だ。


良好とはいえないが、現在の気象状況では決してできないものではない。しかし、以降の天気がわからない以上慎重に考えるべきであった。


とりわけ、雨が降り始めたのだから、おいそれと上げるわけにはいかない。しかし、


「日本の位置を突き止める方が先決か、、、」


現状は大変なレアケースだ。巡洋艦ベリモーが座礁した件といい、今報告に上がった謎の陸地といい、日本という国の存在と言い、既存の地図では説明できないことが数多く起きている。


ヨルド諸島周辺で独立特殊水上軍が定期的に行っている海洋調査でも、ここ最近は特に、潮の流れや塩分濃度におかしな数値が出ることがあるらしい。


「あと15マイルくらい近づいてから、艦載機を上げよう。風速と波高はよく見ておけ、」


「はい」

__________


【西暦2042年 9月13日 夕方|西太平洋上 小笠原諸島より北北東400km地点】


「射撃等訓練区域/八丈島南東方(Y―2)」、ここは国防海軍が主に実弾の教練で使用する海域である。


先ほどまでこの海域では、5隻からなる艦隊が訓練を実施していた。第一国防艦隊である。


国防海軍が常設する水上艦艇群には、6〜7隻からなる護衛隊というものがあり、これを2個で構成されるのが国防艦隊と呼ばれる艦隊だ。国防艦隊は海上自衛隊時代の護衛隊群を全身とする。


神奈川県横須賀市に司令部を置く国防艦隊とは、第一国防艦隊である。


「レンツ軍の水上部隊は、小笠原諸島の北東230㎞を20ノットで西進中です。的針を維持した場合、およそ35時間後には大隅海峡付近に到達します。艦載機の発艦も確認しています」


第一国防艦隊の旗艦、[あかいし型正規航空母艦2番艦-すずか|LNAC-61]のCDCには緊張感が漂う。


部屋の中央にある机を囲むのは、正規航空母艦すずかの艦長や砲雷長などに加え、第一国防艦隊の司令長官とその幕僚たち6名の全12名だ。


モニターが居並ぶ、白を基調としたオペレーションルームは、バスケットボールコートの半分強程の大きさがあるが、やはり司令部が置かれると少し手狭だ。


「4つ、大きな艦影があります。おそらくは空母か戦艦、もしくはその両方でしょう。」


幕僚の一人、敵情の収集とその分析を掌握する情報参謀の男は、机の中心を指さして言った。


幕僚たちが囲む中央机という設備は、天板がディスプレイになっている。


今表示されているのは、収集した情報をもとにレンツ軍の艦隊の位置を重ねた小笠原諸島周辺のデジタル地図だ。


「汚いな、なんだ?」


レーダーで探知した艦影がデジタル地図に反映されているが、陣形が若干いびつなものだった。


「レンツからしたら未知の海域で、しかも天候が悪いので混乱しているのではないでしょうか?小笠原の島を発見した可能性もあります。早急に攻撃すべきです。」


司令長官は唸る。


レンツ海軍の艦隊は、艦影の大きさからして戦艦又は空母が4隻、巡洋艦や駆逐艦が15隻以上と、19隻から23隻と推定される艦隊だ。


それに対する、第一国防艦隊の編成は以下の通り、


・あかいし型正規航空母艦2番艦‐すずか|LNAC‐61

・すずや型ミサイル巡洋艦1番艦‐すずや|MCS‐242

・いつくしま型ミサイル巡洋艦5番艦‐にっしん|MCS‐216

・かみかぜ型ミサイル駆逐艦3番艦‐はるかぜ|MD‐336

・まつ型ミサイル駆逐艦6番艦‐あかつき|MD‐356


以上の5隻だ。


「使える艦載機は?」


そして20隻規模の艦隊に対する5隻という数的劣勢に加え、内容を陣形の形成や守備位置の確認とする艦隊運用の訓練中であった”正規航空母艦すずか”は、搭載する艦載機も少なかった。


