第四十一話「世界の果て」
ずっと思い浮かばなかった作品のタイトルがやっと決まった回です。
夢を見た気がする。
意識が無の空間に漂う中、誰かが俺を起こすように何かを注いでいた。
その注がれる力は温かく、次第に何もない空間に色がついていくようだった。
そして空間がひび割れ光に包まれると、俺はその空間から飛び出した。
やけに重く感じる目蓋をゆっくりと開く。
そこに映ったのは、カロラスの実家を思い出す木造建築の天井だった。
懐かしいな……。
何か、前世の牧場のような匂いがする気がする。
ベッドは何でできているんだろうか、凄く柔らかい。
そしてしばらく呆けていると一瞬で思い出した。
ここは天国?
俺はベッドから上半身を起こす。
セルビアで何日も寝ていた時以上に重過ぎる体。
しかし体の痛みはない。
やはり俺は死んだのか、そう思った瞬間。
体に違和感があった。
今まであったものがなかった。
それは、俺の左腕だった。
肘下から切断され、傷は塞がっているが一切の感覚はないし動かす指もない。
そして自分の着ている服を見ると寝巻きのような白い布地の服を着ていた。
まるで入院患者だ。
これは現実?
それとも天国に来ても失ったものは戻らないのだろうか。
横でエルが寝てないから、天国だとしたらエルは生きてそうだなと少し考え安堵する。
俺は重い体を起こし、窓から差し込む光の元へ向かう。
窓から覗ける風景は幻想的だった。
ぱっと見は馬のように見える魔物がいる。
馬より大きく、足が鱗に覆われていて尻尾も長く鱗がある。
しかし一目でそれは飼われているものだとわかる。
辺りは村に見え、短い草が生い茂り風で小さく揺れている。
そして驚いたのは人が歩いていた。
いや、人ではなかった。
よく見ると頭部に小さい角のような物を皆生やしている。
鬼?
そんなことを考えていると、後ろから扉がガタンと開く音がした。
俺は重い体を振り向かせる。
すると、そこには男が立っていた。
村を歩いている人ではない者とは違い、完全に人の形をしていた。
二十歳くらいだろうか。
その男の髪は綺麗な赤で染まっており、ミディアム程の長さで切られていた。
そして、美形だった。
顔が自慢だったロークよりも格好良く見える。
爽やかに見えるが背丈は高く、細身にしたランドルのようだ。
着ている服装は村の雰囲気に似つかない。
見たことない素材のサラサラと綺麗な生地で出来た黒寄りの灰色がかったコートを纏っていた。
腰には立派な剣が掛けられていることから剣士に見える。
そしてこの男に敵意はなかった。
敵意があれば俺は死んでいる。
そう思えるくらい強かった。
激闘を繰り広げたライニールには劣るが、セルビアで見た流帝クラスか、それより強い。
丁度間くらいだろうか。
もう強い剣士は結構見てきたと思ったけど、やっぱり世界は広いな。
そんなことを一瞬で考えていると男が口を開き、その見た目通りの爽やかな声が部屋に響いた。
「よう、起きたか」
初対面だというのにまるで友達に声を掛けるように気さくに微笑んで言った。
俺もまだ動かしにくい唇を動かし、話した。
「ども」
適当に返事をする。
今はいつも通り丁寧に話す気分でもなかった。
ライニールとの戦いを思い出すと賢者のような気分になり、ここがあの世だと思うと取り繕う気にもなれなかった。
そんな俺の適当な返事を気にすることはなく、男も適当だった。
「体はどうだ? ほんと生きてんのが奇跡なんだぜお前」
「え? 俺生きてるの?」
「どう見ても生きてるだろ」
「まじか」
言われて再び自分の体を見る。
まぁ確かに、死んでたらさすがに腕は戻るか。
それにしても、剣士で片腕を失うのはもう致命傷じゃないだろうか……。
上級の治癒魔術を使える人物は見たこともないし聞いたこともない。
どうしたものか。
というか、それどころではない。
じゃあここはどこで、何で俺はここにいるんだ?
