「美しい……」
時間はエリックとクーが『クリス治療院』から部屋に戻り、眠りについたころまで巻き戻る。
クーの拘束が解かれた治療院の人達は即座に立ち上がり状況を確認する。その動きは手慣れた軍人のようにきびきびとしていた。周囲に『敵』がいない事を確認し、警戒を怠らず彼らが護らなければならない地下室に向かう。
見張りを残し地下室に踏み込んだ彼らが見たのは、破壊の爪痕。そして逃げ惑う合成獣。そしてそれを生み出した老人の姿だった。
「クリスティ博士! ご無事で!」
「ああ、無事じゃ……ワシの可愛い合成獣たちも、皆無事じゃ……」
老人――クリスティ博士と呼ばれた者はかけられた声に対して惚けたように頷いた。
「何があったかわかりますか? 私達も不意打ちを受けて情報が不足して――」
「美しい……」
「――いまし……は?」
「美しい融合じゃった。人と蜘蛛の合成。まさに神の如き美しさ。ワシの合成獣技術など、まだまだじゃった」
惚けたように老人は呟く。その姿は触れることのできない偶像に恋する姿だ。技術者として最高峰を見せられ、そこに感激している。
アレキサンダーがクーの拘束から逃れていたように、老人も何とかクーの拘束から逃れていた。老人は何とか視界を確保できた程度だが、その時に暴れるアラクネの姿を見ていたのだ。
圧倒的な準神話級の力。
合成とは思えぬ一体感。
そして芸術的な美しさ。
努力が認められない? それはそうだ。この世にはあれほどのモノがあるのだ。自分の合成獣などアレに比べればまだまだ児戯。努力が足りないと思い知らされた。まだできることがあるというのに、何を嘆いているというのか。
「あの……クリスティ博士? これはゴランド派の刺客が来たという事でしょうか? もしそうなら相手の詳細などを――」
「むぅ、新たなインスピレーションが湧いてきた! まるで神が降りてきたようじゃ! ふははははははは!」
「あのクリスティ博士!? 合成獣を使ってのオータム町長暗殺が露見したというのなら、いったんここを引き払って――」
「ならぬ! ワシはあの美しい姫ともう一度会わねばならぬのじゃ! あの姿をもう一度網膜に焼き付け、できうることなら――あの糸で縛ってもらいたいものじゃ!」
「……あの、クリスティ博士?」
興奮するクリスティの言葉に、ドン引きする騎士。
オータム町長暗殺。それが彼らが受けた密命だった。命令の大元が誰かだとか、そこにどういう利権が絡むのだとかは、機密の面も含めて下っ端である自分達は知らされていない。
魔術師として無名なクリスティ博士と交渉し、研究費用を出す代わりに暗殺用の小型合成獣を作ってもらった。人間様に考慮された城壁や警備も、小型動物なら突破できる。
エリックも『そういう用途』の施設だと気付いていたが、国家がらみと言うのは想定外だった。最も、今のところそれを知る由はないのだが。
ともあれ合成獣は完成し、トレーニングもほぼ終了した。後は作戦実行の日取りを決めるまで進んだだが――
(このありさまだと、放棄せざるを得まい)
(ああ。この老人もここで殺しておくか)
(急ぐぞ。今夜のうちにここを焼き払うんだ)
騎士達は頷きあい、懐からナイフを取り出す。トカゲの尻尾きり。暗殺計画を知る者は生かしておくわけにはいかないのだ。彼らは躊躇なくナイフをクリスティに向けて突き出し――
『狂乱・百獣夜行!』
「阿呆が。ワシに歯向かう奴らには攻撃するのは基本設定にしてあってな。
おぬし等のような輩相手に手を打たぬほど間抜けではないわ。大人しく退くのなら、生きておられたものを」
カエルの脚力で高速で跳躍するカメの一撃と、ガゼルの如き駆けてくるサルの剣が翻った。ナイフに手をかけた騎士達は言葉すら残すことなく絶命する。
だがそれでも合成獣の攻撃は止まらず、騎士だったものが地面に崩れ落ちるまで何度も攻撃を受けていた。獣の牙が、歯が、嵐のように襲い掛かる。騎士達はそれに翻弄され、狂ったかのように踊りつづけた。
「とはいえ、ここを引き払わねばならぬのは事実か。三日もせぬうちに追手が来るじゃろうからな。おそらくは王弟派か。
よし、お前らは町に潜むんじゃ。アガサちゃんを始めとした中型合成獣はワシの護衛。しばらくは拠点確保と資金稼ぎじゃな」
そして合成獣作製者アルフォンゾ・クリスティと彼が生み出した多くの合成獣は闇に潜る。いざとなれば彼のスキルで合成獣は収束し、刃となって敵を討つだろう。暗殺用に特化して作られた獣達は、街というサバイバルで錆びることなく研ぎ澄まされる。
結果として老人はアラクネの情報を秘匿したまま行動を開始したため、クーの存在が広まることはなかった。もし騎士達に情報が伝わって報告されていた場合、オータムの街は魔物を匿う街だと政治的宣伝され、戦争一歩手前にまで事態は進行していただろう。
「いずれあの蜘蛛姫を我が元に。創造の道を究めるのじゃ!
そしてあの縛りを……はふぅぅぅぅぅぅん! 思い出しただけでいろいろ若返ってきたわ!」
色々野に放っちゃダメな老人が、オータムに解き放たれる――




