第六十六話 権限崩壊
教室に現れたのはなんとフェンティーネだった。何も聞いていなかったリーゼは驚きのあまり固まってしまっている。
そんな中アレンがフェンティーネの前に跪いた。
何だろうと首をかしげるフェンティーネ。一部の生徒はこの後アレンが何をするのか予想できた。
「ティーネ先生、僕と結婚してください」
「無理」
速攻で撃沈した。
アレンはいつも通り崩れ落ちた。
生徒たちはいつもの事なので呆れたり、興味なさげにしてたりするが、一部の生徒からは殺気にも似た視線がアレンへと向けられている。
「ど、どうして、です」
アレンは精神的ダメージによりよろよろになりながら立ち上がる。
「ん~、私には好きな人がいるから無理」
「ぐほ⁉」
分かっていたことだが希望はなかった。殺気を向けていた生徒たちからざまぁという視線を浴びせられる。
アレンと同様に一部の男子生徒も机に伏してしまった。彼らもまた淡い期待を抱き撃沈したのだろう。
「は」
思考が停止していたリーゼがやっと我に返り状況を把握し始める。
「なんでティーネが先生やってるの!」
「あれ?言わなかったっけ、リーゼが家を出る前また後でって言ったでしょ」
「分かるわけないじゃん⁉」
フェンティーネのまた後でという言葉の意味はリーゼが帰ってきてから会おうね。ではなくまた学院でねという意味だった。
そんなこと分かるはずもないとリーゼは声を荒げ訴える。
(ん?私が出たんだったら、どうやって家からでたんだろう)
セイの家には結界が張り巡らされている。結界は登録している人間がいないと出入りすることができないはずなのだがフェンティーネは今この場にいる。
疑問に思ったリーゼは本人に聞くことにする。
「結界をどうや、むぐ⁉」
聞こうとした時、フェンティーネがリーゼの目の前へと転移してその口を人差し指で抑えた。
「それ以上は言っちゃだめだよ。師匠が生きてるって事は秘密にしないといけないから」
リーゼは小さくうなずいた。
今この場で結界の存在を知られてしまうとどんどん噂が広まりセイの存在が露見してしまう可能性が出てくる。それは避けなければならない。
リーゼの頷きを確認したフェンティーネは、リーゼから離れる。
「リーゼ、ここでは私のことをティーネ先生って呼ぶようにしてね」
それだけ言うと教卓へと戻っていった。
「それじゃあ、まず初めに私に質問のある子はいるかな?答えられる範囲の事なら答えるよ」
それを聞いた数人の生徒たちが手を挙げた。
「先生っておいくつなんですか。私たちと同い年に見えるんですけど」
「そういう質問かぁ」
女性に対してするような質問ではないが他の生徒たちも気になっていた。フェンティーネの見た目はリーゼたちと同い年と言っても全く違和感がないほど少し幼い。というよりフェンティーネの方が幼く見える。
そこは本人も気にしている所なので深くは言わないでおこう。
ダイヤランク冒険者『黒魔』と言ったら数十年もの間、数々の功績をあげてきた冒険者として有名だ。そんな人物がこんなに幼いのだ。気になっても仕方がない。
「答えてもいいけど広めないでよ。ティファよりもちょっと年下かな」
「ティーネ先生は、ティファ様とお知り合いなのですか」
「うん、そうだよ」
「どのようなご関係なんですか」
「え~、そこ気になる?」
フェンティーネが面倒くさそうに教卓に肘をついた。
聞いてきた女子生徒が頷いた。
「はぁ、ただの昔からの知り合いだよ。それ以上でもそれ以下でもない」
そんな愛想のない答えにリーゼは首を傾げた。
「え?だけど、いつもあんなに仲が、むぐ⁉」
「は~い、質問以外では口を閉じようね」
またしても隣に転移してきたフェンティーネによって理不尽にも口を塞がれてしまう。
「ぷは!何で口をふさいだの」