「素朴な疑問なんだけど」
「おう」
「俺、何でここにいんの?」
「空から降ってきたぞ」
空から男の子がーみたいな会話が繰り広げられたのだろうか。
そして俺は思い出す。
もしかして、いや、俺はすっかり忘れていた。
あの激闘の中で、そんなことはすっぽり頭から抜け落ちていた。
転移の言い伝えは本当だったのだろうか。
確かセリアに最後に会いたいと思って、でも会いたいと思えば思うほど死にたくなくて。
きっと美しく成長したセリアと並んでいる自分を想像したら自然にそう思ってしまった。
俺は死なないで済むところに転移したのか?
しかしあの状況で生きてるなんて……。
右手で胸元をはだけさすと、心臓の下を貫かれた筈の傷痕は消えていた。
治癒魔術だろうか。
「本当に、生きてるのか……」
「おう、落ちてきたのがここ以外だったら死んでるぞ、確実に。傷は治癒魔術で治っても、闘気で弱った体は世界中探してもここ以外治せないし」
「え、闘気の負荷って治せるの?」
「ここで暮らす種族は不思議な力を持っていてな。ま、お前は闘気が何で体を蝕むか分かってないだろうからな。そのうち説明してやるよ」
「はぁ」
そう言いながら立っているのが面倒なのか、男は近くの椅子を手に取り座り込んだ。
俺もさっきまで寝ていたベッドに腰掛ける。
そして、闘気の不思議現象には理由があるのか。
そんなの聞いたこともないけど。
普段だったら食いつく話にもあまり興味が湧かなかった。
俺はいまだに賢者タイムだ。
「それでだ、俺はお前がここに来るのを待ってたんだよ」
そんなことを言う男。
待ってるって、まるで未来が見えていたかのような言い方だ。
そんな訳ないだろう。
「さすがに嘘だろ。本当なら何で、いつから待ってたんだよ」
「予見の霊人に聞いて、十年前から」
予見の霊人……確か何度か聞いたな。
セリアが助けた、未来が見える能力がある奴だ。
つーか十年前からって、この男は二十歳くらいにしか見えないけど。
「十年前からって、子供の時から待ってたの?」
俺がそう言うと、男は「え?」と少し不思議がって、一人で理解すると勝手に笑い出した。
俺を指差して馬鹿にするように。
「ははははは! お前馬鹿だろ! んな訳ねーだろ!」
何だろう、すごくむかつくぞこいつ。
「あんた、どう見ても二十歳くらいにしか見えないんだけど」
「そりゃ人種ならそうだろ! 窓から村の様子見てたなら分かるだろ? 魔族だよ! 魔族!」
そんなこと言っていまだに俺を馬鹿にするように笑っている男だが。
見た目は人間にしか見えない。
いや、確か魔族の括りは長寿ってだけで人間にしか見えない種族もいるって聞いたか。
「見た目は人間にしか見えないんだから仕方ないだろ」
「見た目はな」
「中身は、違うのか……?」
少し驚かすように言う男に、俺は冷や汗をかきながら確認する。
そして、もったいぶるように男は言った。
「俺には心臓が七つある」
「まじかよ」
「嘘だよ」
こいつやっぱり気に食わないぞ。
何なんだ一体……。
俺が疑惑の視線で男を見ていると、からかうようにまた言った。
「そんな目で見るなよ、本当は三つしかないって。
話しが進まねえじゃねえか」
いや三つでもおかしいんだけど。
つーか、話しを遮ってるのはこいつだろう。
「あんた、本当は何歳だよ」
「あー? んー、もう数えてないからなぁ。千年は確実に生きてるけど」
「魔族やばいな……」
まぁ凄いと思うけどあまり驚かない。
だってこいつおちゃらけてるけど、めちゃくちゃ強い。
千年生きてるなら逆に納得できるところがある。
「まぁ俺の歳なんてどうでもいいんだよ。俺の目的の近道はお前を導くことなんだってさ」
「ん……目的? 導く?」
「色々気になることがあるだろうが、単刀直入に言うと災厄を殺すことだな」
物騒な単語が出てきた。
災厄って確か本で読んだな、千年前に世界を滅ぼそうと暴れた奴だ。
剣士の歴史もそれから始まったって読んだけど。
思えば、ライニールって本に書いてあった英雄と同じ名前じゃなかったか……。それに初代とか言ってた気がするぞ。
でも今はそんな話じゃないか。
「災厄って死んだんじゃないの? 英雄達が倒したって本で読んだけど」
「あぁ、これは一部の奴しか知らないけど完全に死んでない」
「全然理解できないんだけど、千年間潜伏してるってこと?」
「いや、確かに死んでたが。あいつは転生した」
転生……?
