第六十八話 偽りの自由
リーゼのクラスメイトたちは現在、教室にてぐったりとしていた。
「で、ここがこうなるでしょ」
フェンティーネは黒板へと文字を書いている。その時、鐘の音が学院内に響き渡った。
「あ、もう終わりだね。それじゃあ、ちゃんと復習しといてね」
フェンティーネはそれだけ言うと生徒達とは対照的に元気よく教室から出ていった。
「はぁ」
フェンティーネがいなくなった途端、教室中に疲弊しきった息が充満する。
「まさか、あんなに厳しいなんて」
「だめ体中が痛い」
「お前回復魔法かけてもらってただろ」
「あ~」
誰も動くことができない。
「ティーネ先生ってあんな容赦ないの」
「私に言われても…一回もティーネに練習付き合ってもらったことなかったから知らなかったよ」
アイナですら、疲れている。
何故こんなにもみんなが疲れているかというとそれはティーネの実技の授業にあった。
模擬戦を終えた後、それぞれで模擬戦をするかと思いきやティーネが笑顔で「とりあえず走ろっか」と言い、授業時間いっぱいまで走らされ続けた。しかもだ、後ろから魔法を放ちながら追いかけてくるというおまけつきで
基本的には攻撃魔法なのだが脱落しそうな生徒がいると「回復してあげる」と笑顔(そのとき誰もがフェンティーネを新種の魔物ではないかと思ってしまう)でいい、強制的に戻すという悪魔のごとき所業をしていた。そのせいで、肉体的な疲労は少ないものの精神的な疲労は多大なものになったのだ。
「よかったよ。ティーネに練習付き合ってもらわなくて」
リーゼはフェンティーネに家で練習に付き合ってもらおうと考えていたがティファとの練習よりかなり厳しいもので、気づかずに頼んでいたらと考えると恐ろしくて体が少し震える。
「はぁ、そろそろ帰らないとね」
「あ、そうだ。アイナこの後暇?」
「特に予定はないけどどうしたの」
「一緒にお昼行かない」
現在、家に帰っても誰もいない。セイとティファは何か調べものがあるらしくどこかへ行っており、フェンティーネは仕事がある。そのため外で食べるしかないのだ。
「いいわ」
「やった。なら早く行こう」
リーゼは、カバンへと教科書などを急いでしまうと立ち上がり教室から出ていった。
「そんなに早くお昼を食べたいのかしら」
リーゼが元気を取り戻した様子に少し呆れを覚える。
「何してるの、早く行こうよ」
「はぁ、今行くわ」
アイナも急いでカバンへ教科書を詰めリーゼを追いかけた。
二人が学院から出るといつもの大通りを歩いていた。
「それで、どこでお昼を食べるの」
「ちょっと気になってるところがあって」
アイナは、ウキウキしているリーゼの後についていく。
(この子は分かりやすいわね)
単純なリーゼに少しの呆れと輝きを見てしまう。
(この子みたいになれたなら……)
この気持ちはリーゼような普通の少女への憧れと嫉妬、そんなことがアイナの表情に薄く現れ始める。
「大丈夫?」
そんなことを考えているとリーゼの顔が目の前へと来ていた。
「ええ、大丈夫よ」
「そう?なんかちょっとおかしくない?」
「そんなことないわ。ほら早く行きましょう」
アイナがリーゼの背中を押し歩を進ませる。
(また話をそらした)
登校の時もそうだった。いつもならしないような表情をアイナはしていた。もしかしたらリーゼの勘違いかもしれないが二度目となると疑念は確信へと変わっていく。
だが今聞いたとしても答えてはくれないと悟り、今は放置することに決めた。
アイナに押されるがまま進むとリーゼのお目当ての店へと辿り着いた。
「ここだよ」
「海鮮料理?」
そこは王都では珍しい海鮮料理の店だった。ベイルダル王国は内陸部にあるため近くに海は存在しない。そのためもし海産物を手に入れようとするには東方に位置するナフト王国から輸入しなければならない。ナフト王国は海に面しており漁業が盛んに行われているのだ。
リーゼはあまり海鮮料理を食べたことが無かったので一度来てみたかったのだ。
閑話休題
二人は満足げに店から出た。
「はぁ、美味しかった」
「そうね。なかなかいけたわ」
「また来ようね」
「あ……ええ、そうね」
アイナはすぐに答えることができなかった。
(また来よう、ね)
アイナにはそのまたがあるのか定かではなかった。婚約が決まった今こんな風にリーゼと一緒にどこかへ行くということはできなくなるだろう。しかも相手はプロスティア帝国の皇族、自分がこの国からいなくなるのは確定していた。
またしてもアイナは少し憂いた表情をした。
「やっぱりおかしいよ」
リーゼの疑念が完全に確信へと変わった。
アイナは、またごまかそうとリーゼの方を見ると少し驚いた。リーゼの金色の双眸は真直ぐとアイナを見ていた。
「はぁ」
もはやごまかしが効かないと諦めたアイナは小さな溜息を吐くと表情を無くした。
「少し場所を変えましょう」
アイナの言われるがままリーゼはその後へと着いていった。
着いた先は人の少ない小さな広場だった。こんな場所王都にあったのかとリーゼは少し驚くがアイナは近くにあったベンチへと座ると空を見上げた。
「は~あ、やっぱりリーゼにはごまかせないわね」
リーゼも盛大にため息を吐くアイナの隣へと座った。
「実はね、私の婚約が決まったの」
「え⁉」
突然の告白に驚くリーゼ
「今夜ね、その婚約者と会うの」
「……」
そう告白したアイナの瞳は少し暗かった。まるで自分がそこに存在しないかの如く
「嫌なの?」
「さぁ、どうでもいいわ。どうせ私は王女なんだから、いつかはこういうときが来ると思っていたわ」
リーゼは気づいた。アイナは自由人であるように見えたが実際は違った。実際アイナは自由であって自由ではなかった。王女という束縛に縛られている。リーゼの前ではアイナというただの少女として自由にしていたことに
「だから少しだけ考えてたの。もうこんな風にすることなんてないんだろうなって」
そこに見えたのは悲しみ、自由な少女の悲しみだった。
しかしすぐに王女としての表情に戻る。まるで二つの人格があるのでは勘違いするほど完璧に使い分けていた。
リーゼはこれがアイナなのだと気づかされてしまった。
「ま、今日様子がおかしかったのはそういうことね。それじゃあ私は帰るから、また明日ねリーゼ」
「あ……」
それだけ言うとアイナは、王城の方へと戻っていってしまった。
リーゼは言葉が思いつかず引き留めることができなかった。
一人取り残されたリーゼにはアイナの浮かべた悲しみが脳裏に焼き付いていたのだった。




