第六十四話 女子会
ナフト王国で民たちの呪いを解いてから一週間が経過した。
ティファはいつも通りソファの上でくつろぎながら読書をしている。いつもなら読書に集中してごろごろしているのだがさっきからドタドタと足音がうるさくて集中することができない。
「何してるの」
「う~ん、準備」
フェンティーネがさっきからキッチンとリビングを行き来してお菓子や紅茶を持ってきている。
「これでよし、それじゃあリーゼちょっといい」
フェンティーネは、リーゼの部屋の扉をノックした。少し経つと扉の隙間からリーゼがひょっこり顔を出した。
「どうしたの?」
「ちょっとこっち来てよ」
「………何企んでるの」
急に呼び出したフェンティーネを怪しむ。
「別に何も企んでないよ。ほら、お菓子も準備したんだよ。だから出ておいで」
「……分かったよ」
リーゼは少し警戒しながらソファへと座った。
テーブルの上には先ほどティーネが用意したお菓子がケーキスタンドに載っている。どうしてこんなものを持っていたかは不明だ。
「それじゃあ揃ったし始めよう」
「……あんた何企んでるの」
ティファにまで怪しい目で見られる。
「女子会したいなぁって思って」
何故このタイミングでフェンティーネがこんなことを考えたかというと今この家には三人しかいないのだ。セイは、買い物に行っている。しかも必要な物は多いためその分時間がかかり当分帰ってこないはずだ。そのためやるなら今がちょうどいい。
「女子会って何するの?」
リーゼにはそう言った経験が無く、警戒していたのも忘れとてもワクワクしていた。
「この前やったときには他愛のない会話をした後、乱戦?」
「どんな女子会⁉」
フェンティーネの言う女子会が違うことくらいリーゼにだって理解できる。
「ど、どうしてそうなったの」
恐る恐る尋ねる。
「なんか自然に?」
「自然にじゃないでしょ。あんたが余計なこと口にするからでしょ」
「最初に言ったのは私じゃなくてエンネだったじゃん」
リーゼのわくわくが一気に恐怖へと変わった。
「まあ、そんなことどうでもいいじゃん。さ、始めよう」
「はぁ、分かったわよ」
「暴れませんよね、暴れませんよね⁉」
リーゼの慌てっぷりを無視してティファは読んでいた本にしおりを挟みテーブルの上に置いた。
「それじゃあ、何はなそっか」
「あんたそれくらい決めときなさいよ。あ、美味しいわね」
ティファは用意された紅茶を飲み呆れる。
「だってさっき思いついたことだったし」
「それならいつもの話でもしましょう」
「ティファさんたちは女子会してたんですか」
「ええ、四人でね」
「四人?」
リーゼはティファたちが仲良くしている人をあまり知らない。
「そうだよ。私たちとあとエンネにルナって子だね」
「最後にあったのは10年くらい前だったかしら」
フェンティーネたちの言葉からリーゼは一つの可能性にたどり着いた。
(ティファさんにエンネシア様までと一緒にいるってことはルナさんって人、もしかして……)
「リーゼの考えてる通りだよ。ルナもライバルの一人、それも強力な」
フェンティーネが真剣にそう言いリーゼは固唾を飲みこんだ。
「確かにセイはルナを何かと頼るけど。私だってこの前頼られたわよ」
「………」
「な、なによ」
ティファはティーカップを持つ手が止める。すると二人がニヤニヤと身を寄せ合って話し始めた。
「リーゼ、あれが俗に言うツンデレだよ」
「うん、覚えた」
「誰がツンデレよ!」
ティーカップが壊れない程度の衝撃で机に叩きつけられた。
「だいたいね。セイがいろいろとやらかすからいけないのよ」
「やらかす?」
リーゼが首をかしげる。
フェンティーネはというと、まぁた始まったかというようにお菓子を食べ始める。
「そうよ。リーゼって確かクロッサス村出身よね」
「はい」
「なら近くに大きな湖があるでしょ」
「確かセイが作った湖ですよね」
クロッサス村の近くにある湖はセイが魔王軍を退けるために放った魔法によりできたとされている。しかし真実は違う。
