「さあ、先ずは生意気な貴方達におしおきです」
扉を開けた瞬間に、ネイラが跳躍する。扉を開けて何かを言おうとする奴隷商人――とは逆の壁に向かって。
ネイラは逆の壁を蹴り、扉に立つ商人の方を睨んだ。
「我が名はディアネイラ・ソリシア・オルゴポリス! 人を攫い私腹を肥やす悪党ども! 正義の怒りを知れ! 三ッ角ッ――!」
壁から承認までの距離は10mほど。常識的に考えて届くはずがない。<打撃格闘>のスキルを用いても攻撃の飛距離が増すわけではない。だが――
「キーックッ!」
叫ぶと同時にネイラは跳ぶ。壁を蹴り、商人が立つその場所に。ありえない距離だと思われた飛び蹴りは、予想に反して十分な速度と威力をもって商人に迫る。
「エルフ爆弾、突撃ー!」
その理由は、ネイラの身体に括りつけられた目に見えない細い糸。クーが巻き付けたそれがネイラを加速させ、ありえない距離をあり得る距離にしていた。扉に立つ商人にそれを避ける術はない――
「無駄ですよ。『隷属の首輪』の呪いはたとえ攻撃であっても適応されます。『ここから出るな』という命令がある限り、部屋の外へ飛びかかっての攻撃はできません」
商人の言う通りだった。どれだけ加速しようとも、『扉の外に居る』商人に攻撃を当てようという攻撃はできない。魂に刻まれた命令は心に作用して、ネイラの蹴りは扉近くの壁を蹴るにとどまる。
「じゃあこの部屋がなければいいのね!」
笑みを浮かべるクー。
ネイラを飛ばした手とは逆の手。そこにも目に見えない糸が張り巡らせていた。部屋の壁に繋がる糸は、クーの指先の動きで引っ張られる。ミシミシと音を立てて壁が剥離し、崩れ落ちていく――が、
「げっふぉげほ! ふふふ、簡単に壊れるような部屋ではありませんよ」
崩れ落ちたのは壁の表面程度。壁の表面に塗り付けてあった漆喰が剥がれ、地面に落ちた程度だ。もうもうと部屋中に土煙が上がるが、壁が壊れるような様子はない。
「とはいえ、これ以上暴れられるのも厄介ですね。『抵抗するな』」
奴隷商人の命令は首輪を通して女性達に伝わる。これ以降、奴隷商人に逆らおうとする行為は行えなくなる。曖昧であるがゆえに適応範囲は広い。これにより何をされても逆らえず、口答えさえできなくなるだろう。
「さあ、先ずは生意気な貴方達におしおきです。なぁに、殺しはしませんよ。むしろ極上の快らk――ほぐぁ!」
抵抗できないネイラに向かった商人の股間に、鋭い蹴りが叩き込まれる。
「な、何故だ!? 首輪をつけたお前達が抵抗できるはずが――」
「首輪だぁ? んなもん、とっくに破壊済みだ!」
「はろはろー。抵抗できない女と思って反撃された気分はどう? さげぽよ?」
驚きの表情で商人達はネイラとクーを見る。
ネイラの手には破壊された首輪。まるで力技で引きちぎったかのような壊れ方をしていた。
対しクーは首輪を指で回し、遊んでいた。首輪には傷一つついていない。服を脱ぐように首輪を抜いたかのようだった。
――時間はわずかに遡る。
「あー、カブトムシ無事だったんだ」
「ああ。流石に武器とは思わなかったんだろうな。オレは【第二の誓い】を使って<怪力>スキルを得れば首輪を引きちぎれる。蜘蛛女はどうだ?」
「んー。あーしも<変身>で蜘蛛になったら抜けれるかな。問題は――」
「人目か。じゃあオレだけで――」
「いや、命令されたら終わりなんだから一人で特攻マジ禁止。とにかくわちゃわちゃして混乱させないと」
「む、蜘蛛のくせにまともなことを……となると蜘蛛女の首輪外す為の陽動が必要だな。初手で派手に暴れるか。ばーんでどどーんでごがらしゃーな感じで」
「何それ大雑把。あと最初とあまり変わらなくない? 結局アンタ暴れるだけじゃない?」
「じゃあお前具体的にどうするか計画立ててみろよ」
「……えーと……ほら、何とかなるわよ」
「オッケー。それじゃ、扉が開いたら特攻だ。合わせろよ」
ネイラは最初の段階で名乗りを上げて【第二の誓い】を発動させ<怪力>のスキルを得て首輪を引きちぎった。
クーは壁を壊して土煙をあげて視界を奪った隙をついて<変身>で蜘蛛になり、首輪を外してすぐに人間形態に戻ったのだ。
「ありえない! あの首輪は<怪力>Aランクの魔物すら壊せない物なのに!」
「それ以前にあの女は何処に糸を隠し持っていたんだ!? ボディチェックは完璧だったはず……!」
「ふっふっふ。どうやら私の出番のようですね」
混乱する奴隷商人の部下の中から、一人の男が現れる。
クーとネイラは見覚えがあった。控室に入って来てクーたちを眠らせた魔術師だ。
魔術師の立ち位置は近接攻撃しかできないネイラからは一足飛びで迫るには遠い。となれば警戒すべきは糸使い。魔術師の意識はクーに7、ネイラに3の割合で向けられていた。同時に魔力を練り上げ、眠り魔法の準備に入る。
ネイラは走り出し、クーは糸を紡ぎ、呪文が唱えられる。実際には一秒にも満たない主導権争い。それを制したのは――
(勝った‥…! このタイミングなら、あの拳は間に合わず、糸をこちらに絡めるよりもこちらの魔術の完成が早い! 絡めとられながらでも呪文を発動できる!)
クーが糸を放つのを視界に捕らえるが、それが魔術師に絡まるより早く眠りの魔法が完成する。
<範囲拡大><詠唱短縮>そして<睡眠属性特化>。スキル三つによる広範囲化と高速化と威力上昇の睡眠魔法。これこそが彼が裏社会で生きてこれた要だ。相手が女だからと油断などしない。最大最速の術技をもって仕留めるのみ。
『砂男の狂乱宴!』
決まった。部屋の中すべてを満たす眠りの魔力。これを浴びれば睡眠が必要な生物なら必ず眠る。あとは――
「やっほー」
声は、魔術師の真横から聞こえた。
睡眠魔法発動の瞬間、部屋の外に糸を飛ばして一気に移動したクーの声が。糸は魔術師に向かったのではない。その背後の柱に巻き付き、クーはそれを一気に巻き取るようにして一気に移動したのだ。
魔術師がそれを理解する間も与えぬうちに、クーの糸が展開される。今度は魔術師の<詠唱短縮>より早く。
「あーしの、勝ちっ!」
口元を封じて呪文を詠唱できなくなった魔術師を見下ろし、クーは手をあげて勝利宣言した。




