第12パート:夜の大手町 ― インタビュー
■放送本編:
夜十一時。
世界最大の総合商社五井物産の本社ビルが大手町にある。
その一角、昼間の喧騒が嘘のように静まり返ったGAIALINQプロジェクトフロアに、ひとつだけ灯りがともっていた。
ガラス越しに見える東京の夜景。
窓際の会議室に、一ノ瀬直也が座っている。
背後の摩天楼の光が、輪郭を淡く縁取る。
カメラがゆっくり寄る。
テーブルの上には、冷めたコーヒーカップと開かれたノートPC。
照明は一点、彼の表情だけを照らしていた。
沈黙。
マイクが、呼吸の音を拾う。
インタビュアーの声。
「――一ノ瀬さんにとって、“プロフェッショナリズム” とは?」
ほんの一瞬、視線が宙を泳ぐ。
そして静かに、彼が口を開く。
「理想や夢を掲げて生きていくためには、それに伴って何かを選択する必要があり、時にはそのために、何かを喪失する事もあります。
――そうした痛みへの覚悟が常に求められてしまうのも、また現実というものでしょうね……。
それでも、その理想や夢を自分なりに掲げて、その実現に少しでも近づくために必死に目の前の現実と対峙し、少しでも前に進もうとする。
そして、そのための手段を持ち、ずっと持ち続けようと努めることが、おそらくプロフェッショナルが本来抱くべき “イズム” なのでしょう。
でも、それを続けるためには、“自分自身のため” だけでは絶対不足する。
足らないんですよ……。
きっと、自分以外の “守るべき誰かの笑顔” が必要になるんです……。
自分の心の奥底に、その “守るべき誰かの笑顔” を絶やす事なく抱き続けて、必死に自らを鼓舞しながら前に進んでいくしかない。
……まあ、それが、私自身にとっての “プロフェッショナリズム” だと思います。」
言葉の最後に、わずかな間。
照明が微かに揺れ、彼の瞳に夜の街の光が反射する。
音楽がゆっくりと立ち上がる。
スガシカオ『Progress』(イントロ〜エンド)
■ナレーション:
理想を思い描き、人々に物語り、そして立ちはだかる厳しい現実を動かす。
自分以外の “守るべき誰かの笑顔” のために、理想と現実の狭間に立ち続ける男――一ノ瀬直也。
彼は今日も、止まらない。
世界を、未来を、少しでも “良いところ” にするために。
■放送本編
夜11時半。
東京の一戸建て住宅で玄関のドアが開く音が、静かに響く。
「……ただいま。保奈美。遅くなってゴメンね」
一ノ瀬直也が玄関に入ると、義妹が抱きついている。
「よかった何もなくて……直也さん。おかえりなさい。」
「心配させちゃったか。ゴメンね、本当に……」
「いいの。帰ってきてくれれば、もうそれだけでいいの…」
■ナレーション:
この日も深夜11時半にようやく帰宅した一ノ瀬直也。
その彼を自宅玄関で迎え入れる義妹。
そこには労りに満ちた優しい笑顔があった。
「♪ あと一歩だけ前に進もう……」
■ナレーション:
仕事の流儀――一ノ瀬直也 GAIALINQ最高執行責任者。
テロップが静かに浮かび上がる。
Progress のギターがフェードアウトしていく。
《PROFESSIONALISM: THE STYLE OF NAOYA ICHINOSE》
――The End.
■ディレクター内省:
……全部の編集を終えた。
でも、完パケが出来たと分かっていても、しばらく誰も動けなかった。
コイツ、言葉の一つひとつが “台本を拒絶する” 。
打ち合わせで用意してた質問、結局ほとんど使えなかった。
「理想」と「手段」。
たったそれだけの構文で、この国の空気まで変えてしまうモンスターかと思っていたが、最後の最後にとんでもないフレーズが飛び出した。
――自分以外の “守るべき誰かの笑顔” が必要になる――。
そしてラストシーンでまたあの義妹の抱擁と笑顔だ。
おいおい……。
編集スタッフが皆涙ぐんでいるじゃねーかよ…。
どーしてくれるんだよ。
編集している当事者をみんな感動させてどーすんだよ。
ふざけるんじゃねーよ……。
涙を拭った編集席でスタッフが呟いた。
「……なんか、ヒーロー不在の時代の筈なのに、“本物のヒーロー” が見えた気がしますね。」
その言葉に誰も返さなかった。
返す言葉がなかったんだ。
オレたちは、“現象” を撮ったつもりだった。
でも何か違うんじゃねーのか?
何か根本的に間違っているんじゃねーのか?
コイツが抱えている、もっと本質的なもの。
――痛みとか哀しみがこの映像には全然投影できていねーよ。
コレじゃあ全然ダメだろ。
そして気づいた。
この番組は――きっと “終わり” じゃなくて、“始まり” だってことだ。




