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「次に会ったら……その時は!」

 街の財務を取り扱う貴族オリル・ファーガスト。彼は仕事を終えて家に勝ってきた瞬間に、血の触手に絡み取られて地面に押し倒された。

 何が起きたかと混乱するファーガストを見下ろす女性。その姿に見覚えがあった。

 エンプーサ。地獄に住む夢魔。彼が契約した悪魔だ。


「騙したわね、ファーガスト」

「な、何のことですかエンプーサ!?」


 何のことだ? 全然理解できない。ファーガストは目を白黒させてエンプーサの怒りの声に応える。エンプーサを騙すようなことなど何一つしていない。知りうる情報はすべて渡し、便宜まで図ったのに。


「貴方がよこした冒険者。万年Eランク程度のザコだって話だったわよね」

「え、ええ。部下に調査させた情報です。冒険者ギルドからの書類でも確認してあります。先ず間違いないと――」

「はっ! ふざけないで。あれは神の祝福を受けた勇者ブレイブだったわ。貴方、私を殺すつもりだったの!」

「ぶぶぶぶぶ、勇者ブレイブ!? あ、ありえませぬ! 勇者ブレイブは世界に十二人しかいない。その全ては神殿に把握されております!」

「天空十二神の勇者じゃないわ。冥界を管理している天空神の弟。冥界神の祝福を受けた冥魔人プルトンよ! ザコだなんてとんでもないわ!」

「はぁ!? そ、そのような存在初めて聞きました! これは私の勉強不足……平に平にご容赦を!」

「……ふん、本当に知らなかったようね」


 顔を青ざめさせて謝罪するファーガスト。その様子を見て、エンプーサはファーガストが騙すつもりではなかったことを理解した。――騙すも何も本当にエリックは万年Eランクの冒険者なのだが。

 血の触手からファーガストを開放し、椅子に座る。エリック達との戦いで失った血液の影響か、体に力が入らない。怒りを何とか収め、冷静さを取り戻した。


「つまり、冒険者ギルドとやらは始めから貴方の目論見を見抜いていたという事になるわね。私がいると知って、相性抜群の冥界の勇者を差し向けた」

「ええ。ジャイアントマンティスと偽って依頼すれば、低能な冒険者を差し向けると思ったのですが……あのギルドマスターはただの成りあがった冒険者と思って侮りました」

「酷い男ね。冒険者が大きな顔をするのがそんなに気に入らない?」

「当たり前です。オータムは貴族と騎士が支配し護るべき。冒険者などがいるからそちらに金が回る。民は貴族や騎士に守られて、かねを払えばいいのです」


 ファーガストの意見は、貴族サイドの意見でもあった。

 街の税金は街で使用される道や壁、軍などにあてられる。周囲に危険な魔物がいる以上、それは当然の事だ。だがオータムは他の街に比べ、軍にかける税金はそれほど多くはない。

 その理由は、冒険者ギルドに在る。お金さえ積めばすぐに動いてくれる冒険者は、貴族の利権などが絡む騎士団よりもフットワークが早い。そう言った利点から貴族や騎士団は冒険者を疎んでいる者も多い。冒険者がいなければ民は自分達を頼らざるを得ず、その為に高い税を求めても文句を言われないからだ。

 ファーガストもそんな貴族の一人だ。邪魔な冒険者を消すためにエンプーサと契約し、町から離れた場所にある館の一つを彼女に渡した。そこへ依頼と言って冒険者を向かわせ、エンプーサに食べさせる。エンプーサも人間の血を効率よく得ることが出来るため、双方に利のある契約となったのだ。

 向かせる冒険者の情報は事前に伝え、エンプーサに不備がないように努めたつもりだったが……。


「あのエリックとか言う少年ガキは、蟲使いとか言う役立たずのジョブで、死んでも社会にはなんの損失もないはずでした。それが身分を謀るための偽装だったとは……」

「最初の奴らは上手くいったのに。傭兵崩れのフリー冒険者だったかしら?」

「強いだけのチンピラです。街で暴れるクズでした」

「私からすれば、人間の価値なんてみんな同じなんだけどね。……あの冥魔人プルトン以外は」

「どうされます? その男に復讐でもしますか? 資金援助なら――」

「間抜け。そんな事は向こうも予想しているわ。おそらくはファーガスト、貴方も何らかの形で監視されていると思った方がいいわね」

「っ、確かに! 分かりました。暫くはおとなしく過ごしましょう」

 

 言ってかしこまるファーガスト。エンプーサもしばらくは自然回復を待つしかないと舌打ちした。夢魔や吸血の力を使えば、そこから足がつきかねない。

 結果としてエリックはオータムの冒険者の危機を救い、過激に活動する貴族と裏で暗躍する悪魔の動きを制限したのだ。だがそれは誰にも知らされず、そして評価されない。


『騙し合いは、僕の勝ちだ』


 脳内に蘇るエリックのセリフ。


『服と一緒に知性まで脱ぎ捨てたのか、この痴女が』


 こちらを見下すあの目。


『貴様などに『この力』を使うまでもない』

 

 思い出すたびに胸が震える。いてもたってもいられなくなる。本気の自分を一蹴され、精神を粉々に砕いたあの男。

 あえて弱いふりをしてこちらを上に立たせた後に、一気に落とす。ただ見下すのではなく、調子に乗ったところを叩き落とす非道さ。最初から最後まで、あの男に弄ばれたのだ。

 なんて屈辱――


(なんて屈辱――! もっと罵ってほしい!)


 頬を赤らめ、息を乱すエンプーサ。今まで人間を下に見てきた彼女にとって、罵られるのは初めての経験だった。ありきたりな痴女や露出狂と言った罵詈雑言ではなく、存在ごと自分を虐げるあの男――!


「次に会ったら……その時は!」


 その時は、あの時以上の力と策を練って全力で挑もう。そうして敗けて罵られた時は、あの時以上の快楽が得られるはずだ。それを想像して、口が笑みの形に変わる。

 吸血種族にして地獄の夢魔、エンプーサ。

 圧倒的な魔力を持つ彼女は、自らの欲望のままにエリックを狙う――


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