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第十五話・国家最高会議 軍事会合

【新生歴1948年 9月6日 昼過ぎ‐‐‐レンツ帝国帝都パルメッツ 大統領府別館 イェルシェルム宮殿】


大統領府が管理するイェルシェルム宮殿は、昔から執政を所管する者が執務に用いてきた宮殿である。


昔であれば大帝がここで公務に勤しんでいたが、大帝に代わる執行機関として、大統領率いる内閣制が成立したころから、大帝は公務を居城で行うようになった。


しばらくして大統領官邸が建てられたことで、現在では格式の高い会議や会合、儀式などに使われるようになった宮殿である。


「改めて順を追って説明致します。えぇまず2日15時過ぎ、現地時間の同日深夜です。ナンバ湾で哨戒にあたっていた小型艦2隻が消息を絶ちました。これが日本による最初の攻撃と思われます。


その後日付が変わってすぐに、テグラ軍港が大規模な空爆を受け、司令部は全壊、基地機能を喪失し、全滅的損傷との評価が出ています。パーバルを含む、停泊していた艦艇全ても大破か着底しました。以降ナンバ湾、ユト洋における活動は、大幅な制限を受けると予想されます。」


まだ最初の1時間にも満たない出来事を述べただけだ。しかし会議室には既に、絶望感が紫煙と共に漂っていた。


「その後、ルボ陸軍基地に駐留していた第11航空艦隊の一個飛行隊が、日本軍の戦闘機隊と交戦し全滅。制空権を失った直後、ルボとバラントも大規模な空爆を受け、壊滅的損傷を受けました。」


テグラ軍港とルボ陸軍基地とは、レンツ帝国の海外領土にある中では、どちらも最大級の軍事施設であった。


これはロムア地域での影響力の喪失を意味し、ユト大陸への接続に計り知れない影響を与えることになるだろう。


「その後、エルトラードから帝政国軍がロムアへ侵攻し、現在ピギュアン高地まで迫っております。」


これが戦闘開始から36時間の出来事だ。


皆黙りこくり頭を抱える。沈黙は霧のように漂う煙草の煙と一緒になって部屋を包み、非常に息苦しい空間を醸成していた。


「とにかく、此度の戦争を再検討する必要があります。まず、奪われたロムアをどう奪還するか。そして、ノーサバーションの紛争とノールメルへの対応と‐‐‐」


沈黙を崩したのは軍事大臣の大臣官房だった。


大統領を議長に据えた、大臣級の会合。国家最高会議。レンツ帝国においてはその施策を最終決定し、大帝陛下に上奏申し上げる国家の最高意思決定機関である。


緊急会合、内政会合、外務会合と次いで、現在開催されている軍事会合の四形態が存在する。


司会進行は会合の種類によって、その会合の内容を所管業務とする中央省庁の大臣官房が務めることが通例である。つまり内務省と外務省、そして軍事省の大臣官房だ。


「正直ノーサバーションの紛争はこれ以上得るものは無いと考えます。消耗するばかりであります。‐‐‐」


そう切り出したのは、軍事省内で陸軍を所管する総参謀長であった。


「エルテリーゼが崩壊した事で、事実上の休戦状態でありますが、ノールメルはエルテリーゼの継承国となりました。ノーサバーションの利権を主張し再び進駐してくる前に、こちらも手を引くべきです。」


これは大陸戦争終結から続く地域紛争で、ノーサバーションを舞台に20年近く局地的な武力衝突が絶えなかった。


「‐‐‐北方に展開する軍を引き上げれば、ユトやロムアで戦えます。」


終わりの見えない紛争は国費を相当に無駄食いし、財政を圧迫していた。財界や政界から幾度となく疑問を呈されていた事項だ。


すると、外局である陸軍諜報部の局長も総参謀長の後を追う。


「ノールメルは現在、農工業の復興、成長を第一目標に掲げて、民衆からの支持を得ている状況です。何年もの内戦で戦争には辟易している状況ですから、まだ政権が安定しない現状で国民の反感を買うような行動はしないと考えられます。」


