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番外編:名前、呼んでよ

 通学路の途中にある公園で待ち伏せしていた磯崎君に告白されて、私も自分の気持ちを伝えて。めでたく両想いになって一週間。

 これまで喧嘩友達のような私たちの関係が、その日を境に変わってしまった。

 この唐突な変化についてゆけず、私は一人になるとソッとため息をこぼす。

 だって、会えば憎まれ口しか叩かない私を好きになってくれるなんて、ちっとも考えなかったんだもん。

 磯崎君は他のクラスの女子にも人気があって、密かに告白する女子もいるって聞いていた。

 明るくてスポーツ万能な彼に似合うのは、優しくて健気で可愛い女の子。

だから、可愛気のない私なんて絶対に好きになってもらえないって思っていたのに。


 放課後、誰もいなくなった教室。

 私はカーテンにくるまって、再びため息をこぼす。何となく一人になりたい時は、いつもこうしている。菊地さんも田岡さんも、このことは知らない。

「両想いがこんなに苦しいなんて、想像もしなかったよ……」

 好きな人に好きって言ってもらえたことはすごく嬉しいんだけど、根っからの天邪鬼な性格が災いして、磯崎君が隣にいると胸が苦しくてたまらない。

 私たちの関係は変わってしまったのに、私自身は何も変わっていないのだ。

 優しい笑顔を向けられて。甘い声で名前を呼ばれて。

 同じ身長のくせにちゃんと男の子の彼に抱きしめられると、もう、心臓が口から飛び出してどこかに行っちゃうんじゃないかって、本気で心配する毎日。 

 私の胸に溢れるほど詰まっている『好き』という気持ちを言葉にしたら、この苦しさが少しは減るのだろうか。

「素直に甘えられたら、もうちょっと楽になれるのかなぁ……」

 そんな事を呟いてみるが、どうしたって自分には無理だ。

「うぅ、どうしたらいいんだろう」

 私はズルズルとしゃがみ込み、その場に膝を抱えて座る。

 教室のカーテンはかなり丈があるので、こうして座っても私の体がすっぽり隠れてしまう。一見しただけでは、そこに人がいるかどうか分からないだろう。

 私がもう一度ため息を吐いた時、こちらに向かって走ってくる足音が聞こえてきた。

 廊下を走ったらいけないのに、その人は全速力に近いスピードでやってくる。


――どうしたんだろ。忘れ物でもした人がいるのかな?


 カーテンに隠れている私が近づく足音に耳を傾けていると、突然、その音がこちらに向かってきた。そして、私がくるまっているカーテンをやってきた誰かが強引に開いてしまった。

「きゃっ」

 ビックリして声を上げると、その人はカーテンで周囲をサッと覆う。そしてギュッと抱きついてきて、髪に頬ずりまでしてきた。

「な、な、なに⁉」

 ひっくり返った声を出すと、更に抱き締められ、

「波那」

 と優しい声で名前を呼ばれた。

 私の事をこんな声で呼ぶのは一人だけだ。

「……磯崎君?」

 恐る恐る顔を上げると、額にうっすらと汗をかいた彼と目が合った。

「どうしたの?バスケ部の見学は?」

「今日は顧問の先生の都合で、急きょ練習は無くなったんだ。だから波那と一緒に帰ろうとしたんだけど、波那の姿はどこにもないから。すっげぇ焦って、校舎中を探しまくってたところ。このカーテンは盲点だったぁ」

 はぁ、と大きく息を吐いた磯崎君は、私の頭にほっぺをくっつけてクッタリと軽くもたれかかってくる。

「な、なんで、そんなに必死になって、私を探してたのよ?見学しないなら、帰ればよかったのに」

 わざわざ探してくれたことは嬉しいのに、やっぱり私は素直じゃない。だって、心臓がドキドキしすぎちゃって、素直になることなんてすっかり頭の中から消え去ってしまったのだ。

