表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/107

第七話・フリトの策謀−3


【新生暦1947年 5月12日 深夜−−−フリト帝政国エルトラード皇国占領地 シャロ県テンキル沖約2km地点 海上】


「あれが日本の艦ですか」


「うむ。暗くてよく見えんが、かなりの大きさだ」


主砲照準にテンキルの港町を捉えたまま、今もその沖合に錨を下ろす巨艦から、視線を通した双眼鏡を窓の外へと向ける。


全てを吸い込んでしまいそうな漆黒の海には、ポツンと巨大な影が浮かんでいた。自分たちと同じように灯火管制が発令されているのだろう。光は一切見ることができない。


フリト帝政国海軍第2艦隊隷下、第3戦隊所属の最新鋭戦艦、シム級噴進弾搭載戦艦2番艦シム・カフォールの艦長は、たった今やってきた日本国の軍艦をまじまじと見つめていた。


「形状からして空母ですね、列強海軍並みです。」


列強海軍とは、世界に複数存在する列強国を中心として、特に海軍力を重視する国家の海軍並びにそれに類する軍事組織を指す言葉だ。これと類似する列強陸軍という言葉も存在する。


この列強海軍に語られる軍事組織の帰属国家は、必ずしも列強国というわけではない。現在列強海軍と呼ばれているのはセリトリム聖悠連合皇国の皇命海軍、レンツ帝国の帝国海軍、そしてルジェニスタ共和国のルジェニスタ国防軍海軍だ。


「250、くらいはあるんでしょうか?」


シム・カフォールの船務長はつぶやく。この暗い中、正確な距離を把握していないにも関わらず、目算で近い数字を出すのはやはり経験からくる持ち前の優秀な感覚だろう。


ちなみに艦として正確な距離を把握できていないわけではなく、電波探信儀の運用をはじめとした電子戦を所管する電機室に、わざわざ報告を催促していないというだけのことだ。


「日本国の艦艇、我が艦より1マイル先で停船しました。」


すると艦長は艦長席から腰を上げ、艦橋の上にある観測指揮所へと向かった。そこには据え置きで大型の暗視装置がある。


すでに個人携帯用のものは開発されているのだが、いかんせん経済難に重なっての対エルトラード皇国戦だ。加えてフリト帝政国の軍隊は列強陸軍だ。海軍に割く余裕は限られている。


「艦艇番号と形状を記録しておけ」


観測指揮所で仕事をしていた下士官にそう言うと、はいと返事が返ってきた。しかし、


「見えますか?」


「見えんな、、、」


自分で見えないのであれば下士官も確認することはできないだろう。船務長の問いに、捻り出すような声でつぶやきながらも、艦首付近を睨み続ける。


いかに最新鋭の暗視装置といえど、これほど離れた船の小さな数字を見ることは至難だ。


すると船務長が肩を叩き、日本海軍の軍艦とは違う方を指さした。船務長がいう方向に暗視装置を向けると、帝政国海軍の軍艦が目に入った。


実際にその軍艦を知っているわけではないが、兵器のデザインとは国毎に多少異なるのだ。特に軍艦や戦車をはじめ、航空機など、大きなものであればその違い、設計の癖はより顕著であり、みたことがなくても雰囲気だけで帰属国家を判断することができる。


「あれはうちの新型輸送船ですね、確かフォーリア級というのだとか、」


おそらくあの一隻のフォーリア級輸送船に、軍務省の高官と外務省職員、各国の外交官付駐在武官らが乗っているのだろう。

__________


【新生暦1947年 5月13日 未明−−−フリト帝政国エルトラード皇国占領地 シャロ県テンキル モンズコット城2階 応接間】


スケジュールに若干の遅れが生じたものの、各国外交館付駐在武官と、各国外交官たちはテンキル占領軍司令部のモンズコット城へとたどり着いた。


ちなみに、今回外交官や外交館付駐在武官が招かれた3カ国のうちの1ヶ国、ペント・ゴール帝国からは、ここモンズコット城に派遣された者とは別に、もう1人が約1km離れた観測所へ直接赴いており、計2名が派遣されていた。


