(……自分でも馬鹿だって思うけど)
「……ふう」
「どしたのエリっち? つわり?」
「それはないかなぁ……」
ため息をつくエリックに首をかしげるクー。その問いかけに苦笑しながら、頬を叩いた。
<感覚共有(虫限定)>を使って虫を通してカインたちを監視し、<命令(虫限定)>でヒルとカメムシをカーラとアリサにぶつける。二人の撤退はエリックが仕組んだことだった。
はっきり言って、幸運が重なったに過ぎない。虫がたまたまそこに群生していたことも、あの二人があそこまでパニックを起こしたことも。強いて相手の落ち度を語るならエリックを侮っていたという事にすぎない。だがそれは――
(当然だよなぁ。調香師と龍使いだもん。蟲使いなんか、相手にならないと思って当然だ)
役立たずのジョブを相手に負けるはずがない。そう思うのは当然だ。
ともあれ二人はどうにかなった。だけど――
(カインは……四元騎士はどうしようもない。油断してようが関係ないほどに)
カインにどんな虫をぶつけたところで、四元素精霊を乗せた剣で一掃されるだろう。炎の剣はまさに飛んで火に居る虫の如く。水の剣で窒息させられ、風の剣で翼をもがれ、土の剣で地中からの攻撃も意味をなさない。
仮に不意打ちを決めたところで、すぐに対応するだろう。正直、不意打ちすら決まるイメージもわかない。
(まあ、何かあったとしてもクーがカインに負けるとは思えないけど)
それはエリックも分かっていた。
クーはアラクネだ。今は人間に<変化>して力を減じているとはいっても、その実力はカインより上だろう。だから力づくでクーがどうにかなる、という事はありえない。
(うん。ない。だからカインが油断してこっちにやってきて、クーに襲い掛かって返り討ちになるか。あるいは先にクーに事情を話して、糸の罠を張ってもらうとか)
それが最善策か、とエリックは納得する。何も戦う必要はない。一言言えばクーも承諾してくれるだろう。カインが来る方向は解っている。そちらに罠を張ってもらえばそれで終わりだ。
『今夜のメインはあの女なんだからな』
『まあ、あんな小娘一人、余裕で堕としてやるけどな!』
虫を通してみたカインの言葉と笑い。クーを自分の欲望を満たす遊び道具としか思っていないあの顔。
隣を歩くクーをエリックは見る。こちらの視線に気づいて、疑問の表情を浮かべている。ころころと変わる表情。それを自分のいいように染めようとするカイン。じくりとエリックの胸が痛む。
「ごめん、クー。ちょっとここで待ってて」
「えー? 急にどうしたのエリっち。可愛いあーしを置いていくとかありえなくない?」
「あー……あとでリンゴアメおごるから」
ぶーぶー、と言う声を背中で聞きながら、エリックは茂みの中を走る。枝が頬をこすって痛いが、今はその痛みも気にならない。
(……自分でも馬鹿だって思うけど)
走りながらエリックは反省する。最善策は解っている。だけど――
(クーをそんなふうに思われるのは、許せない……!)
エリック自身、この怒りの正体を理解していない。許せない理由が何なのか、正しく把握できないほどに心は茹っていた。
出会ってまだ数日しか経っていない彼女だけど、自由奔放でこっちの生活を乱してくれるけど、魔物でアラクネで、人間と相いれないんだとしても。
この感情だけは確かに胸にあった。
「わあああああああ!」
感情のままに叫び、茂みの中から飛び出てカインに飛びかかるエリック。カインも予想外だったのか、まだ抜刀はしていない。剣を抜かせなければ勝ち目は――
『土剣・土重撃!』
甘かった。
四元騎士は戦士のスキルも習得できる。戦う事に特化したスキルには、不意を突かれても対応できるものもある。さらに抜かれた刃に水の精霊を乗せ、エリックを打ち据えた。
「ばぁか! お前の不意打ちなんざ、怖くもねぇ! 痛いか? 痛いだろうなぁ! そいつは土の重さがのしかかり、じわじわと苦しませる技だ」
「う、ぐ……」
「お前には今朝の恨みを晴らさないといけないからな。蟲使い如きがこの俺に逆らうとか、あっちゃいけないんだよ!
身分も! ジョブも! お前なんかと格が違うんだ!」
言いながら動けないエリックを蹴るカイン。痛みがエリックの体と心を傷つける。それ以上に、カインの言葉がエリックを蝕んでいた。
(ああ、そうだ。分かっていたことじゃないか。蟲使いで、家族に捨てられてゴミ漁りになった僕が、カインに勝てるはずがないなんて……!)
それは歴然とした事実だ。社会的にも、そして神が定めた運命的にもカインはエリックに勝てない。勝てるようにできていない。元浮浪者の冒険者が、国防騎士に勝てるはずがない。蟲使いが、四元騎士に勝てるはずがない。
だけど――
「だからって、許せないって事には変わりないんだ……!」
まとわりつく魔法の土を何とか払いのける。最後の体力を振り絞って立ち上がり、拳を握りしめた。よろめく足でカインに向かって走り、拳を叩き込もうとする。
それも無駄な行為。
カインの剣は的確にエリックを捕らえ、今度こそ意識を断つだろう。それは当然の摂理。四元騎士がただの拳を避けれないはずもなく、なによりも先にカインの剣が振るわれるだろう。
「――はっ、ぶ!?」
だが剣は振るわれることなく。そしてカインは避ける事すらできず、
エリックの拳は防御すらできなかったカインの顔に叩き込まれ、
「おわぁ!?」
エリックの軟弱な拳ではありえない勢いでカインは吹き飛び、近くにあった木に体を叩きつけられる。
その衝撃でカインは気を失った。エリックはその結果を見て、安堵するように崩れ落ちる。
気を失う寸前、エリックは小さく呟いた。
「ああもう、結局クーに助けてもらわないと、僕は戦えないんだなぁ……」
カインの剣と体に絡む細い糸が、木漏れ日を受けてきらりと輝いていた。