「も、もう、放して!誰かに見られたら困るでしょ!」

 彼の腕の中から抜け出そうともがいてみるが、悔しいことに、腕力ではちっとも敵わない。

 それでも往生際悪く磯崎君の胸や肩を押してみるんだけど、これがちっとも動かない。同じ身長なのに、こういう所がやっぱり男の子なのだ。

 うー、うーと悔しげに唸りながら磯崎君を突っぱねようとしている私を見て、彼はクスリと笑う。

「先生以外になら、誰に見られてもいいよ。波那が俺の彼女だってこと、もっと、もっと、広めなくちゃ」

 そう言った彼は、私のおでこにチュッとキスをする。

 とたんに、私の動きが止まった。

 ぎょっと目を大きくした私の顏のすぐそばに、磯崎君のかっこいい顔がある。突然キスされたことに驚いた私は、あんぐりと口を開けてその顔を見上げていた。

「可愛いなぁ、波那は。でも、そんなに無防備な顔をされると、襲いたくなるんだけどなぁ。……っていうか、襲うし」

 切れ長の瞳をやんわりと細めた磯崎君は、私の体に回した腕に一層力を込めて抱きしめると、静かに顔を寄せてくる。

 そして、今度は唇にチュッとキスをした。

「大人しい波那、すげぇ可愛い。このまま持って帰りたい」

 目元を細めた彼が楽しそうにそう囁き、何度も何度もキスをしてくる。

 あまりのことに呆然としたままの私は、抵抗することを忘れてされるがままになっていた。

 が、何度もキスをされれば、さすがに私も我に返る。

「ば、ばか!やめてよ!」

 火を噴くほどに顔を赤らめ、私はグイグイと磯崎君を押しやった。

 なのに。

「やだよ。照れる波那も、すげぇ可愛いんだもん」

 今度は私の両手首をがっしりと掴んで動きを封じ、俯く私の唇を掬い上げるようにしてキス。おまけに、また優しい声で囁いてくる。

「波奈、可愛い。好きだよ」

 磯崎君はずるい。

 こうして私の事を簡単に抱きしめて、キスをして。そして、私の名前をいともあっさりと口にして。

 私はいまだに『磯崎君』としか呼べないのに。

「も、もう、やめてってば!」

 私の体を壁に押し付けてさらに自由を奪ってきた磯崎君は、こっちの言葉などお構いなしにキスを仕掛けてくる。

「こんな可愛い波那を見たら、やめられるはずないだろ」


――そんな勝手な理由、知るもんか!


「いい加減にやめてってば!こういう所を見られたら、本気でマズいって!」

「大丈夫だよ、カーテンに隠れてるし」

「で、でも、誰かに私たちの話し声が聞かれたら!」

「騒いでるのは波那だけだよ。だから、波那が大人しくすれば、誰にも見つからないんじゃないかな」

 ニッコリ笑う磯崎君をジロッと睨み付ける。

「誰のせいで、私がこんなに騒いでいると思ってんのよ!」

 声のボリュームを落として言えば、

「え~。そんなの、可愛い波那のせいでしょ。おかげで、俺の理性がどこかに行っちゃったよ」

 悪びれもせずに言い返された。

「磯ざっ!」

 思わず叫びそうになったところを、すかさず彼が唇で塞いでくる。

「こら、そんなに大きな声を出したらダメだろ」

 ニンマリ笑う彼を、精いっぱいの目力を込めて睨み付けた。


――だから、悪いのは私じゃなくて、そっちでしょうが!


