第七十六話 結婚式
セイたちがアイナとの話し合いのために王城に侵入してから一週間が経った。
大聖堂では、現在慌ただしく結婚式の準備が行われていた。今日はアイナとディンレイの結婚式当日、朝から王都にいる貴族が次々に集まってくる。
その中にはティファと『勇者』ということで招待されたリーゼもいた。
「ずいぶん浮かれてるみたいだけど状況分かってるのかしら」
ティファは周りで様々な思惑を隠しながら会話しあう貴族たちを見てそう言った。
「たぶん皆さん知らされてないんだと思いますよ」
「知ってるわ」
リーゼの言う通りこの結婚に魔王軍がかかわっているとは王族であろうと誰も知らない。これは王族への配慮であり、もし国王が知っていると分かれば対抗勢力からいくら魔王軍がかかわっているのだとしても娘を利用するなど非道だ!などとあることないこと吹聴されてしまうだろう。
ティファはあれからだんだんと元気を取り戻していき現在は平常運転だ。
そんな彼女だが周りの貴族たちは正装で来ている(リーゼは制服)のだがティファだけは普段着だった。
「本当にその格好で参加するつもりですか」
「別に構わないでしょ。どうせぶち壊すんだし」
「そういう問題じゃなくて、田舎育ちの私でも冠婚葬祭で正装をすることくらい知ってますよ」
「あのね、そんなこと私も知ってるわよ」
ティファが呆れたようにそう言った。
「じゃあなんで着ないんですか」
「私は大公だから」
「は?」
リーゼは思わず声に出てしまった。
何を言っているのか意味が分からない。大公だからなんだというのだ。そういう思考がリーゼの頭を巡る。
「は、じゃないわよ。私はね、本当は参加しなくてもよかったのよ。というよりいつもならこんな結婚式なんかに参加しないわ」
非常識なことをさも当然のことのように言うティファに呆気に取られてしまう。
「だけど魔王軍が出てくるいじょう参加せざるを得ないから私はここに居る。けど、どう?私がここに正装で来てそれを見た何も知らない貴族たちはどう思うかしら」
「珍しいなくらいじゃないんですか」
「それだけなら正装で来てるわよ」
リーゼの考えは一般人の考え方だった。しかし貴族は違う。
「いい、貴族はね。自分の家の利益になりそうな事なら何でもするのよ。あなたたちが思い描くような良心的な貴族はね片手で数えるくらいしかいないわ。皆ね腹のうちに何か隠しながら生活してるのよ。そんな奴らが正装を着て行事に参加する私を見てみなさい。あいつら血相変えて私に媚びてくるわよ」
貴族社会とはとても面倒なものだ。特に切れ者の貴族ほど質の悪いものはいない。いつの間にかその貴族が自分よりも上の地位にいるなどよくある話だ。そんな中、政治などに口出ししてこないティファが正装できたのなら、それは政治に意欲的であると捉える者たちがでてくるだろう。それを分かっているからティファは正装ではないのだ。
実際はただ単に貴族とかかわるのが面倒なだけだったりする。
それを知らないリーゼはティファを改めて尊敬することになる。
「そろそろ式が始まります。お集りの方々は速やかに大聖堂へとお入りください」
大聖堂から神父が出てきてそう言った。準備が終わったのだろう。
「終わったみたいね。ほら早く行くわよリーゼ」
「?私は平民だから最後に入るんじゃないんですか」
リーゼがそう言うとティファは呆れてため息を吐いた。ティファがリーゼと一緒に入ろうとした理由を説明しようと思った時リーゼの後ろからドレス姿で近づいてくる女性がいた。
「あなたは勇者だからティファ様と同等に扱われるのよ」
リーゼが後ろを振り返るとそこには見覚えのある人物がいた。
「レイラさん」
「久しぶりね。リーゼ、ティファ様もお久しぶりです」
現れたのはアイナの姉であるレイラだった。
「あなた確か今レインティーラにいたはずよね。戻ってきてたのね」
「はい、妹の結婚式ですから、それにアイナが結婚するのは私のせいでもありますし……」
レイラはアイナに少し後ろめたい気持ちがあった。
本来ならレイラが第一王女のため結婚するにしてもレイラ、アイナという順番だったのだがレイラは政治家としてのその才能を開花させ現在は外交官として各国におもむいている。そのためベイルダル王国の外交でなくてはならない存在となり不用意に誰かと結婚させることができなくなってしまったのだ。
今回アイナに白羽の矢が立ったのはレイラのせいとも言えなくはないのだ。
「その点については心配することはないわよ」
「?…………その言葉聞かなかったことにしますね」
レイラは首をかしげていたが瞬時にその言葉に隠された意図に気づき笑みを浮かべた。
「そうしてちょうだい。それじゃあさっさと行くわよ」
三人は大聖堂の中へと入った。
しばらく待っていると神父が祭壇の前へと立った。
「ただいまよりベイルダル王国第二王女アイナ様とプロスティア帝国第二皇子ディンレイ様の結婚式を執り行いたいと思います」
司会の合図により新郎であるディンレイが白いタキシードに身を包み祭壇の前へとやってきた。その後ろにはこの場にふさわしくないフードを被った護衛と思われし人物もついてきていた。
「あいつは……」
「どうかしましたか」
ティファがフードの人物を怪訝そうに見ていた。
「……いえ、何でもないわ」
「そうですか?」
フードの人物は壁際に控えている。
「さて新婦入場、皆さん拍手でお迎えください」
大聖堂の大扉が開きそこから綺麗なウエディングドレスに身を包んだアイナがゆっくりと中へと歩いてきた。その姿は誰もが見ほれる者で会場にいる貴族たちの視線が釘付けになる。
「おお……」
新郎であるディンレイも呆けた声を漏らした。
しかしリーゼだけはアイナの表情にしか目がいってなかった。アイナの表情は本来の笑みではなく作られた笑みだった。
今すぐこの結婚を止めたい気持ちでいっぱいだったがぐっとこらえ時が来るまで我慢する。
その後着々と式は進んでいき誓いの言葉まできてしまった。
神父が宣言する。
(結局何も変わらなかった)
アイナは心の中で少し落胆していた。
「誓います」
ディンレイが宣言に誓った。
(何を落ち込んでいるの?こうなることは予想してたでしょ)
自分にそう言い聞かせる。
(そっか、セイさんの言った通りだったんだ)
あの日の夜セイに言われた言葉を思い出していた。
『君はまだ希望を持っている』
(私は、あの物語の魔法使いの少年みたいに私のことを救ってくれるって信じてたんだ)
だがもうそれは叶わない
希望はもう潰えた。
誰も助けてくれない。誰も救ってはくれない。
「新婦、どうされましたか」
(私の番だった)
感傷にふけていて聞いていなかった。
(本当の私はもう死ぬんだ。これからは王女としての仮面が本当の私になるのかもね)
アイナは自嘲気味にそんな事を思いながら誓おうとした時大扉がゆっくりと開かれた。
「その結婚少し待ってもらうよ」
その優しい声と共に現れたのはローブ姿の黒髪の魔法使い、セイだった。