自分に身に覚えがある単語に少しうろたえる。
まさかこの世界で転生という単語を聞くことになるとは思わなかった。
俺が固まっていると男は続けた。
「災厄の説明からしないと分からないだろうな。ま、黙って聞いとけ」
そう言って男は災厄の説明を始めた。
「災厄は千年以上前に生まれた、種族は不明だ、あいつは何でもありだったからな。そして奴は魔物を操って戦ったと伝えられているが、魔物より災厄がくそ強かった。あいつは霊人だったんだ」
「霊人? 魔物を操れるとか?」
俺の言葉に男は首を振った。
そして俺の質問に答える。
「災厄の霊人の力は、魔物を食えば食うほど強くなる。
体は強固になり、闘気も巨大になる」
「何だそれ……」
滅茶苦茶だ。
稽古する必要もなく、食ってるだけで最強になれるのか。
でも何でそれが魔物を操れるんだろう。
俺の認識では魔物は凶暴で、いくら圧倒しようと死ぬまで襲い掛かってくる印象しかない。
しかし、俺の疑問に答えるように男は言った。
「災厄は異常なまでの悪意を持ってたんだ。これが一番の問題なんだが、災厄はその上にまだ能力を持っていた」
「それは?」
「精霊が見え、聞こえる。精霊使いって呼ばれてるやつだな」
それは、無敵だな。
確かに世界を滅ぼせるくらいの力を手に入れれるかもしれない。
しかしそれと魔物に何の関係があるのだろうか。
「精霊は基本的に心優しい者を愛し、慕う。でも、ある精霊だけは別だ」
なんとなく分かった。
エリシアも昔に説明してくれた時に例外があると言っていたのを思い出す。
「それは闇の精霊?」
俺の言葉に男は深く頷いた。
もう真剣な面持ちだった。
「そうだ、奴はその悪意から闇の精霊に愛された。
精霊の中にも格が存在するのは知ってるな?
災厄は最上位の闇の精霊に愛されてしまった」
俺が少しぞくりとすると、男はそのまま続けた。
「その精霊の力は恐ろしく、元より邪悪な魂を持つ魔物を操るのは簡単だった。そして竜王達を従え世界を襲った。でも、お前も知ってると思うが災厄は倒される」
「うん」
「しかし闇の精霊は災厄の魂を死の瞬間隔離した。長い時を経て当時強大だった英雄達が死に、その血が衰えるまで待つ為にな」
「なんで転生するって分かるの?」
「災厄本人が最後に負け惜しみで叫んでたんだよ。馬鹿だろ」
何かいきなり重い空気がぶち壊れたな。
というかこの男、まるで実際聞いたかのような口ぶりだ。
「なんか現場を見てきたみたいな言い方だけど……」
「おう、俺も戦ったからな」
そう言って得意げに笑っていた。
何か全然そんな風には見えないが、確かに強いのは事実だしな、この人……。
「五人の英雄が帰ってきたって本で見たけど。
確か三人しか名前が書いてなくて」
「雷帝と流帝と双帝と闘神と俺だな。
俺は闘神の弟子だったからな」
さらっと飛んでもないことを言っていた。
イゴルさんとセリアの祖先の弟子?
というか本当なら。
「もしかして闘神流だったり?」
俺が聞くと、男は初めて驚いた表情を見せた。
そのまま目を見開き俺に詰め寄る。
「その歳の人種が闘神流知ってんのか!