 腹が立って、それ以上に恥ずかしくて、目の奥が熱くなる。

「もう、もう、なんなのよ……」

 ポツリと言えば、涙もポロリと零れた。いったん溢れた涙は止めることが出来ず、ポロポロとほっぺを伝い落ちる。

 やり過ぎたと思ったのか、磯崎君が意地悪そうな笑顔を引っ込めて優しく抱きしめてくる。

「泣いてる波那もメチャクチャ可愛いけど、泣かないでよ」

「い、磯崎君の、ばか……」

「ごめん。寂しくて、つい、いじめちゃった。本当にごめん、泣かせるつもりはなかったんだ」

「な、何が、さみ、しいの、よ……?」

 ヒクヒクとしゃくりあげながら訊けば、

「だって、波那はいつまで経っても俺の事を“磯崎君”って呼ぶから。俺はちゃんと波那って呼んでるのにさ」

 と言われた。

「べ、別に、呼び方なんて、なんだって、いいでしょ?」

 ついぶっきらぼうに言えば、ギュッと強く抱きしめられた。

「よくない。俺、彼氏なのに、いつまでも名字で呼ばれるのは寂しいよ」

 泣いている私を宥めようと、磯崎君がゆっくりと私の髪を撫でている。

「ごめんね、波那。もう、意地悪しないから、俺の名前を呼んで」

 私は指先で涙を拭い、彼に尋ねた。

「本当に意地悪しない?」

「しない」

 すぐさま返事をする磯崎君。

「本当に本当?」

「うん、本当。だから、お願い、波那……」

 疑り深く訊きかえせば、私の名前をあんまり切ない声で呼ぶから。それに、磯崎君には、そんな悲しい声を出してほしくないから。

 深呼吸を何度も繰り返した私は、彼の胸にコツンとおでこをつけて


「……千里くん」


 と、呼んだ。


 とたんに、骨が折れるんじゃないかってくらいにきつく抱き寄せられる。

「波那が俺の名前呼んだ!うっわ、すげぇ嬉しい!すっげぇ、幸せ!」

「い、痛い!痛いよ、磯崎君!放して!」

 彼の胸をドンドン叩いて抗議すれば、

「磯崎君ってまた呼んだな!」

 そう言って、彼が私の事をギュウギュウ抱き締めてくる。

「も、もう、本当に痛いってば!」

 渾身の力で彼の胸を叩き、どうにか脱出する。すかさず背後の壁に縋り付いて睨み付けると、彼も私を軽く睨み付けてきた。

「なんで呼び方が名字に戻ってんの?」

「とっさにそう呼んじゃったんだもん!」

 壁にぺったりくっついてへたり込んでいる私を、立ち膝の彼が上から見下ろす。

「だったら、慣れるまでなおさら呼んでもらわないと」


――あれ?この展開、ついこの前もあったような……。


 ビクビクして見上げていると、膝で歩く彼がジリジリと私に近づいてくる。そして、私を取り囲むように両腕を壁に付いた。

 徐々に体を前に倒して顏を使づけてきた彼が、

「さぁ、波那。呼んで」

 と、静かに促す。

 こんな恥ずかしい状況で言える訳ないと顔を背ければ、彼の右手が私の顎を捉えて無理やり上に向かせた。

「ほら、早く。呼んでくれないと、またキスしちゃうよ」

 ジワジワと距離を詰められ、バクバクと心臓が暴れだす。

 鼻先が触れ合うほど顔が近づいたその時、覚悟を決めて、

「千里君!」

 と呼んだ。とてつもなく真っ赤な顔で。

 すると、彼はこれ以上近づいてくるのをやめてくれた。ふう、やれやれだ。

 

 ……と、安心したのもつかの間。


「真っ赤な顔で俺の名前を呼ぶ波那って、もう、めっちゃくちゃ可愛い!やべぇ、キスしたい!」

「え⁉う、嘘でしょ……、んっ」


 結局、私は彼にキスをされてしまったのだった。



 変わらないようでいて、それでも、私たちの関係は少しずつ変わっていっているようだ。


●磯崎君、波奈ちゃんが好きすぎて、ちょっと暴走気味でしたね。

波奈ちゃんの事は何よりも大切なのですが、まだ高校一年生ということで、彼は自分を抑えきれず(苦笑)



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