1話 迷子の女の子
あなたがわたしを救ってくれた。
あの日出会ったのがあなたでよかった。
……どうしたもんか。
デパートの真ん中で、私、綿野忍は眉根を寄せ、悩んでいた。
目の前には大泣きしている小さな女の子。
事の始まりは10分前。
仕事の帰りに夕食の材料を買いに来た私は、偶然、この女の子を見つけた。
親らしき人は近くにおらず、ほかの客は見て見ぬふり。
ほっとけなくてそばに来てみたはいいけど、泣いてる子供なんてどうしたらいいのかわからないから、さっきから声をかけられないでいる。
……でも、このままはよくないよね。
意を決して、私は女の子の前にしゃがみ、目線を合わせて聞いてみた。
「ね、ねえ、どうしたの? お父さんとお母さんは?」
すると女の子はびっくりしたように私を見てまばたきを2回。
その後うつむき、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で言った。
「ゆい、おかあさんとはぐれたの……」
「……そっか」
本当に迷子だったらしい。
女の子が泣き止んでくれたことと、ちゃんと答えてくれたことにほっとする。
そういえば、すっかり忘れてたけど迷子なら迷子センターでアナウンスしてもらえばいいんだよね。
このデパートでも、時々流れてるし。
冷静になれたのか、私はこういう時にどうすればいいのかを思い出した。
ニコッと心細そうな女の子に笑いかける。
「大丈夫だよ。私と一緒に迷子センター行こ? そこに行けば、きっとすぐにお母さんと会えるから」
あ、待って、ちょっと不審者っぽい言い方しちゃったかも。
だけど女の子は一瞬ポカンとしたものの、しっかりうなずいてくれた。
「すみません、迷子なんですけど……」
カウンターの女の人に声をかけると、彼女はニコッと微笑んだ。
「わかりました。ありがとうございます。お嬢さん、お名前言えるかな?」
「し、しまだゆいです」
女の子……ゆいちゃんが答えると、女の人はうなずき、紙にゆいちゃんの名前を書いて奥の部屋にいた人に渡す。
「それじゃ、今から放送をかけるね。すぐにお母さんと会えるから、ちょっとここで待ってようか」
女の人がそう言うと、ゆいちゃんはこくこくうなずいた。
女の人は改めてニコッと笑うと、今度は私に頭を下げる。
「連れてきてくださりありがとうございました」
「あ、いえいえ、私はほんとに連れてきただけなので。それじゃ、私は行きますね。あとはよろしくお願いします」
そう言って立ち去ろうとした時だ。
くいっと袖が引っ張られた。
「……行っちゃやだ」
「へ?」
振り返るとゆいちゃんが上着の袖をつかんでいる。
え、何……ときめいちゃうんですけど。
キュンッと胸が鳴るのを感じつつ、私はゆいちゃんに笑いかけた。
「でも、もうすぐお母さん来てくれるし、お姉さんもいるよ?」
しかしゆいちゃんはふるふると首を振り、つかんだ袖を離さない。
かわいい。すんごいかわいい。
だけど私、この子になつかれるようなことしたっけ?
「あの」
ふいに、女の人が小さく進み出て、私に目を向けた。
「もしお時間がございましたら、この子のお母様が来られるまで一緒に待っていただけないでしょうか。私も付きっきりでいることは難しいので……」
「時間はありますけど……」
言いながら私はチラッとゆいちゃんを見る。
子犬みたいな目と、目が合った。
うぅ……かわいいなぁもう。
「わかりました。一緒に待ってます」
観念してうなずくと、ゆいちゃんはパァッと顔を輝かせた。
どこかで迷子のお知らせが聞こえる。
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