前編
――ここは、《転生サービスセンター》。
あなたの未来をサポートします。心より来訪をお待ちしています。
◇ ◇
僕は伊刀カズヤ。当センターの職員。
今日も転生を希望する方々がたくさん訪ねてきた。僕はその一人一人を個別に受付け、本人の理想とその人が積み上げた《人生ポイント》をマッチングさせる。
中には不満をぶちまける人もいるけれど、大概の人は自身のポイントに納得し、妥協点を見つけて次の人生へ旅立って行く。
少しでも良い来世を迎えられるようお手伝いをするのが僕の仕事だ。
「伊刀カズヤくん。この《喜緑アオ》って女の子、訪ねてこなかったね?」
「はあ、そういえば。道に迷ってるんですかね」
上司の目が優しく「探してきなさいよ」と訴えている。はいはい、そうします。
獄門から転生サービスセンターまでの道のりは近いが、やや分かりにくいとされる。なぜなら学校風の長い廊下を通り、いくつかの階段やとびらを経なければならないからだ。
これがその人その人によって数が違うのだから難儀なのである。
僕は注意深く周囲を観察し、女の子の気配を探りながら獄門まで歩いた。
とある教室のかたすみで影が動いた気がしたのでのぞいてみると、やはり。その子らしきツインテがゆらゆらしているのが見えた。
「喜緑さん? ……喜緑アオさん?」
「は、はいっ。き、喜緑、です」
「どうしたの? こんなところで?」
ときどきこういう人はいる。不安になってウロウロしてしまうのだ。安心させるつもりで質問してみたら、意外なことに彼女はこう答えた。
「けしき、キレイだなぁって。外にはどうやったら出れるんですか?」
「外?」
この世界、つまり冥界には外という概念はない。強いて言えば、外界は天国か地獄、もしくは現世である。しかしこの子はそういうのを言ってるんじゃないんだろうな。
つられた僕は窓の《外》を見た。
夕暮れの校庭、閑静な街並みが続いている。その先にはこんもりとした山すそがオレンジ色に染まっている。
「残念だけど、この景色は人工物なんだ。窓は開けられないし、実際の窓の外は真っ暗闇で何もない……」
「そう、ですか。けれどもいま二人で見てる景色は、例え人工のものでも景色には変わらないですよね。キレイには違いありません」
それもそうだ、と僕は思った。
「外、行ってみる?」
つい、口走ってしまった。
とたんに女の子の目がキラキラ輝いた。
笑顔に触れた瞬間、今更なんだか、結構かわいいなと内心どきどきし始めた。年恰好からして僕より三つ四つ下くらいかなぁ。
でもまさか食いつくとは思っていなかった僕は大いに慌てた。
「けどなあ、止めといたほうがいいよ。怖い目に遭うかもだし、それに、法令違反だし」
「法令……ですか? あの、ひょっとして冗談だったんですか? なんか腹立ちました」
黙り込んだ彼女はしばらくのあいだ僕を睨みつけた後、グイッと袖を引っ張ってきた。
「連れてってください。責任取ってください」
「ち、ちょっ……」
狼狽をみせた僕に溜飲が下がったのか、少女はニコッとした顔をそらした。
◇ ◇
「――ここだよ」
「屋上?」
「ああ、まるで学校の屋上みたいだろ?」
着いた。着いてしまった。
正直なところ、この場所にたどり着けるのは至難の業と言っていい。よほどの運と、強い意志のふたつを要する。なんせ今まで僕自身、来れたためしが無かったんだから。
「このトビラの向こう?」
「そう。昇降口の鉄扉。でも注意がいるよ、屋上には恐ろしい化け物がいるんだ……」
「それって。……これ?」
「ああ……って、うわあああああああ!」
赤く光る八つの眼。
そう。巨大蜘蛛が屋上に住まう化け物の正体。噂には聞いていたがまさか本当に出くわすなんて!
