「ふーん」
「あ、クー」
「ほーい。連れてきたよ、エリっち」
クーに連れてこられたドーマンと馬車の御者。そしてここにいるエリックとエルフ。
役者はこれで全部そろったかとエリックはため息をついた。ここからが正念場だ。
「ほほう、本当に動けないようですなぁ。しかしあの中身がこんなエルフだったとは……ふっふっふ、今までの恨みをどう晴らしてくれましょうか?」
「てめぇ! ニースを返しやがれ!」
「ニース? ああ、あのフェアリーの名前ですか? はっはっは。そんな事を言える立場だとお思いですか? とんだじゃじゃ馬だ。
あの妖精はこれからも私の新ポーションを生み出す為の媒体となって働いてもらいます。そしてあなたは奴隷商人にでも売りつけましょうか? その前に、散々楽しませてもらいますがね」
相手が動けない、と分かったのかドーマンはこれまで怯えた反動とばかりに上手に出る。封じているのが黒い手甲だけだと聞かされているため、エルフの間合内には近づかないようにしていた。
「よくやりましたよ、蟲使い。どういう手段かはわかりませんが、確かに動けないようです。
お礼に旅の間はこのエルフを貴方の自由にしていいですよ。なんならそれ用の薬も用意してあげます。どんな女でもすぐに従順になりますよ」
「あ。それはありがたいですね」
ドーマンの言葉に頷くエリック。若干クーの表情が硬くなり<感覚共有>によりクーの刺々しい感情がエリックに流れてくる。
(ふーん、エリっちはクスリで女の子をむりやりどーこーする趣味があるんだ。ふーん)
(ないから。調子合せただけだから)
(ふーん。エルフってお肌真っ白で綺麗だもんね。エリっち見た目は清楚系がいいんだ。ふーん)
これ以上は何か藪蛇な気がする。早く本題に入ろうとエリックは冷や汗をかいた。
「でもその前にお話が。このエルフはあなたが森で捕まえた妖精を取り返しに来たようです」
「そのようだな。だが所詮は無駄だったという事だ」
「はい。なのでそれを返してあげれば、もう襲撃はしないと言っているんですが……如何でしょうか?」
「何を言っているんだね、キミは? そんな条件を聞く理由がどこにある?」
鼻で笑うドーマン。然もありなん。襲撃してきた相手は捕らえたのだ。ならばもう襲撃される恐れはない。愚かなエルフに人間に逆らった罰を与え、二度と日の目を見ないようにすればいい。それが出来るだけのコネもある。
「エルフが一人だけ……だと思いますか?」
だが、エリックの放った一言によりドーマンの余裕は消え去る。
「街で貴方を襲った黒鎧と、このエルフが同一人物だという保証はありません。誰か顔を見たのですか?」
「いや……しかしこのような奇妙な相手が複数いるとは……」
「彼らは同じ誓いをかけ、襲撃してきたのだと思います。一夜一人による波状攻撃により、こちらを疲弊させるために。毎日襲い掛かってくる体力が、エルフにあると思いますか?」
エリックの言葉にどよめくドーマン。言われてみれば誰も鎧の中を見ていない。今目の前にいるエルフが毎夜欠かさず襲ってきたと考えるのは早計だ。相手の規模がどれだけか、ドーマンは把握している余裕などなかったのだ。
なお、これはハッタリである。襲撃者が彼女一人であることはエリックは事前に彼女に聞いていた。体力は重戦車のスキル<持続力>で回復させていたのだ。
「今なら妖精を手放せば襲撃はやめると言っています。なら――」
「いいや、このエルフを人質にとればいいだけだ。連中もそれなら手は出せまい」
「あの破壊力を持つ相手を前に被害がこの程度で済んだのは、まだ相手が加減してくれたからです。人質を取れば、容赦はなくなりますよ」
「ええい、黙れ黙れ! オマエを雇っているのはワシだ! ワシの意見に逆らえる立場だと思うのか! 蟲使い如きがたまたま上手くいったからって、いい気になるな!」
エリックの提案を振り払うように、ドーマンは言い放つ。雇い主という立場のごり押し。それを言われれば、冒険者としては口を紡がざるを得まい。
(そう答えるか。じゃあしょうがない……)
エリックはドーマンの見えない位置で指を動かし、エルフに合図を送る。同時に<感覚共有>しているクーに指示を送った。
「へっ! 折角許してやろうって言ってるのにな。じゃあしょうがねぇ……!
うおおおおおおおおおおお!」
エルフの雄叫びと同時にエリックは<命令(虫限定)>を解除する。あたかもエルフの叫びに呼応して振り払われたかのように。
驚くドーマン。その隙をつくように、クーは蜘蛛に<変身>する。着ていた服を糸にして回収し、闇の中に消えていった。
「ば、馬鹿な!? おい、蟲使いどういうことだ! 動けないんじゃなかったのか!?」
「あわわわわ。何せ僕は蟲使いだから本気になった重戦車には勝てません!」
「くっ、この役立たずが! ええいなら糸使い、さっさとあいつを……ってどこに行った!?」
「わー、危険を察したのかクーもいつの間にかいなくなってるー」
「動けないと侮ったな。あれぐらいすぐに解除できたんだよ! オラァ!」
「うわああああああああ!?」
エルフは近くにいたエリックを振り払うようにしてなぎ倒し、そのままドーマンに迫った。ポーション商人のドーマンは碌な抵抗もできずに押し倒され、エルフに馬乗り状態にされる。重戦車の力でそのまま拳を叩き下ろせば、人の頭などトマトのように叩き潰せるだろう。
「散々言ってくれたな。奴隷商人だとか薬だとか。拷問なら俺も得意だぜ。使うのは拳だけどな!」
「ひぃ、お助け、お助けぇ! ごぶ!」
エルフは黒い手甲――が付いていない拳でドーマンの顎を殴り、脳を揺さぶって気絶させる。懐にある妖精が入った瓶を回収し、立ち上がって唾を吐いた。
「ケッ、大将に免じて一発だけでゆるしてやらぁ。おい、他にやる奴はいるか!?」
威圧するように叫ぶエルフ。
その叫びに応える者は、誰もいなかった。
◇ ◆ ◇
Dランク依頼『商人を護衛せよ!』
……失敗!




