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エピローグ 波打ち際のありのまま

六月一二日(月)


 登校前の寮の部屋。カソルは首元のネクタイと悪戦苦闘していた。

 あれからルベルテインには学院に残ることにしたことを直接会って伝え、申し出を断ることを丁重に詫びた。思いの切実さは理解していたから無下には扱いたくなかった。ルベルテインは笑いながら冗談めかしていたが、落胆させてしまったのは確かだろう。

「もう、早くしないと先行っちゃうわよ」

「ハルのチェックが厳しすぎるのが悪い」

 言いながら歪な結び目をシャツの襟まで締め上げる。ねじれ、傾いた、あまりに不格好なその見た目にハルは思わず笑い声を漏らしていた。

「今日のところはもうそれでいいわ。今度特訓しましょう」

「えー、代わりに聖法の訓練でもしてなよ……」

 うんざりしてため息をついたカソルをハルがせっつく。

「ほら、うだうだ言ってると遅刻しちゃうでしょ」

 カソルは渋々ながら反論の矛を収め、代わりに通学用の鞄をひっつかむ。そしてハルの方へ歩いていこうとしたとき、視界の端、ハルのベッドの上にそれを見つけた。

「あれ、くし忘れてるよ」

 手に取り、ハルの方へかざして見せる。それを目にしたハルはさぞ愉快そうににっこりと笑った。それは窓から差す朝日にも負けない、とびきり爽やかな笑みだった。

「もういいのよ、それは」

「え、なんで?」

 いつの間にか例の家にかけられた陰湿な呪いが解けていたかとハルの毛先に目をやってみるが、特段の変化があったようには見えない。

「いつも通り……だよね?」

「ふふ、それはよかった」

 ハルは後ろ手に鞄を持って一八〇度回転し、ゆるやかに波打つ毛先を見せつけるようになびかせた。

「よかった? 何が?」

「さあ、自分の胸に手を当てて聞いてみたら?」

 振り返らないまま弾んだ声でで言うハル。

 どうやら、また自分に原因があるらしい。今回は楽しそうだからいいものの、やはりハルの考えていることはよくわからない。二人の関係は少しだけ変わったのかもしれないが根本的な問題は何も解決されていないようだ。

「まあ、その話は追々ね。いいから行きましょう」

 しかし、それでもいいのかもしれない。わからないことにこそ人と触れ合う醍醐味がある。あれから色々考えて、そんな結論に至っていた。ただ純粋な生存本能に従って生きる獣と向き合うのは簡単だが、今となってはそれがどうにも味気ないものに思える。

 大切なのはわかりあうことではなく、わかりあおうとすること。ハルの姿勢にならって言うなら、そういうことなのかもしれない。

 首だけで振り返ってこちらを見つめる微笑にカソルが笑って応えると、ハルが先に歩きだす。カソルもその背中を追いかけるべく、小さく一歩踏み出した。

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