源氏名は『セナ』♪
無難に派遣の仕事を終え、金曜日の夜。
私は在籍している西麻布の隠れ家的会員制ラウンジへと向かう。
ここは私服OK、ヘアセット不要。キャバクラのような仰々しさとも違う、独特の緩さが肌に合う。
二十一時の出勤直後。店内は驚くほど静かだった。
週末だし、ラウンジの客はアフター狙いが多い。早い時間帯は、嵐の前の静けさ――要するに、暇なのだ。
「セナさん! 今日店長のお客様がVIPで来るから着いてね」
『セナ』。お店で使う私の源氏名。
「はーい、了解です♪」
店長の言葉通り、私は待機席でスマホをいじる。
時給は日払い、バックは週払い。送りがあるから終電は気にしなくていい。
条件は最高。……ただ、高級店ゆえに基本が『個室』なのが唯一のぴえんポイント。
そして――二十三時を過ぎたあたりから、店の空気が一変した。
「セナちゃん、VIP個室! 三名様。かなり出来上がってるから気をつけて」
来た。アフターを餌に、あわよくば『お持ち帰り』を狙う男たちの、どす黒い欲望が店内に充満し始める。
二十四時過ぎ。ここからがサキュバス(私)のゴールデンタイムだ。
個室の重い扉を開けると、高級シャンパンの香りと、隠しきれない下心が充満していた。
そこにいたのは、二次会、三次会を経て理性のタガが外れたIT系の若手社長たち。
「おっ、いい子来た。ねぇ、この後空いてる? アフター行けるよね?」
挨拶もそこそこに、値踏みするように肩に回される腕。
個室という密室で、ねちっこく、しかし大胆に距離を詰めてくる。
(……ふぅん。アフター狙いの執着心。これは……かなり『濃い』わね)
「はじめまして♪ アフターですかぁ? 嬉しいですけど誘うの早くないですか? ふふふ、私を連れ出すの、結構高いですよ?」
私はあえて男の胸元に指先を滑らせ、魔力を一気に流し込む。
権能――【虚栄の暴走】。
「イケメンだし、無理に連れ出さなくてもフィーリング合えば♡ とりあえずカンパーイ♪♪」
深夜特有のハイテンション。そこに魔力を乗せれば、男たちの自制心は簡単に吹き飛ぶ。
「……ハッ、そうか! おい、とりあえずシャンパン! アフターなんてケチなこと言わねぇよ!」
暗示にかかった男たちは、競い合うようにボトルを抜き、自分の成功譚を語り始めた。
個室は、誰の目も気にせず彼らが『全能感』に浸るための聖域へと変わる。
私はその中心で、彼らから溢れ出す『特濃のエゴ』を、至高のデザートとしてドレインしていく。
一時間後。
満足げに(洗脳されたとも気づかず)フラフラと帰っていく男たち。
アフター? 行くわけないじゃない。彼らは今、脳内で私と最高の夜を過ごしたつもりになっているのだから。
私はバックの額を計算しながら、迎えの車に乗り込んだ。
「お疲れ様でしたー」
深夜三時の西麻布。
家近くのコンビニで車を降ろしてもらい、新作のスイーツを買い込む。
ふふふ。
次は、どの毒を喰らってあげようかしら。