つい先日成立したノールメル社会主義共和制諸邦国は、まだ外郭を完成させたばかりで、その基盤は軟弱なものと言わざるを得ない。


セリトリム聖悠連合皇国が公に国家、そしてエルテリーゼ大公国の継承国として認める方針を示したばかりだ。


陸軍諜報部局長の助言で勢いづけた総参謀長は続ける。


「この際、タールの進駐軍も規模を縮小して、東部と東方に向けるべきです。」


大陸戦争の敗戦国、タール・ニ・バエアも、レンツ帝国の傀儡政権が主導の盤石な国家体制を確立できたと判断されている。


今はペント・ゴール帝国に対抗して本国の東部と、ユト大陸やアドレヌ大陸西部のある東方に力を向ける時だ。


とそのような方向に場が流れつつある中、水を差す存在が口を開いた。


「しかし北方から引き抜いた軍を東方に向けても、ペンゴやフリトに対抗できるわけではありません。現在、フリトのロムア侵攻を受けてセリトリムの皇命海軍がマークシャン海峡に艦隊を展開しています。」


各国が持つ海上軍事機構の中でも、より強力な組織を指す列強軍、列強海軍。そこに名を連ねる筆頭がセリトリム聖悠連合皇国の皇命海軍だ。


同じ列強海軍のレンツ帝国海軍であっても、そこには超えられない壁が存在する。


「ルロード共和国との海上交通路保護との名目ですが、事実上皇国はペンゴ側に付いたと見て良いでしょう。」


もしここでレンツ帝国領ロムアに対して大規模な地上戦力を派遣すれば、それは他列強国との全面的な対立構造を確固たるものとする事になる。


だが陸軍ほどの諜報部を持たない海軍がここまで主張する理由は何か、


「六月末日付で海軍参謀本部に提出された、テグラからの報告です。現地時間の21日深夜、ユト洋にてセリトリムの偽装巡洋艦を確認しています。」


「続けろ。」


対抗心丸出しの総参謀長が言葉を返して険悪な空気が漂う前に、軍事大臣が先手を打った。


「実はこの時同時に、後にセリトリムのものと断定される潜水艦を探知していました。ユト洋のナンバ湾付近です。この時我が軍の駆逐艦が浮上を呼びかけたものの応答せず、威嚇射撃を実施しました。」


通常、潜水艦は他国の領海や排他的経済水域を航行する際には浮上航行の上で、国籍や軍籍を示す旗を掲揚することが求められる。これが潜水艦という艦種における、無害通航権行使の条件だ。


今回の事案で、セリトリム籍と断定された潜水艦はレンツ帝国が実効支配する海域を航行していた。


「威嚇射撃の後潜水艦は北に転針、フリト影響下のエルトラード領海に入ったところで追跡を振り切りました。その後、約2カ月間に渡ってユト洋から西ナマール海にかけて活動していたものと思われます。」


「それが何だというんだ?」


どうやら興味が湧いたようで、今まで黙って話を吟味していた大統領が投げかける。


「はい。8月20日の日本の環礁島で、日本側は潜水艦による魚雷攻撃で自国の軍艦を自沈しています。」


結論を待たずして、大統領が答えを問いかける。


「では何か。あの時の潜水艦はフリトではなく、セリトリムのものであったと、君はそう言いたいのか?」


「断言はできません。しかしセリトリムの潜水艦が、同時期にユト大陸からアドレヌ大陸にかけての海域で活動していたのは事実であります。」


もしそれが本当であれば、一大事だ。


今までセリトリム聖悠連合皇国は孤立主義を貫くだろうという考えで行動してきたのだ。それがもし、ペンゴやフリトの肩を持っていたとしたら、方針を大きく修正する必要がある。