「あれは、ペンゴ陸軍ですかね。それと民主国陸軍、そしてセント人民共和国の人民陸軍の軍服です。」


帝政国陸軍の軍服に身を包んだ男がそう耳打ちしている相手は、テンキル占領軍の軍団長、ギュンター・U・ルクセンブルクだ。ペント・ゴール帝国は名前が少々長いため、自他共にペンゴと略すことが多い。


他にもマカルメニア民主国、そしてセント人民共和国からの派遣も見受けられる。二ヶ国ともガランティルス大陸に本国を置き、決して列強国としての器は無いが比較的影響力のある国だ。


「して、日本国の者はいないのか?」


急造故、申し訳程度に装飾された部屋に視線をやる。


「あのスーツ姿の男では?」


「日本の軍官はいないのか、なんとも残念だ。より理解の及ぶ本職の者に、我々の圧倒的な力を見せつけたかったのだがな」


そんなことを話していると、帝政国外務省の職員が声を発する。


「ではみなさま、準備が整いましたので部屋までご案内致します。」


声に反応して、視線をそちらに向けて見れば、フリト帝政国外務省の職員が3名ほど並んでいた。発声したのは真ん中の1人だったようだ。


客人が外務省職員に案内され、その全員が部屋を出たことを確認した後、自分も扉を潜り廊下に出た時だった。


「ギュンター軍団長ですね?」


どうやら部屋の前に張り込んでいたらしい。軍服は帝政国陸軍のものではない。あの鼻につく軍務省直轄軍の第一種共通着装服だ。


軍務省直轄軍の制服は、任務時に現場で身に付ける軍服、要するに戦闘服であるが、正式名称を作業着装服と呼ぶこの軍服以外は全て統一されている。この第一種共通着装服とは、迷彩柄の作業着装服とは違い、その言葉を聞いて最初にイメージする通りの制服である。


黒を基調とした金や赤のアクセントが目立つ気品ある制服に身を包み、黒いネクタイを締める彼の制帽には憲兵を示す印と共に、襟の部分には中佐を示す階級章があった。


重ねて胸の部隊章は、エリートと呼ばれる憲兵隊の中でも、特に実力のあるものが集まる精鋭の中の精鋭、情報本部の所属を示す物であった。


「なんの用だね?」


そう問うと、男はあるファイルを手渡す。軍務省の印章のプリントと共に、下部には軍務省参謀本部と陸軍局参謀本部のスタンプが並んで押してあった。


「陸軍局参謀本部連名の、軍務省参謀本部からの直接令です。」


当てつけかのように荒い手つきでそのファイルを受け取り開くと、軍務省憲兵隊情報本部の少佐を睨みつけ、そのまま流れるように視線を中の書類へと移す。


「んなっ!、どういうことだこれは?!」


「書いてある通りです。では私も観てこいと言われていますので、」


そう言って軍務省憲兵隊情報本部の少佐は、招かれた各国の外交官と外交館付駐在武官がいる部屋へと向かう。


彼の足音だけが響く廊下でただ立ち尽くし、徐々に書類を握る手は震え、力も入る。彼の怒りがぶつけられた厚紙のファイルと中の書類は、最初の折り目一つない綺麗な状態からは一変していた。