少女の腕を引っ張った僕はワーワー喚きながらドアを閉めた。
「……はーはー。ちゃんと人の話最後まで聞きなよ。屋上の化け物は物音に反応するんだ」
「ごめんなさい。……へー、音に……? じゃあ、そおっとしなきゃなんないのか。……あの、参考に教えてください。あの蜘蛛に捕まったらどうなるんですか?」
「知らないよ、そんなの」
「……興味ないんですか?」
「無いよ! あるわけ無いだろっ」
少女は少し考えるそぶりを見せて、
「危ない存在なら、どうしてやっつけちゃわないんですか?」
「冥界の法令で決まってるんだ。あの蜘蛛に危害を加えてはならないって」
「そう、なんですか」
「そうともさ」
「分かりました。それで、屋上に来て、次にどうすればいいんですか? 外の世界に出るのに」
思い出しちゃったか。もういい加減マンゾクしてくれよ。
「ええと。屋上のはじっこのフェンスを越えて、飛び降りる」
「……それで本当の本当に外に行けるんですか?」
「そう聞いてる」
うなづいた彼女は、今度はそっとトビラを開け、屋上に出ていった。マジですか!! 開き直った僕も後に続いた。
チラリと振り返った彼女、アイコンタクトのつもりか瞼をシバシバさせた。僕は無視した。…それより背後、真横、周囲を警戒する。蜘蛛の姿は確認できない。
何事もなくフェンスに到着。意外と高い金網を見上げた彼女は、ためらいなく手を掛けた。
「待てっ! 止めろっ!」
叫んでしまった。つい。思わず。
背中にゾクリと怖気が走った。
「ダメじゃないですかーーーっ!!」
「ごめーん!!」
二者一体の全力疾走をみせた僕らは、ゾリゾリと怪音をあげながら追いすがる蜘蛛を振り切り、昇降口に逃げ帰った。
そこに上司のセラさんが待ち構えていた。
「法令違反。分かってるね?」
「す、すみません」
「始末書。それと罰金。いいね、お給料から天引きだよ?」
「はい」
言うだけ言うとセラさんの目が横に流れた。
「キミ、ちょっと。だいじょうぶなのかい?」
僕ではなく彼女に気遣いをみせた。額に玉のような汗を浮かべ、辛そうに胸のあたりを押さえていたからだった。僕はそれに気付かなかったのだ。
不安を覚えたのでとっさに肩を支えてやると、遠慮なく寄りかかって来た。
「だいじょうぶ?」
「はい。心配ないです」
さすがに遠慮がちに、セラさんが尋ねる。
「……あなたが、喜緑アオさん?」
「は、はい」
「サポートセンターはこちらですよ」
「わたしが係の人……この方に、ムリヤリ頼んだんです! 屋上に行きたいって」
「うんうん」
クルリと背を向けたセラさん。
「それは分かってますよ。しかし、実際に行動したのは彼自身。その事実は揺らぎません。さ、こちらへ」
「申し訳ありませんでした」
「それより早く戻ってくれないと仕事が山積みでね。喜緑さんと手分けして頑張って欲しいんだ」
「は? 今何と?」
セラさんはゴホンと咳払いしてこう言った。
「実はね、喜緑アオさんの生前経歴票(前世カード)が、未発行扱いに変更されたんだよ。つまり、転生処理ができない状態になったのさ」
「え? 未発行?! なんでなんですか?」
「分からないよ。獄門に照会を頼んだんだが《回答待ち》のまま、『預け置きする』との指示だけ返って来た。だからね。『人間、働かざるもの食うべからず。』とりあえず伊刀を主任に格上げするから、その子の上司としてしばらく面倒を見てあげてくれたまえよ。いいね、分かったね?」
はあ。あきれて物も言えない。給料が上がるのはいいけど、お守りは僕の性に合わない。あからさまな不服顔を指摘されたが直す気になれない。それこそとんだ懲罰だよ。
状況が呑み込めない様子の彼女は、ペコリとおじぎし、
「よろしくお願いします。……えと」
「伊刀カズヤ。……こちらこそ、どうも、ね」
「はい。伊刀先輩。よろしくお願いします!」
手を差しのべた彼女の笑顔。
一瞬返しの言葉を失った僕だったが、時間稼ぎの咳払いで気持ちを立て直し、上司らしく、「ああ、よろしく」と言い直した。そして、そっぽを向いて肩を揺すっている上司に対し、胸の中でありったけの悪態をついた。




