表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
曹操軍の雑務係、気づけば天下統一に貢献していました  作者: 水原伊織


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/55

第二十八話 帰還報告

夜はすでに落ちていた。

本営の灯火が遠くに揺れる。


峻は歩いていた。

走らない。

疲労は限界に近いが、速度を落とす。


(息を整える)


報告は戦だ。

乱れた呼吸は、乱れた証言になる。


門衛が槍を交差させた。


「止まれ。所属と名を」


「補給部付属、峻。偵察帰還」


声は平坦。

感情を削る。

門衛が顔を上げ、目を細めた。


「……生きて戻ったのか」


小さな驚き。

噂は先に帰っているらしい。


(情報は既に動いている)


天幕へ通される。

中央幕舎。


参謀たちの影が灯りに揺れていた。

中に入った瞬間、視線が集まる。


数は六人。


文官三、武官二、そして、奥に座る男。


夏侯惇。

片目の将は腕を組んだまま言った。


「遅かったな」


責める声ではない。


測る声。

峻は膝をつく。


「報告します」


沈黙。

誰も促さない。


(試されている)


どこから話すか。


何を削るか。


峻は選ぶ。


「商隊に接触。敵性可能性あり」


最低限から始める。


事実のみ。


解釈は後。


「規律あり。武装統制あり。即応指揮を確認」


参謀の一人が筆を走らせる。


「規模は?」


「護衛十五前後。弓兵含む」


「指揮官は?」


一瞬。


峻は息を止める。


(ここだ)


盧景。


名を出せば波が立つ。

出さなければ、嘘になる。


「名は不明。ただし――」


言葉を選ぶ。


「高度な判断能力を持つ人物を確認」


夏侯惇の眉がわずかに動く。


「交戦したか」


「いいえ」


嘘ではない。

戦ってはいない。


「逃走を許された形で離脱」


室内の空気が変わる。


筆が止まる。


疑念。

当然だ。


武官が口を開く。


「許された、だと?」


峻は顔を上げない。


「追跡を受けました」


間を置く。


「その後、相手側判断で中止」


完全な事実。

だが理由は語らない。


参謀が低く言う。


「なぜ生かされた」


(核心)


峻は答える。


「…見せるために、生かされました」


沈黙。


夏侯惇が口を開いた。


「……お前の判断は?」


来た。

これは報告ではない。

分析要求。


峻はゆっくり言葉を組む。


「敵は情報を求めています、我々の規模、補給、反応速度を」


視線が集まる。


「殺すより、帰した方が得るものがあると判断した可能性があります」


参謀たちが互いに目を合わせる。

否定できない理屈。


夏侯惇が短く笑った。


「つまり、お前は餌か」

「はい」


即答。

ざわめきが走る。


「ならば聞く」


夏侯惇の声が低くなる。


「お前は何を持ち帰った」


峻は懐に手を入れ、紙片を取り出す。


補給官の印。

机に置いた。


「敵は補給線を見ています、そして」


一拍。


「我々の内部連携の遅さも」


空気が凍る。

参謀の一人が鋭く言った。


「根拠は」


「追跡指示が正確すぎます」


峻は続ける。


「こちらの行動予測を把握している動きでした」


つまり、内部情報漏洩の可能性がある。


誰も声を出さない。


灯火が揺れる音だけが響く。


----


夏侯惇がゆっくり立ち上がった。


峻の前で止まる。


「……面白い報告だ」


片目が真っ直ぐに射抜く。


「では逆に問う」


静かな声。


「お前は、誰を疑う?」


答えれば敵を作る。

黙れば無能。


峻は数秒考えた。

そして言った。


「人ではなく、仕組みを疑います」


参謀たちが顔を上げる。


「情報が集まりすぎていますし、閲覧範囲が広すぎる」

「意図せず漏れる構造です」


個人を責めない。


だが問題は提示する。


長い沈黙。


やがて、夏侯惇が笑った。


「なるほど。敵を作らぬ言い方だ」


だが目は笑っていない。


「今日の報告はここまでだ」


峻は頭を下げる。


「はっ」


退出の許可。


立ち上がる。


背を向けた瞬間。


夏侯惇の声が飛んだ。


「峻」


足が止まる。


「次からは護衛を付ける」


「護衛?」


「味方に殺されぬようにな」


----


幕舎の外。


夜気が冷たい。


峻はゆっくり息を吐いた。


(戦場は外だけじゃない)


灯りの並ぶ本営を見渡す。


兵。

将。

文官。

影。


どこに敵がいるか分からない。


手の中の紙片を握り直す。


逃走は終わった。


だが――

情報の戦は、今始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