もしかして闘神の子孫と会ったことあるのか?」
そう嬉しそうに俺に聞いてきた。
やっぱり闘神流か。
イゴルさんとセリアと俺以外いないと思っていたが、こういうこともあるのか。
「俺も闘神流だよ。剣術は闘神の子孫の人から教えてもらったんだ」
俺が言うと、また男は驚いた。
「え? まじ?」と混乱している。
今まで主導権を握られていたから正直少し気持ちいい。
しばらくして男は一人で納得すると、あごに手をやり考え込んだ。
「何かの運命かもな……さすがは予見の霊人か……」
ぶつぶつと一人で呟いている。
俺はそんなのお構いなしに、そろそろ教えろよと思っていたことを聞く。
「ちょっと、聞きたいことあるんだけど」
「え? あぁ悪い。何だ?」
「あんた名前なんて言うの? 俺、アルベルだけど」
千歳以上年上の人に聞く口ではないと思うが、何故かこの男の前で畏まるのは嫌だった。
第一印象だろうか……。
俺の言葉に、「あーそういえば」なんて言いながら少し笑う。
「俺はクリスト。ダヴィア族だ。よろしくな!」
そう言って、クリストは千歳に感じない少年のような笑顔で笑っていた。
そして、しばらくするとクリストとまた話し始めた。
これからのことだ。
「それでクリストは俺を導くって言ってたけど。
それって何をするつもりなの?」
「別に俺も何したらいいか分かんねーよ。
とりあえずアルベルについていくしかないだろうな」
「それって導いてるのか……というか、何で災厄を倒すのと俺が関係あるの?」
そもそもの問題だった。
俺はセリアと会いたいだけで、そんな物騒なものに関わりたくない。
というか今災厄が転生してたらもう騒ぎになってるんじゃないだろうか。
「俺も何が関係してるのかは分からないけどな。
予見の霊人が言うんだから何かはあるんだろう。
ま、それにもう無関係じゃないんじゃねえか?」
「何で?」
「だってお前、ここに転移したってことはライニール倒したんだろ?」
その言葉にやっと今の状況を思い出した。
そうだ、俺が今こうなってるのもあの迷宮のボスのせいだ。
俺はあの男が憎らしく唇を軽く噛むが。
すぐに考える、何でそれが災厄と関係してるんだ?
「あの雷帝と災厄に何の関係があるんだよ」
「元々あのルクスの迷宮は、災厄を倒す為に千年前に作られたんだよ」
「は?」
「災厄についている闇の精霊は災厄を違う世界に隔離する能力がある。そこに辿り着くことは人の力では敵わない。詳しい説明は今は省くが、そこで旧時代の魔術師や精霊使いが精霊の力を借りてあれを作ったんだ。もう再現は無理だろうな。その転移陣を必要な時まで使わせないように選ばれた守護者が、ライニールだ」
「え、それって」
俺は背筋から冷や汗が流れる。
「お前がライニールを倒して転移したせいで計画は滅茶苦茶になったってことだな。だから無関係ってわけじゃないだろ?」
そう言っていやらしい顔で笑っていた。
俺は結構とんでもないことをしでかしてしまったのか?
いや、だったらライニールも俺達を斬らずに放っとけば良かったのだ。
そして思った。
だから圧倒的な闘気でボス部屋に入る前に威圧してたのか……?
そこに駆け込んだのは俺達だが。
いやでも納得いかないな……。
「でも、殺されそうになったら戦うのは当然だろ」
「おう、だから別に怒ってないじゃん」
「クリストの言葉には俺がとんでもないことをしたように聞こえたけど」
「ライニールを倒せる奴が存在することのほうが大事だからな。アルベルは人種でその歳で闘神流だ。鍛えれば闘神に届くかもしれないし。ぱっと見はライニールを倒せるように見えなくて不思議だが」
そう言って俺の全身を見るクリスト。
確かに、ライニールを倒せたのはあの不思議な闘気のおかげだろう。
本当に何だったんだろうかあれは。
あれ以降、あの少女の声は聞こえない。
「あれは俺の力で倒したものじゃないと思うけどね……」
「は? 他の奴が倒したのか? もしかしてお前は斬られて倒れてただけ?」
そこでクリストはそうだったらまずい、と初めて焦った顔をしていた。
俺は正直にあの時あったことを話す。
「いや、あの部屋にいたのは雷帝と俺だけだけど。なんか死にかけたら声が聞こえて、闘気だけど闘気じゃないのを纏えるようになって……」