「リーゼは質問じゃないよね。はい、次の質問は」
強制的にリーゼのターンを終わらせる。
そこから生徒たちの他愛のない質問に答え、もう誰も手をあげていないことを確認した。
「他にないね。それじゃあ早速、授業を始めようか。えっと最初はこの国の歴史?」
話を聞いていなかったのか、フェンティーネはティファから渡されていた教科書をぱらぱらと眺め首をかしげていた。フェンティーネは自国の歴史なら多少は知っているがベイルダル王国の歴史となると、大規模に起きたこと以外は全く分からない。
「確か、ここのページからだったはず……ああ、これなら説明できるかも」
その歴史はフェンティーネにとっても覚えのあるものだった。というよりもそれを行った本人たちを知っていた。
「それじゃあ、教科書の32ページをを開いて」
生徒たちが一斉に教科書をめくり始める。
「それじゃあ質問だよ。300年前に行われた魔神大戦の時に部隊を率いていた隊長や、騎士団のトップはどんな人が行っていたでしょうか」
簡単な質問に真っ先に手を挙げたのはアレンだった。
「アレン君」
「はい、部隊の隊長や騎士団のトップは、貴族でした」
「そうだね。あの頃は基本的に身分の高い者たちが優遇されていた時代だったからね。どれだけ無能なやつでも貴族ってだけでそういう職業に着けたからね」
フェンティーネはどこか怒りを飲み込んだような表情でそう言った。
「まあ、それで動いたのがこの二人、魔王を倒した英雄『勇者』ライル・フォン・ベイルダルと師匠、じゃなかった『魔道王』セイがこの制度を壊したんだよ。これを『権限崩壊』っていうらしいね」
あの時の受けた衝撃は今でもフェンティーネの脳裏に焼き付いている。すべての国が身分によって部隊が決まっていた時代に、この二人が力と権力を使い強制的にこの制度を壊したのだ。
まだその頃、セイとは出会ってなかったが後からセイ本人にあの時のことを聞いたため教科書に書かれていないことも説明することができる。
「この制度を壊したことで『魔王』との戦いで戦死者が少なくなったんだよ。まあ、それはいいんだけど、やり方がねぇ……」
フェンティーネは少し苦い表情をした。
今でこそ、フェンティーネはセイのことをとても慕っているが、これをどうやって行ったか国の者に聞いた時、ベイルダル王国はなんて恐ろしい悪魔を迎い入れたのだと恐れた。
「この教科書には書かれてないけど、権限崩壊をやれば当然、今まで支配してた貴族は当然反発するはずでしょ。だけど特に何も起きなかった。なんでだと思う?」
フェンティーネの疑問は最もだ。今まで支配してきたものが突然崩されれば当然反発も起きる。
(ん~、やっぱり話し合いとか?)
リーゼの知るセイならば話し合いで穏便に済ませようとするだろう。
しかし、その予想は大きく外れることになる。
「やっぱり話し合いとかですか」
一人の男子生徒がそう答えた。名はグラン・ドーラン、ドーラン侯爵の嫡男で貴族としての責務を一番に考えている利発な茶髪の少年だ。
グランはリーゼと同じ考えだが、貴族らしいのか話し合いと言っても腹の探り合いを想像していた。
「ぷふ、そんなわけないじゃん。話し合いじゃ反発は抑えられないよ」
フェンティーネは吹き出し、嘲笑するように笑う。
「それじゃあ、どうやって抑えたんですか」
グランは馬鹿にされたのが頭にきたのか怒ったようにそう言った。
するとさっきまで笑っていたのが嘘のように思えるほどフェンティーネの目つきが一気に冷めた。
「そんなの決まってるじゃん。殺したんだよ」
フェンティーネから放たれた言葉は当然なようで衝撃的なものだった。
備考
グラン・ドーラン
第二十七話にてサイラに突っかかり返り討ちに会った少年
名前が無かったのでつけてみました。