「はい。104哨戒ヘリ隊のエスエッチとエムエッチが6機、それから904輸送隊のCSが2機、501空戦の9機です」


SH−24S哨戒ヘリコプターとMH−60R艦載ヘリコプターが3機づつ。


SC−1艦上輸送機が2機。


F−35Bステルス戦闘機が9機。


つまり哨戒ヘリが3機に、輸送機が6機、そして戦闘機が9機の計18機だ。なんとも頼りない。


きっと第501戦闘飛行隊のF−35Bがいなければ、”すずか”は他の艦艇を置いての帰港が命じられていただろう。


「横須賀から ”かが” を向かわせるとのことですが、いつになるか、、、」


現在の第一国防艦隊の編成は少し特殊なものになっている。


国防艦隊を構成する護衛隊は、一桁護衛隊と二桁護衛隊が一つづつの計2個護衛隊である。第一国防艦隊であれば第1護衛隊と第15護衛隊だ。


一桁と二桁、2種類の護衛隊は空母の有無で区別される。それ以外の編成はまったく同じで、ミサイル護衛艦1隻、ミサイル巡洋艦2隻、ミサイル駆逐艦3隻だ。


つまりそれぞれの定数は7隻と6隻、国防艦隊ではそれを合わせた13隻が定数だ。


しかし現在の第一国防艦隊には14隻が所属している。定数を超えているのが第1護衛隊の空母枠だった。


日本特事の発生によって、退役間近であった ”いずも型軽航空母艦‐2番艦かが|LAC−0184” が退役を無期限延期とされ、その状態のまま ”正規航空母艦すずか” が任務に就いたからだ。


国防海軍では航空母艦一隻に対して、専門の艦載機集団を割り当てているが、”かが” の第11艦載航空団と ”すずか” の第4艦載航空団でも、改編の過渡期にあったため所属する機の半分がお互いに重複してしまっている。


正直、プラットフォームだけ余分にあるというこの状況は、余分に予算を食いつぶすだけなのであるが、なにせ後任の空母は就役したものの最初の訓練すら終えていない、運用分類上の訓練試験艦だったのだ。


それを繰り上げた突然の配備、任務なのだから、いくら急行する ”かが” 到着までの繋ぎとはいえ、準備不足は免れない。


「ここからレンツ艦隊までは?」


「当隊から南136マイル(220km)地点です。」


第一国防艦隊は、探知されることを避けるために、レンツ海軍の艦隊との相対距離を維持してこれに平行する針路をとっている。


地球で1940年後期に運用されていた対水上レーダーは、最大で200km程度の範囲までしか探知できない。


「空母と戦艦はミサイルで沈めておきたいな。」


「しかし戦艦は、HCM(エッチシーエム)でも一発なら耐える可能性が高いと思われます。」


情報参謀は言う。23HCMこと23式極超音速巡航誘導弾とは、日本が独自に開発した極超音速飛翔体だ。炸薬量はもちろん、レールガンには劣るがその貫通力も含めて、威力は折り紙付きだ。


しかし、戦艦に一発で通用するかは試してみないことにはわからない。


「そういえば、レールガンは2発耐えたんだったな」


「はい。」


「じゃあ駆逐艦程度なら一発で沈められるか?」


「はい、おそらくは」


その答えを受けて、第一国防艦隊司令長官は逡巡する。


現在、この艦隊にはレールガンを搭載する艦艇がいる。レールガンで事足りるのであれば、「誘導弾を温存せよ」という上意を汲んで、なるべくミサイルの使用を控えたい。


「連中はもう小笠原諸島を捉えてるだろう。デカい4隻を先にミサイルで叩く。残りの護衛艦艇はレールガンで対処する。」


「わかりました。ミサイルは23HCM(エッチシーエム)ですか?」


「極超音速もいらないだろう、巡航ミサイルで十分だ」

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