「軍務省っ!!!」


押し殺された震え声での濁声が小さく響く。

__________


【新生暦1947年 5月13日 未明−−−フリト帝政国エルトラード皇国占領地 シャロ県テンキル モンズコット城2階 大部屋】


「改めて、在フリト帝政国日本国大使の森本です。本日はこのような危険な場に来てくださったこと、感謝いたします。」


「なに、希望したのは我々ですよミスターモリモト。要望に応えてくださり、こちらこそ感謝しています。して、そちらが?」


物置と成り果てていたこの大部屋は、テンキル占領軍が占領後に荷物を全て運び出し、参謀会議準備室として使用されていた。


そして今は、U字に並べられた長机に、各国の外交官とその国の外交館付駐在武官、そしてフリト帝政国軍務省や外務省の職員らが座っている。


彼ら一人一人の前には、飲料水やフリト外務省側が厚意で用意した少量の菓子などと共に、日本国より運び込まれたポータブルモニターが2台づつ置かれていた。


「彼が、今回我が国より派遣された軍部隊の者です。」


「よろしくお願い致します。すでに森本外交官からも伝えられているとは思いますが改めて。失礼ながら今回我々は、機密保持の観点から本名を名乗ることや素顔を見せることができないことを、どうかご了承ください。私のことは、サトウと呼んでいただければ幸いです。−−−」


そういった彼は、中央特殊作戦軍の作業服装、国防陸軍のそれよりも少しだけ黒っぽく、灰色が混ざった迷彩服に身を包み、顔は目出し帽で隠されていた。


「−−−それではまず帝政国軍の方からの説明をお願い致します。」


「代わりました。帝政国軍務省直轄軍A−777歩兵師団、司令部の参謀次長を務めます、ロベルト・H・ラトケです。早速、日本国が攻撃を加える地点についてご説明致します。」


ラトケA−777歩兵師団司令部参謀次長は、まずテンキル近郊の戦況についての解説を始めた。


ここ、エルトラード皇国の港町テンキルから首都タキスッフまでは約130kmほど離れており、その間にはエルトラード皇国陸軍の兵站拠点となっているコッピージュ航空基地があるそうだ。


現在このコッピージュ航空基地と港町テンキルとの間には、エルトラード皇国陸軍が大規模な戦線を置き、塹壕戦の準備を進めているそうだ。フリト帝政国はこれをテンキル戦線と呼んでいる。


「我がテンキル占領軍は元々、テンキルではなくここから北のメンドリッジ工業地帯を制圧する考えでした。−−−」


テンキルの街から北に数十キロ進むと、エルトラード皇国で最大の規模を誇る一大工業地帯、メンドリッジ工業地帯が存在する。


本来テンキル占領軍は、テンキルではなくそのメンドリッジ工業地帯を制圧するつもりだったのだ。そうすれば、現在相対していることで膠着しているテンキル戦線にぶつからずに、目の前のコッピージュ航空基地を簡単に攻撃することができた。


ではなぜそれをしなかったのか。しなかったのではなくできなかったのだ。エルトラード皇国の立場になって国防戦略を考えれば簡単な話だ。


メンドリッジ工業地帯はエルトラード皇国の経済的中枢である。ここを落とされればエルトラード皇国の経済機能は6割が損失すると言っても過言ではない。


そのためメンドリッジ工業地帯の防衛は最重要事項である。そして、このメンドリッジ工業地帯の東にわずか進むと、あのコスロ地域が存在するのだ。


長年をかけて築いた大規模な防衛陣は、フリト帝政国陸軍でも突破するのは容易なことではない。フリト帝政国も長期戦ができるような経済状況でもなかったのだ。


そのため、フリト帝政国はコスロ地域を奪取したあと直進せずに、すなわち西進せずに南進したのだ。


ではテンキルを陥されたエルトラード皇国は南部からの侵攻に対して対策をとっていなかったのか?否、対策はしていた。それがテンキルが被害を被り、最悪の場合には放棄することを前提としたものだっただけの話しだ。


今回のフリト帝政国陸軍西部軍の動きは、コスロ地域奪還後大きく迂回して南部から攻めるものであった。これは想定外であったが、南部からの攻撃は当初から想定していたテンキルを始めとする南部海岸からの着上陸作戦と大差は無い。


では想定していた南部海岸からの着上陸作戦を受けた際、どう対処するつもりだったのか、ここで登場するのが現在フリト帝政国が直面している、テンキル戦線とそれを支援するコーピッジュ航空基地というわけだ。


