第六十九話 顔合わせ
アイナ視点です
私はリーゼをあの広場へ置いて王城へと戻ってきた。
私は何がしたかったんだろう?リーゼに共感してほしかった?もしくは婚約に反対してほしかったの?考えても分からない。本当の自分はとうにこの世界にどうでもいいと思ってしまってるのだから。
「おかえりなさいませ」
「ただいま」
持っていたカバンをメイドへと渡すと、自室へと足を進める。
「本日は婚約者であらせられるディンレイ様がいらっしゃいますが、お召し物はいかがいたしましょう」
どうでもいい。何を着たってどうせ何も変わらないのだから
「なんでもいいわ」
「それではこちらで選ばせていただきますね」
「好きにして」
「かしこまりました」
部屋に着き、メイドは仕事へと戻っていった。
「はぁ、だめね」
私はふかふかのベッドへと体を落とした。
顔合わせなんて、適当に済ませればいいのに。どうせ最後には結婚するのだから。
おもむろに立ち上がると部屋にある本棚の前へと来た。そこにはびっしりと小難しい本が並べられている。しかし、その中に一冊だけ異質な本が収まっていた。
あの絵本だ。
私はその絵本を取ると表紙をめくった。何度も読んだせいか絵本の左端が劣化していた。
「結局、私の前には現れなかった」
絵本に出てくるような魔法使いの少年は、私の前には現れなかった。リーゼは本当の私の友人、だけどそれ以上でもそれ以下でもない。魔法使いの少年のように私を救い出してくれるとは思っていない。ちょっと違う、期待していたがもう時間が無くなっただけ
「アイナ様、そろそろ支度を」
私は外を見た。するとどうだろうがあんなに明るかったのにもう外は夕暮れ時になっていた。
また気づかないうちに何度もこの絵本を読みふけっていたのかしら。
絵本を本棚へとしまう。
「分かったわ。今行く」
私は退屈な時間を過ごしに行く。
ドレスへと着替え、お父様の待つ部屋へと向かった。
ドレスって動きづらいのよね。はぁ、早く終わらないかしら
「お待たせしました。お父様」
「うむ、もうディンレイ殿は応接室に手待ってもらっておる。早速向かうぞ」
「はい、お父様」
お父様が立ち上がると私の方を見た。
「何かついていますか?」
「いや、そういうことではない……本当に良いのだな」
何をいまさら
「どういう意味か分かりません」
「そうか」
お父様が私のことを横目で悲しそうに見た。
どうしてそのような表情をされるのですか?これを決めたのはあなたでしょう。私はしょせん国のために使われるだけの王女という道具。さっさと終わらせよう
私たちはプロスティア帝国の皇子が待つ応接室へと向かった。
部屋に入るとそこには上等な服を着た細身で茶髪の男性が紅茶を飲みながらソファに座っていた。たぶんこういう人のことをカッコイイというのだけど私にはよく分からない。
ティーカップを置くと立ち上がった。
「待たせてすまなかったな、ディンレイ殿」
「いえいえ、そんなに待っていませんので気にせず、してそちらのお嬢さんが」
ディンレイは私に視線を向けた。その瞳に映るのは……
—————汚い
この人の場合、醜悪といった感じだろう。こんな奴の妻になるかと思うと少し寒気がする。予想はしてたけど仕方ない。私は道具だから。
私はドレスの裾を軽く持ち頭を下げた。
「初めましてディンレイ様、第二王女アイナ・フォン・ベイルダルです」
「あなたが僕の婚約者ですか。僕はディンレイ、よろしく」
私は顔を上げもう一度この男を見ようとするも後ろに控えていたフードを被った護衛へと視線を引き付けられた。
気づかなかった。ずっとその場所にいたはずなのに全く分からなかった。
「⁉」
なんて目をしてるの。こんなの知らない
フードの隙間から見える護衛の瞳に映るものが分からない。分からないけど、何故か寒気がした。汚いとかそういうのじゃない。もっと恐ろしくて何か別な……
「どうかしましたか?」
「い、いえ、何でもありません。そちらの方が少し気になってしまいまして」
私は少し動揺してしまった。
「へぇ、すごいね。彼に気が付くなんて」
「えっと」
どういう意味だろう。確かに気づかなかったけど少し良く見れば気づくはずだ。
「いや、すまないね。レネテロ」
「は、なんでしょうか」
レネテロと呼ばれた護衛はディンレイの横へと出た。今この男に映るのは汚い視線。やっぱり私の勘違いだったのか
「アイナさんが君のことを気になってたからね。自己紹介をしてたらどうかな」
「それはご命令で?」
この人本当に皇子の護衛?それにしては少し態度がおかしい気がする。
「うん」
「かしこまりました」
そう言うと護衛はフードを外した。
黒髪に褐色の肌、左目に戦いの時についたと思われる切り傷の痕がつけられていた。多分見えていない。あのくらいなら私の力で治すことができるはず
「レネテロ、皇子の護衛をしている」
それだけ言うとまた後ろに下がった。
「ごめんね。彼は少し不愛想なんだ」
「そうなんですか。あの差し出がましいかもしれませんがその左目の傷治して差し上げましょうか」
私の回復魔法ならあれくらいの傷治すことができる。そう思って言ったのだが
ぞわっとまたしても背筋が寒気に襲われた。
一瞬、ほんの一瞬だったが彼の右目がとてつもない怒気を孕んだ。私の脳内に警報が凄まじい勢いで鳴り響く。
初めて人……人?レネテロという男は本当に人なの?まぁそれはいいとして、初めて人をここまで怖いと感じた。学院の実習での襲撃でもここまでの恐怖は感じなかった。
私以外その目に気づいてないみたい
「いや、この傷は治さなくていい」
「そう、ですか。すいません」
「………」
彼は何も言わずにフードを被った。
私はまだ鳥肌が止まらなかった。そんな時、応接室の扉が開き、中に使用人の一人が入ってきた。お父様に何か伝えている。
「晩餐の準備ができたようだ。そろそろ移動してもよいかな」
「はい、大丈夫ですよ。この国の料理とても楽しみです」
「ああ、王都でも選りすぐりの料理人による料理だ。とても美味だぞ」
「それは、ますます楽しみですね」
お父様とディンレイは、偽物の笑みを浮かべあって談笑している。そんな光景に私は少し安堵した。いつもなら気持ち悪いと思うその光景が今ばかりは私を安心させる。あの瞳を向けられているよりは断然いい
「どうしたのだ」
「いえ、なんでもありません」
私は食堂へと向かうお父様たちの後についていく。
その後、滞りなく会食を済ませたのだが私の脳裏にはあの護衛の怖い目が焼き付いてしまった。




