表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
曹操軍の雑務係、気づけば天下統一に貢献していました  作者: 水原伊織


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/53

第四十六話 灰の中の再算

内乱の炎が鎮まった翌朝。

本営を包んでいたのは重苦しい沈黙だった。


昨夜の「鋼の軍勢」による反乱は、

公式には「小規模な略奪者の侵入」として処理された。


曹一族の闇を公にするわけにはいかない、曹操の冷徹な判断だ。


峻は、焦げ臭い匂いが残る補給部の一角で、独り机に向かっていた。



目の前にあるのは、山積みになった「被害報告書」と、曹仁の残党から押収した「裏帳簿」だ。


(……欠落は、想像以上に深い)


峻は筆を置き、こめかみを押さえた。


曹仁が横流しし、袁紹軍の資金と入れ替えた物資の総量は、軍全体の三ヶ月分に達する。


これだけの穴を抱えたままでは、次の遠征はおろか、現状の維持すら危うい。


「……ため息をついても、数字は増えないぞ」


聞き慣れた軽い声。


振り返ると、郭嘉が酒瓶を抱え、ひょいと机の端に腰掛けた。

顔には隠しきれない疲労の色があるが、その瞳は相変わらず鋭い。


「郭嘉殿。……笑い事ではありません。軍の胃袋に、巨大な穴が開いています」


「分かっているさ。だからこそ、主公(曹操)はお前にこう仰っている」


郭嘉は、懐から紅い封蝋のされた書状を放り投げた。


「『奪われた三ヶ月分を、一ヶ月で埋めろ』だとよ」


峻は思わず、虚空を仰いだ。


「……物理的に不可能です。民から徴発すれば反乱が起き、

他から買おうにも盧景ろけいが逃げた今、まともな商路が残っていません」


「だから、お前の出番なんだろう?」


郭嘉はニヤリと笑い、峻の耳元で囁いた。


「いいか、峻。表の商路が死んだなら、『死んでいるはずの数字』を蘇らせればいい」


峻は、ハッとして郭嘉を見た。


「……まさか、曹仁将軍が隠匿していた『私産』ですか」


「当たりだ。あいつは一族の名を利用して、

各地の豪族から相当な額を『管理費』の名目で巻き上げていた。

その記録が、お前の手元にあるその裏帳簿だ」


峻は、慌てて押収された帳簿を開き直した。


そこには、曹仁が自らの軍資金として蓄えていた、

正規のルートには載っていない莫大な資産の断片が記されていた。


(……これを、正規の補給費として『洗浄』して組み込むのか)


それは、かつて盧景が行っていた資金ロンダリングの逆転現象だ。


不正な金を、正当な軍費へと書き換える。


事務屋としての倫理と、軍の存続という天秤。


「……郭嘉殿」


峻は、静かに筆を握り直した。


「一つ、条件があります」


「ほう、なんだ?」


「この洗浄作業に、韓恢かんかいを協力させてください。

彼はまだ捕らえられていますが、裏の物流に関しては、私よりも現場を知っています」


郭嘉は、酒を飲み干し、豪快に笑った。


「毒を以て毒を制す、か。事務屋のくせに、随分と黒い算盤を弾くようになったな、峻」


「毒ではありません」


峻は、真っ白な新しい帳簿を広げた。


「これは、軍の『血』を入れ替えるための、必要な処置です」


峻の目は、もはや怯える小役人のものではなかった。


曹操が望んだ「軍の目」は、今、自らの意思で乱世の歪みを書き換えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