「あの湖はね、セイが実験に失敗してできた湖なのよ。そのせいでこっちはひどい目に合ったわ」
ティファの言う通り実際にはセイが魔法の実験の際にミスしてしまい魔力爆発によってできた湖なのだ。
「本当にセイがやったんですか」
リーゼにはとても信じられなかった。
「そうよ。他にも————」
そこからは、ティファのセイに対する愚痴が始まった。やれ、実験に巻き込むな、やれ、自分で商人と交渉できるようになれ、やれ、挑発するな、などと愚痴をつらつらと並べていく。
リーゼは段々と聞くのが面倒になってきた。そんな時フェンティーネがリーゼの肩を軽く叩いた。
「ティファの話は軽く受け流した方がいいよ。まだまだ時間かかると思うから。ほらこのお菓子美味しいから食べて」
フェンティーネはケーキスタンドに載っているお菓子を進める。
女子会でのティファの愚痴はいつもの事なのでいつまで言うのか、もう感覚で分かるようになってしまった。
リーゼはフェンティーネのアドバイス通りティファの話を軽く聞き流しお菓子を食べる。
「あ、これ美味しい」
「でしょ。私が作ったんだよ」
「へぇ、すごいね。今度私にも教えてよ」
「いいよ」
二人は、別の話で盛り上がる。
しばらくすると、ティファが晴れ晴れとした表情で愚痴を言い終えた。
「はぁ、すっきりしたわ」
「あ、終わった」
ティファはケーキスタンドからお菓子を取ろうとするがもうそこにはお菓子はひとかけらも残されていなかった。
「ちょっと、なんで全部食べてるのよ!」
「だって話が長いから」
「少しくらい残してくれてもいいじゃない」
「え~、欲しかったら先に取っとけばよかったじゃん」
また二人の言い合いが始まった。リーゼはそんな二人のことを紅茶を飲みながら横から眺めていた。
そうしていると言い争いから逃げてきた(面倒になってやめた)フェンティーネがリーゼの耳元に近づいた。
「それでリーゼは師匠のこと好きなの」
「ふぇ⁉」
リーゼは唐突の質問に驚き、持っていたティーカップからわずかに紅茶がこぼれてしまう。
「それでどうなの」
「……好き…だと思う」
リーゼはわずかにふづき恥ずかしそうに呟いた。
「まあ、そうなるよね」
「はぁ、これでライバルが増えたわけね」
ティファとフェンティーネは少し呆れた様子でそう言った。
「あ、あのどういうことですか?」
「ただ確かめたかっただけよ」
「そうそう。師匠を好きになっちゃうのは仕方ないよ」
「え、えっと」
状況がまるで読めない。
「というわけで私たちはライバルってことになるね」
フェンティーネが口にしたのはセイを巡ってのライバル宣言だった。リーゼは対等な存在として認められたみたいで少し嬉しくなったがそれと同時に気を引き締めた。つまり二人が言いたいのはライバル宣言をしたからには誰がセイと一緒になっても文句を言わせないということだ。
「そうね。あともう一つ聞いておきたいんだけどアイナはセイのことどう思ってるか知ってるかしら」
「ああ、あの王女様か、確かにあの子が一番危険そうだね。何かあったら横からひょいって取っていっちゃいそう」
「アイナですか?どうかな、アイナってたまに何考えてるか分からない時があるからセイに関してはよく分からないです」
リーゼから見たアイナは綺麗で自由な王女様という感じだが時折何を考えてるか分からない時があるのだ。
「警戒していて損はないってことね」
ティファがそう言った時、玄関の扉が開いた。
「ただいま。ごめんよ、ちょっと買い物に手間取っちゃって…三人で何してるんだい」
帰ってきたセイが一番最初に目に入った物は仲良くお茶会をしているリーゼたちの姿だった。
「内緒です」
「師匠には秘密です」
「教えないわよ」
三人はそれぞれ別な表情で秘密にした。リーゼは少し恥ずかしそうに、フェンティーネはいたずらっ子ぽく、ティファは少し怒った様子で断った。
「構わないけど、ちゃんとテーブルの上は片してくれよ」
「は~い」
三人の仲のいい返事が家の中でこだました。