俺の言葉に、クリストはまた驚いた顔をしていた。
ころころと表情が変わる奴だな。
「もしかして精闘気か?」
その言葉には聞き覚えがあった。
確か、雷帝もそんなことを言って驚いて後ろに下がったのを見た。
「雷帝も確かに精闘気とか驚いてた気がする……」
「お前精霊使いだったのか」
またこれだ。
俺は精霊は見えないし声も聞こえない。
だがしかし、あの時の声はやはり精霊だったのだろうか。
いつも俺の背中を押してくれた風は、風の精霊だったんだろうか。
「見えないし声も聞こえないんだけど、あの時だけ聞こえたんだよね。
今は何も聞こえないや、今もここにいるのかな」
俺がそう言うと周りを見回すが、やはり精霊なんて見えやしない。
しかし、風が吹いた。
この風は窓から吹いた風ではない。俺には分かる。
いつも俺に力をくれた風だった。
「いるみたいだ」
俺が言うと、クリストがまた驚いた。
出会ってからお互い驚かせ合いみたいになってるな。
「精霊使いじゃないのに精霊に愛されるなんて聞いたことないな。でもやっぱり、お前は闘神流で闘神と同じ闘気を持ちライニールを倒した。お前には絶対に何かがある」
そんなこと言われても正直困ってしまう。
そして闘神も精霊使いだったのか。
「そう言われても俺にはどうしたらいいか分からないんだけど」
「そうだろうな、お前の目的は何だ? ルクスの迷宮に挑んだぐらいだから何かあるんだろ?」
「好きな子追いかけてるだけだよ」
「え? まじ?」
「うん」
俺の言葉にクリストが困っていた。
困られても俺が困るんだが。
しかし、切り替えるように俺に聞いてきた。
「好きな子って誰だよ」
「セリアっていって闘神の子孫だよ。
父親は死んじゃったからセリアが最後の血になるのかな」
俺の言葉にまた何か考え込むクリスト。
そして質問攻めが始まる。
「セリアって子、強いのか?」
「めっちゃ強い」
「風鬼は持ってたか?」
「持ってるはずだよ」
「セリアって美人か?」
「それはもう」
「今どこにいるんだ?」
「詳しくは分からないけど予見の霊人が関係してるみたい。
俺もセリアを探して予見の霊人の所に向かうつもりだったんだ」
「なるほどな……」
俺の言葉に、やっとクリストは何かに納得したようだった。
「俺がどうしたらいいか分かったよ」
「そうなの?」
「お前もここが人種の大陸じゃないって分かってるだろ?」
正直、薄々は分かっている。
目の前のクリストは魔族で、この村に住む鬼のような角を持つ人達もそうだろう。
「薄々は……ドラゴ大陸だよね?」
「おう、ここはドラゴ大陸の最北だ。世界の果てとも呼ばれてる」
その言葉に俺の背筋が凍りつく。
世界の果てって、一体帰るまでにどれだけ掛かるんだ……?
「ドラゴ大陸ってコンラットに通じてるんだよね? 帰るのにどれだけ掛かるの……」
「お前一人なら三年か……もしかしたら帰れないかもな」
「まじかよ……」
三年掛かるなら、かなり遠回りだ。
ルカルドから南に下ってエルトン港からコンラット大陸に行くほうが近い。
もちろんセリアがコンラットの北か南にいるかで話は変わってくるが。
しかし、下を向いてしまった俺にクリストは「安心しろよ」と言って微笑んだ。
「俺が連れて帰ってやる。俺と一緒なら一年でドラゴ大陸を突破させてやるぜ」
「俺は今までクリストを誤解してたみたいだ。足を舐めてもいい」
「やめろよ気持ち悪い」
本当に嫌がる視線を俺に向けるクリスト。
冗談も通じないのか、俺もあまり冗談を言わないからセンスが悪いのかもしれないが。
そしてクリストの申し出は本当に助かることだった。
道も分からなければドラゴ大陸の旅の仕方も何も分からないのだ俺は。
高ランクの魔物もドラゴ大陸から来ると言われてるくらいだし、そこでもクリストに助けられるだろう。
どちらかというと、魔族が住んでる大陸っていうより竜の巣があることが有名な大陸だし、一人で彷徨って竜の縄張りに入ってしまうことを考えるとぞっとするしな……。
「あ! でも金はあるんだ! 確か懐に仕舞ってたんだけど……」
そう言って周囲を見ると、あった。
小さい机の上に俺の金貨を入れていた袋が。
クリストも俺の視線の先を見ると首を振った。
あれ?
