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15/22

視聴者2:鏡 侑里香

 夜更け。

 自室の照明を少し落として、机の上のノートパソコンだけを灯した。

 NHKの特集『プロフェッショナリズム ― 仕事の流儀:一ノ瀬直也という現象』。

 再生ボタンを押すと、低いギター音とともに、あの人の声が画面から溢れた。


 ……息を飲んだ。

 見慣れているはずの人なのに、レンズを通すだけで、まるで別の人物みたいに見える。


 サンフランシスコ空港からの帰国シーン。

 羽田の到着ロビー。

 淡々と指示を出す声。

 机に向かう背中。

 八幡平での現場。

 そのどれもが、私の知る “職場の上司” と同じでいて、同じじゃない。


 映像の中の彼は、いつもより少し静かで、少しだけ遠い。

 それでも、言葉の一つひとつが沁みてくる。


 ナレーションが「世界が注目する次世代エネルギー連携モデル」と言ったとき、心の奥でひそかに「そんな言葉、軽々しく使わないで」と呟いていた。

 世界を動かしているのは、直也さんによる途方もない努力の山――。

 私たちが必死になって積み上げてきた現実なのだから。


 グラタンの湯気、食器の音。

 そこに映る“家の灯り”。

 ナレーションではただ「家族」とだけ。

 でも、声を聞けば分かる。

 “直也さん” と呼ぶ、あの柔らかい響き。

 ――保奈美さん。


 胸の奥に冷たいものが走った。

 驚きじゃない。

 ただ、現実を突きつけられた感覚。

 あの人が “どこに還るか” を、映像で可視化されただけ。

 私がどんなに彼の言葉を追っても、

 その帰着点にあるのは、あの食卓の灯。

 いつか自分自身が彼にとっての、その帰着点になるためにも、私はまず、その外側で支える側にいなければならない。


 映像が切り替わる。

 松尾鉱山跡。

 夕暮れの風の中、RICO――莉子さんがステージの位置を指している。

 あの細い腕が風に揺れるたびに、直也さんがそれを確認する視線の温度が、なぜかこちらにまで伝わってきた。


 あの二人の間には、もう言葉がいらない。

 彼女は音で語る。

 彼は構想で応える。

 職業も年齢も違うのに、理想の座標が完全に一致している。

 それを見た瞬間、胸の奥の何かがきゅっと収縮した。


 直也さんが「祈り」という言葉を口にした。

 いつもなら絶対に使わない言葉。

 ロジックで物語る筈の人が、あの瞬間だけは詩人のようだった。

 その声に莉子が頷いたとき、風の音が一瞬だけ止んだように感じた。


 彼の “現象” は、もはや仕事の領域を超えている。

 誰かの人生を、静かに変えていく。

 たぶん莉子もその一人。

 ……そして私自身もそうだ。


 でも番組の終盤で唐突にそのフレーズが舞い込んだ。

 

――自分以外の“守るべき誰かの笑顔”が必要になる――。


 そしてその「誰か」が誰なのかを示唆するようなラストシーン……。

 気づけば、画面を見つめながら涙が滲んでいた。

 自分でも、理由は分からない。

 感動しただけではない。

 嫉妬というのとは全然違う。

 ただ、彼の理想の中心にある “原点” を直に見せられて、自分がまだまだその輪の外側に立っていることを実感しただけ。


 でも――全然それで構わない。

 彼を理想の実現を支えるのが私の仕事。

 彼の理想が崩れないように、地面を均していくのが私の役目。

 あの人の未来に、必ず自分が寄り添えるようになる。

 そう信じて――。


 GAIALINQという “舞台” を守り続けるのは誰よりもまず私自身でなければ。

 そうでなければ、彼にとっての “守るべき笑顔” の当事者になんか、絶対になれない。

 なる資格すらない。

 そして私にはその資格を得る事ができる筈だ。


 モニターの光がゆっくりと消えていく。

 画面に映った自分の顔は、少しだけ強くなっていた。


 「……よし。」


 小さく呟いて、パソコンを閉じた。

 夜の窓に、街の灯がぼんやりと滲んでいる。

 その光の向こうに――

 まだ働いている誰かの姿が見えた気がした。


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