「確かに、それなら我々が日本相手にここまでの痛手を被った理由にも納得が行く、」


ロムアを襲った高速戦闘機、高性能のロケット弾、回転翼機、潜水艦、、、


大統領が思案にふけると、さっきは総参謀長を追従した陸軍諜報部局長が、海軍参謀長の発言に続いた。どうやら総参謀長の味方というわけではなかったようだ。


「以前の報告書にも記載していますが、今年五月にロブロセンの反王国体制派が実効支配する西部地域の港で、ペンゴ海軍のビリー級巡洋艦、フリトのルポルス級軽巡洋艦に、後に確認される日本の駆逐艦級の艦艇が確認されています。またこの数日前から、ウルーセル共和国北部の港に、セリトリムの輸送艦が停泊していました。」


ウルーセル王立共和政と言えば、セリトリム聖悠連合皇国が独立させた同国の旧植民地だ。


そしてこの時、総参謀長の脳内ではある出来事が陸軍諜報部局長の発言と結びついていた。


今年5月22日、現地時間の23日である。


反王国体制派が実効支配するロブロセン王国の南部、ユト大陸の中部に位置する砂漠で、一発の巨大な爆発があったことが、前線で確認されていた。


恐らく新兵器の実験か何かだろうと考えられていた。


二週間後、進駐していたレンツ帝国が戦線を押し上げ西進していた時、その爆心地と思われる地点で巨大なクレーターが発見された。


それはなんと深さ10メートル、直径は30メートルにもなる巨大なクレーターであったと報告されている。


「とにかく、まず考えるのはロムアです。」


軍事大臣官房の軌道修正に続いたのは海軍参謀長だった。


「東進航路が使えない以上、ナマール海から行くしかありません。ユトへの西進航路も失えば、とうとう東方における影響力を完全に失うことになります。」


ロムアをフリトに占領され、ユト洋やその周辺における制海権を失うのも時間の問題だ。


であれば、ナマール海を通るルートの死守に回ることが先決だ。そもそも、東進航路はペント・ゴール帝国、フリト帝政国の勢力圏の真横を通ってユトに向かう海路だった。


この情勢では、たとえロムアが攻撃されていなくとも、この選択を採ることは時間の問題だっただろう。


「対日戦争の勝利条件を変える必要もあるだろうな、‐‐‐」


大統領はつぶやく、


「‐‐‐正直、たかがフリトの属国にここまでの国力と列強国からの支援があるとは考えていなかった。今一度考え直す必要があるだろう」


当初は、フリトの影響力低下を狙う側面が強かった。


まだ開戦後の両軍による会戦は、ロムアの一度だけであるが、初手でここまでの痛手を負わされるとは、とても想定できたことではない。


これまでの状況から、日本はアドレヌ大陸の東に位置する群島国家であると予想されている。であれば海軍国家のはずだ。


「ヨルドから発って、アドレヌ大陸の南東から北進し、島嶼部を占領しつつ制海権を奪取していけば、講和に持ち込めるでしょう。」


会議の結果、第一の目標を「日本の環礁に座礁した巡洋艦ベリモーの回収」と位置づけ、ナマール海における対日戦争の新たな方針が示された。


海軍国家であろうとも、名の無い国の海上軍事機構に、準備を整えた列強海軍が敗れるはずは無い。


この時はまだ、誰もそれを疑うことはなかった。

お久しぶりです、[虎石_こせき]です。


前回を投稿してから気づいたのですが、皆さん、10月4日は何の日ですかー???

そうです、2年前のこの日、本編初回投稿日です!

なんと本編投稿開始から2年を過ぎて、3年目に入りました!!!


よくここまで続けたなぁ~と、自分でも驚きです(笑)


そして、ブックマーク件数を見てください!!!【 500件 】!!!

マジスカ‼


ありがとうございます、本当に!!!!!!

これからも完結までかき続けます!


ー次話、ep.89の投稿は2024/10/23/00:00を予定

ーX(旧:Twitter)@koseki_2019

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