「ドラゴ大陸の通貨は人種の通貨と違うぞ」
「まじか……」
「俺も貯えがある訳じゃないからたまには稼ぐ旅になるだろうな。
ま、それくらい問題ないだろ」
そう言って俺を安心させるクリスト。
これは予見の霊人に感謝だな。
しかし何で予見の霊人は俺の元にクリストを送ってくれたのか……。
考えれば考えるほど嫌な予感はするが、しばらくは考えるのはよそう。
と思ったが最後に聞いておく。
「ねえ、災厄と俺が関係するってまだ決まった訳じゃないよね? 俺が生きてる間は転生しない可能性もあるよね? ほら、俺の子供が倒すとかさ」
俺は自分を安心させるようにクリストに問い詰める。
自分の子供が悪を倒す、よくある話だ。
しかし、クリストは再び首を振った。
「俺は確信してるが、お前は災厄を倒す上で重要な役割を果たすはずだ。
そして何を勘違いしてるのか知らないが、災厄はもう転生している」
「え?」
「各地で魔物の動きがおかしいところがある。
災厄は馬鹿だが千年前の敗北で学習している。
今は相当慎重に動いてるようだが、そろそろ動き出すはずだ」
魔物の動きがおかしいと言われれば思い当たる節はある。
海竜王が航路を塞いだのもまさか関係しているのだろうか。
「そういえば三ヶ月前、海竜王が起きて航路を塞いだんだ。そのせいで俺はルクスの迷宮に挑んだんだけど」
「それも災厄の影響だろうな、深海で眠っている海竜王を起こせるのは災厄ぐらいしかいない。奴が何を考えてるかは分からないが、やっぱり急いだほうがいいだろうな」
そう考えると、セリアとの再会を邪魔した災厄が憎い。
しかしクリストは何かを期待しているようだが俺には何もできないだろう。
俺にそんな力はないと思う。
ただでさえ剣士なのに、左腕を失ってしまったんだから。
それに剣も。
あれ、そういえばそうだ。俺の大事な剣……。
俺が下を向いていると、クリストが不思議そうに声を掛けた。
「なんだ、どうした?」
「雷帝との戦いで、剣が折れたんだけど……」
そう言って周囲を見回すが、セリアの剣は机の上に置いてありホッと息を吐いた。
その横に白桜の鞘が置かれているのを見て一瞬安心するが。
中身はないようだった。分かっていたがすぐに悲しくなる。
そして、壁に立掛けられている剣も見覚えがあった。
「これ使えばいいじゃないか、戦利品だろ」
そう言ってクリストが持ち上げた剣は鞘はなく裸で、柄から刀身まで真っ黒の剣だった。
雷帝が使っていた剣、恐らく俺の胸に刺さったまま一緒に転移したのだろう。
「俺にはまだ早くないかな」
「この剣を使ってた奴に勝ったんだ、別にいいだろ。
ちなみにこの剣の銘は鳴神だ。」
「銘を知ってるの?」
「災厄戦を前に、名匠アルフレートが英雄達に贈った物だ。作り上げて死んでしまったが、今の流帝、双帝の持ってる剣と風鬼も作者は同じだ。世界の最強の剣はこの四つだろうな」
本当に俺なんかが使ってもいいのだろうかと思ったが。
セリアの持ってる風鬼と同じと聞いて少し心が躍った。
確かに戦利品だし使わせてもらうとしよう。
さすがにずっと裸で持ち歩くわけにもいかないし、どこかで鞘も作ってもらわないとな。
そう考えていると、トントンと優しく扉をノックする音が聞こえた。
そのまま扉がゆっくりと開くと、そこには十代後半に見える女性が立っていた。
明るい茶色の長髪が揺れていて、可愛らしい顔をしている。
何か見ているだけで落ち着く顔だ。しかし頭部に小さい角が生えている。
その女性が口を開くと、意味不明だった。
「ѲჶᕰↀↁϾᗆŒ」
へ? 何を喋ってるんだ?
女性は俺を見て何か言っているように見えるが。
その女性の謎の言葉に、クリストも当たり前のように俺に理解できない言葉で会話している。
二人の顔は穏やかで、楽しそうに会話しているように見える。
これはまさか。
クリストは俺の慌てた顔に気付き、言った。
「あぁ、知らなかったのか。魔族は人種と言語が違うぞ。
俺みたいなのは滅多にいない」
そう言うクリストに、俺は本当にクリストが居て良かったと思った。
道も分からない、片腕を失っているのに襲い掛かる魔物は強敵。
持っている金も意味がない、道を聞こうにも、仕事しようにも言語が通じない。
本当にクリストが俺一人だと三年か帰れないと言ったのは大袈裟ではなかったんだろう。
「ありがとうクリスト……」
俺は女性とクリストが楽しそうに理解できない会話をする中、小さく呟いた。




