第七十話 コンプレックス
リーゼとフェンティーネが学院へ行く前、朝早い時間いつもなら起きていないティファが起きていた。しかし目が半開きでとても眠そうだ。
キッチンでは水の沸騰する音や、食材を刻む音が聞こえてくる。
「ふぁ~………」
今にも眠ってしまいそうなくらい、うとうとしている。
「顔を洗ってきなよ」
「………」
返事が無い。それどころかティファの目が閉じかけていた。それを見たセイは仕方なく朝食が出来上がるまでの間寝させてあげることにした。
朝食が出来上がりリビングへと運ぶとセイの目にソファですやすやと眠るティファの姿をとらえた。
「はぁ、だからこんな朝早く起きない方がいいって言ったのに、ほら起きて『魔王軍』の調査をするんだろう」
「う~ん、まだ寝るの……」
一度重い瞼を薄く開けるとまた閉じた。
何故こんな朝早い時間から二人が起きているのかというと、昨日セイが、ティファに魔王軍の調査をすると伝えると「私もついていくわ。どうせ時間がかかるでしょ。一日で終わらせるために早朝から調査しましょう」と言ったのだ。セイは無理だと伝えたのだがティファが譲らなかったため渋々承知した。
ティファは早い時間なら他の二人に気づかれずにセイと二人きりになることができると考えたのだ。
そして今にいたるというわけだ。
セイの予想通りティファは眠気に襲われていた。
「ほら寝ないで、ご飯できたよ」
「あと、あとちょっとだけ~」
まるで駄々をこねる子供のようにソファにあるクッションへと顔を沈めた。完全に起きる気が無い。
ここまでされたならセイも最終手段に出るしかない。
「はぁ、起きないなら強制的に起こすからね。五、四、三」
「……」
カウントダウンが始まった。しかしいっこうに起きる気配が無い。
「二、一、はぁ」
セイは仕方なしに魔法を発動させた。
風を起こしティファを強制的にソファからどかせると幸せそうな寝顔へと水を少量ぶっかけた。
「⁉ぶ」
「どうだい?目は覚めたかな」
「……あんたね~」
ティファは美しい銀色の髪に水をしたらせながら恨みがましくセイを睨んだ。しかし、そんな視線をセイは軽く受け流す。
「警告はしたじゃないか。それにカウントまでしたんだよ」
「こんな時間に気持ちよく寝てる人を無理やり起こすなんて信じられない」
「いや、君が早く行こうっていうからこの時間に起きたんだろ」
「うぐ……」
セイから至極当然なことを言われて反論できなくなる。
「ほら、早く食べるよ」
「ねえ」
「どうかした」
「どうかしたじゃないでしょ!人の髪濡らしといて放置するとかどんな神経してるわけ!」
ティファの髪からは今も水が滴っていた
「あ」
「あ、じゃない!」
「ごめんごめん、ほら」
ティファの髪に心地よい風が吹き髪を乾かし始め、後ろからセイが櫛を使い髪を綺麗に整える。
「はぁ、朝から疲れたわ。紅茶も貰えるかしら」
「九割がたは君のせいだろ。はい」
セイが紅茶を淹れたティーカップをティファへと渡す。
その時フェンティーネの部屋の扉が開いた。
「ふぁ~、朝から騒がしいな」
パジャマ姿のフェンティーネが目をこすりながら部屋から出てきた。
「だから言ったじゃないか」
「私のせいじゃないわ」
ティファは毅然としていた。
「そこ堂々とするところじゃないからね。ティーネ、目覚めの紅茶はいるかい」
「いただきます」
フェンティーネは、眠そうにしながらもソファへと座った。
「はい、ごめんね。起こしちゃって」
「いえ、気にしないでください。全部悪いのはティファなので」
「なんでよ。というか、なんで部屋から聞こえてるのよ」
この家では各部屋に防音になっている。それなのに騒がしいはおかしい。しかしそんなことフェンティーネには通じなかった。吸血少女はきょとんとすると
「え?だって魔力がうるさかったじゃん」
「そうだったわ、ティーネもこっち側の人だった……」
ティファはどこか呆れ交じりの自嘲を浮かべた。
音は防げても魔力までは防げない。そのため魔力感知能力に秀でたフェンティーネは感情による魔力の揺らぎすらも感じ取ることができてしまうのだ。
「それよりこんなに朝早くから何してるんですか」
「ちょっと今から、魔王軍の調査に行こうと思ってね」
「なら、私も連れてってください」
いつもならここで許可を出すのだが今日ばかりはそうはいかない。
ティファが勝ち誇ったように笑った。セイと出かけようとすればこうなることは予想していた。そのため用意していた切り札を取り出す。
「ティーネは今日から学院で働いてくれるんでしょ」
「く」
流石に仕事となればフェンティーネもほったらかすことができない。吸血少女はとても悔しそうに紅茶を飲みほすとティファのことを睨んだ。負けじとエルフの少女もにらみ返す。二人の間に危険な静寂が流れ始める。
「二人ともここでの喧嘩はダメだよ」
「命拾いしたわね」
「そっちがね」
二人はそっぽを向きあうとセイが焼いておいたパンを同じようにほおばった。こうしていると仲良く見えるのだが本人たちは決して認めようとはしない。
「ふぅ、美味しかったわ」
ティファは朝食を食べ終え満足そうに紅茶を飲んでいる。
「ティファは気楽でいいよね。あ、師匠手伝いますよ」
吸血少女は、毒を吐きながら洗い物の手伝いをする。
「ティーネはえらいね」
「はい、私ももう子供じゃありませんので」
「体は小さいけどね」
ぼそりとティファはそんなことを呟いた。
直後、フェンティーネの表情が無くなり持っていたお皿にひびがはいる。
(ああ~言っちゃった)
こればかりはセイでさえ擁護できない。
「ふふ、すいません、師匠、ちょっと外に出てきていいですか」
「うん、いいよ」
フェンティーネは瞳から光を無くしながら微笑を浮かべるとティファへと近づいた。
「ちょっと来て」
「あ……」
ティファも目の前の少女の微笑を見て自分が何を言ってしまったのか分かった。フェンティーネにとってのコンプレックス、つまり身長の事だ。
じりじりと怖い微笑が近づいてくる。
「お、落ち着きなさい、あれは、比喩で、えっと……そう、手が小さいよ、手、だから身長の事なんて微塵も」
何とかごまかそうとするも、もはや逃げることはできないと悟った。
「ふふ」
「セイ!」
ばっとセイの方を見て助けを求めるが、セイから返ってくるのは苦笑いのみ
希望は潰えた。
「さ、行こうか」
「ど、どこに連れてく気、私たち今から調査しに行くんだけど、ね、聞いてるの⁉」
「—テレポート」
「ちょ⁉」
セイですら聞き取ることができないほどの高速詠唱によりティファはフェンティーネと共にどこかへと消えて行ってしまった。
「すごい速さだったな」
セイは、現実逃避するためか弟子の成長を感じながら洗い物を済ませていくのだった。




