第11話 多江の初恋
ご機嫌でお手玉と戯れているローザのはしゃぎ声が聞こえる中、卓袱台で多江はエリザの話を聞かされている。
「それでお父さんが言うには麦より沢山できて、しかも腹持ちがいいなんていうから、これは是非とも確かめなきゃ、と思ったのよ。
作るほうは村全体の問題だから、お父さんやらロビン、コーサクさん達が進めるでしょ?
じゃ、わたしはタエと一緒にコメを広める価値があるかどうか確かめようとね!」
えらく前のめりに卓袱台に手をついて、ツバを飛ばさんばかりに話す態度に、多江はのけぞりながら口元を緩める。
「実は…コメの味が気になって仕方無いと!」
「なんでわかるのよ?じゃなくて…まあそうなんだけど。
やっぱり、食べてみなきゃわかんないじゃない?
タエ〜、お願い?食べさせてよ〜!」
「かまわねえだよ、こっちからお願いしてえくらいだぁ」
蔵に眠る膨大な貯蔵米を思い浮かべ、エリザに受けるなら…
と多江の脳裏に計算式がよぎる。
(米の代わりにこっちの世界のモノを貰うでもいいし、なにより米は美味しいのを広めるいい機会だべ!…旦那さまも喜ぶはずだあ)
また澄まし顔に戻り、茶をすするエリザ。
多江は皿の上のたくあんをかじりつつ、茶を一口飲んで息を整えると、
「それにしてもエリザも食いしん坊だべな。見た目はお人形さん見てえなのに意外だあ」
「何いってんのよ、別に珍しい顔立ちでもないし、そんなお人形さんなんて褒めてくれるのはタエだけよ?ダンナなんか、そんな事一言も言いやしない…
コーサクさんはどうなの?タエに可愛いよ、とか毎日言ってくれるの?」
啜っていた茶を噴き出し、台所のトマトそこのけの顔になる多江。
「な、な、な…」
「あら、照れちゃって…タエもやることやってんでしょ、そんなにならなくても…」
まるでゴシップを探す記者のノリで多江を追い詰めて、顔をまた寄せてくる。
「ほら、わたしに言ってごらん。内緒にしてあげるから」
(内緒にする気はないけどね!タエの反応、可愛すぎるんだもの!)
「そ、そんなふしだらな事を旦那さまは言わねえっす!はしたねえ、そ、そんなことは人様に言っちゃダ、ダメなんだから…」
両手で顔を覆い首を振ると一本に編んだ黒髪がフルフルと揺れている。
「へぇ~、そんな恥ずかしいことかな?
見てたらわかるけど、タエはコーサクさんにベタ惚れだよね?」
「わあ~っっっ!わあ~ッッッ!」
ついに正座が崩れ、手足を無意味にバタバタし始めた多江を見て、エリザは好奇心が止められなくなってきた。
(もっと知ってみたい!タエたちの事、わたしたちはまだまだ知らなすぎるんだもの!)
卓袱台を回り込むと挙動不審にジタバタする多江を捕まえ、顔と顔がくっつく位まで寄せて問い詰める。
「結婚してまだ間もないんでしょ?どっちから結婚申し込んだの?コーサクさん?」
「ひえええ…」
「わたしなんかお父さんが急にロビンを連れてきてこいつと結婚しろ!なんだよ?タエたちの国もそんな感じ?」
(なんでそんなに目をキラキラさせてんだあ?)
多江の脳裏に、耕作と初めて会った日の事が鮮明に甦り、益々顔から火が出そうになる。
父に連れられて、ウチの門をくぐってきた時の耕作の姿を。
濃紺の詰め襟服に、きっちりと折り目がついたズボン。
あぜ道を歩いてきたのに、汚れ一つない靴。
何より…濃い眉に整った鼻、引き締まる口元。
(活動の俳優さんだべか…)
口を軽くあけたまま、目が離せなかった。
父が何か喋っていたが上の空。
彼の挨拶する声も聞こえた気がするだけ。
歯切れのいい標準語に、ますます俳優さんとしか思えなくなった。
気づいたら、もう隣に並んでいた。
自分は白無垢、彼は紋付袴で。
「多江さん…」
初めて名前を呼ばれた、その時。
「はい、旦那さま」
勝手に口が動いていた。
それが当たり前のように。
「おーい、タエ〜?…ありゃ?どうしたの〜」
「タエ〜?へんなかお?」
すっかり妄想に浸り帰ってこない多江を、こっちが面白そうと仏間から帰ってきたローザがペチペチと頬を叩いて、キャッキャッと騒ぎ立てる。
「幸せそうな顔してるわね…もう言わなくてもわかるわよ、タエったらうらやましい。
ま、コーサクさんにも聞いてみたいけど…この調子じゃ教えてくんないだろうな〜」
エリザはだらしなく緩んだ多江の火照ったほっぺを指先でつつきながら、いたずらっぽく微笑んだ。
「あーあ、だらしない顔なの。耕作にはもったいないと思うけど…イザヨイにはわかんないの」
襖の影からヒョコッと首を出してかぶりを振るイザヨイ。
多江が正気を取り戻すまでに、卓袱台の上のお茶はすっかり冷めてしまった。
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