「−−−しかし、メンドリッジ工業地帯は人口も多く、いくら敵国であろうと民間人への無差別攻撃はできるだけ避けるべきとの人道的意見が、我が国では軍内外で主流でした。そのため、比較的人口の少ないここ、テンキルを攻撃することとなったのです。−−−」


戦争の長期化をなんとしてでも避けたいというフリト帝政国経済の現状と、軍務省陸軍局の誤算を隠しつつ、軍務省参謀本部の威厳を保ち且つ対外的なパフォーマンスも兼ね備えた、少々苦しいかもしれないが最善の手だとして考えられた言い訳だ。


「−−−そんな中、日本国が先日の会談を提案してくださったのです。」


先日の会談とは何か、それは戦争の早期終結を目的に、日本国が敵軍事関連施設のみを精密攻撃すると言うことであった。無論これは日本国発案では無いが、


この会談は全3回ほど行われており、一度めは日本国とフリト帝政国のみで行われた。そして2度目と3度目が、日本国とフリト帝政国に加えて、ここにいるマカルメニア民主国及び、セント人民共和国の4カ国で行われたものだ。


前述の通り表面上では、人道的観点から戦争の早期終結という崇高な目的のために日本国が名乗りを上げて精密攻撃を行うというものであった。


しかし本当は、軍務省陸軍局の誤算による戦線の膠着に伴う戦争の長期間が危惧される現状では、日本国に対する食糧を中心とした経済的支援の滞りが懸念されると言う状況へと陥った。


フリト帝政国はこの危機を利用し、婉曲な脅しによって日本国に対して参戦を余儀なくするよう外交を行ったのだ。結果、日本国からもいくつかの条件が提示され、譲歩に譲歩を重ねた結果、今回の日本国による2地点への同時精密攻撃が決まったというわけだ。


その後もラトケA−777歩兵師団司令部参謀次長の説明は続き、ついに予定の時刻に迫る。


「−−−ではサトウさん、お返し致します。」


「ありがとうございました。ではそろそろ予定の時刻となります。現在みなさまの目の前に置かれている2台のモニターにはそれぞれ、右がここより1km地点に置かれている観測所の映像。そして左が、各攻撃目標を移した中継映像です。」


ちなみにその画面は部屋の前、サトウの後に置かれた大型のモニターにも同じものが映し出されている。


「今回我が国より派遣された部隊は、主に噴進弾を用いた攻撃を行う部隊です。しかし今回我々は噴進弾の発射は行いません。」


一同から困惑と取れる感情が滲み出る。では一体どう攻撃するというのか、その答えはサトウがすぐに応えてくれた。


「噴進弾を発射するのは、遥か遠くの洋上に控える我が国の軍艦です。今回我々は、その噴進弾を引き継ぎ、誘導します。」


事前に聞いていたとはいえ、一体どうすればそんなことができるというのか。やはり理解に苦しんでいるようだ。実際に質問が飛んでくる場面もあったが、答えはどれも変わらない。


「申し訳ありませんが、お答えすることはできません。」


その後も説明は続き、ついに時計は予定の時刻を指す。αと名付けられたコーピッジュ航空基地及び、βと名付けられたキールローブス海軍基地への攻撃が始まろうとしていた。


「みなさま、たった今我が国の軍艦から、7発の噴進弾が発射されました。」

お久しぶりです、[虎石_こせき]です。


フリト帝政国恐るべしです。日本国もかなり翻弄されたようですが、はてこの脅しに対して提示した条件とはなんなのでしょうか?同ジャンルの他作品と比較してかなり遅かったですが、ついに国防軍の火器に火が点ります。と言ったもの、そういえば既にプロローグで戦闘シーンを描いていましたね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] (敵地奥深くって訳でもなさそうな)テンキルから首都まで130km、工業地帯まで数十kmってめっちゃ近いですね?!皇国の継戦能力やばない?!と思っちゃいました。 皇国の重要地域は国境(しかも係…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