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22/22

エピローグ:放送後 ― NHKディレクター

 放送が終わって、まだ2時間も経っていなかった。

 番組サーバーのアクセスカウントが異常値を示していた。

 NHK『プロフェッショナリズム ― 仕事の流儀:一ノ瀬直也という現象』。

 予定視聴率を大幅に超過。

 しかもオンライン視聴の方は再生率が落ちない。

 落ちないどころか、通常は中盤までで視聴者の半数が離脱するのに、逆に中盤からむしろ跳ね上がっている。


 “例のシーン”だ。


 ――夜の食卓。

 彼を迎える少女。

 ただそれだけの画。

 ドキュメンタリーとしては、演出上もっとも「何も起きていない」場面。

 そしてラストシーンで再び登場。

 そこからSNSのログが一気に爆発した。


> 「あの子、誰? 義妹って言ってたけど信じられない」

> 「これが“家族の理想形”かもしれない」

> 「GAIALINQは素晴らしい。でもあの義妹はもっと素晴らしい」

> 「この二人を見てるだけで泣けた」

> 「天使って、いたんだね」


 視聴者アンケートのコメント欄は、

 “AI” “地熱” “エネルギー政策” よりも、“食卓” “抱擁” “家族” “義妹” の単語で埋まっていた。

 まるで社会問題よりも、人間そのものを見つめ直したかのように。


 正直、複雑だった。

 オレたちは「仕事の流儀」を撮ったはずだ。

 そしてそれを「現象」として編集したはずだ。

 AIビジネスの最前線、地熱発電の再生エネルギー、地域振興、官民連携、共創モデル。

 どれも取材班が血の滲むような努力で掘り下げたテーマだ。

 なのに今、視聴者の話題は「義妹」。

 しかも、“可愛い” とか “守りたい” とか、“天使” とか。


 ……だけど、分かってしまう。


 あの瞬間、カメラの前で彼は “ビジネスマン” ではなかった。

 全てを背負う人間が、やっと “帰る” 表情をした。

 その相手が、ただ一人の “家族” ――あの少女だった。

 そこに理屈は要らない。

 人間の “根っこ” が映っていた。


 編集を担当した仲間が言った。

> 「あの中盤の三分があって、彼の最後のフレーズがあまりにも美しく響いてしまった。そしてあのラストシーンの笑顔と抱擁で、彼の “プロフェッショナリズム” が完成したんですよ」


 つまり――働くことの意味は、

 誰かの笑顔を守る為で、

 その誰かの「おかえりなさい」で初めて完成する。

 そういうメッセージが、無言のまま届いたのだ。


 報道系のコンテンツとしては、想定外だ。

 でも、ドキュメンタリーとしては、完璧だった。


 いや、もう良いよ。

 分かっている。

 完璧に失敗しているよ、このコンテンツは。

 一ノ瀬直也は「現象」なんかじゃねーんだよ。

 最初はオレも良く考えたタイトルだと思ったよ。

 でも結局一番大きく間違っているのがこのタイトルだ。


 翌朝、広報部に大量の問い合わせメールが届いた。

「一ノ瀬COOのご家族について詳しく知りたい」

「再放送希望」

「食卓のシーンとラストシーンだけ切り出してほしい」

 ――そんな要望まであった。


 NHKの内では軽く炎上していた。

「職業ドキュメンタリーに家庭的演出を入れるのはどうなのか」

「そもそも個人情報保護の観点から問題ないのか」

「NHKらしさが薄れた」

「倫理ガイドラインに抵触しないか?」


 しかし、数字は正直だった。

 SNSトレンド、同時接続数、アーカイブ再生。

 どれも過去最高の数字になってしまった。

 NHKアーカイブの新規申し込み件数が過去最高に伸びているんだぜ。

 その全てが、“現象” という言葉を裏付けてしまっていた。

 でも断じてあれは “現象” として捉えたらダメなんだよ。


 オレは机の上に置かれたタブレットを見つめた。

 あのラスト一コマ。


 一ノ瀬直也が、優しい声で「ただいま」と呟く。

 一ノ瀬保奈美――美貌の義妹が出迎えて、「おかえりなさい」と言って抱擁し、微笑む。


 その瞬間、撮影現場にいた全員が息をのんだ。

 照明も、カメラも、空気さえも動かなかった。

 ――あの “静寂” こそ、ドキュメンタリーの理想だ。


 モニターの光の中で、

 オレは小さく笑ってしまった。


「……結局、人間の“仕事”って、こういうことなんだよな。」


 GAIALINQでも、地熱発電でもAIでもない。

 人が生きて、帰る場所を持つということ。

 その一瞬の真実が、全部の理屈を超えてしまった。


 だからこの番組は、失敗だけれども成功だ。

 ――報道でも、恋愛でもない。

 ただ「一人の人間の本当の原点」をほんの一コマ美しく記録しただけ。


 それが、“一ノ瀬直也という現象” の本当の意味だった。


 ……とはいえ、反響は余りにも大きすぎた。

 そしてバカなプロデューサーは絶対悪ノリするんだよ。

 その結果「一ノ瀬直也に長期密着取材を申し込め」という無茶苦茶なオーダーになった。

 今度はNスペで取り上げると息巻いている。


 相手は『神速』と言われている男だ。

 昔から触らぬ神に祟りなしっていうのに、バカだから何も分かっていないんだよな。

 『バカにつける薬なし』ってのは正しいぜ。


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