Ⅰ.
「で、なんでウチなんだよ」
スウェットパンツにタンクトップという出で立ちの家主こと根岸凛が不服そうに言う。
「近かったからよ。あんたも手伝いなさいよね」
急に押し掛けておいてこの言種である。伊勢谷夏希の辞書には怖気付くという言葉はない。
「人の休日を何だと思ってんだ、このじゃじゃ馬は」
「悪かったわね、じゃじゃ馬で! ほら、へっぽこ探偵もさっさと動く!」
「元はと言えばお前が原因じゃねーか、へっぽこ探偵。早くしろ」
本来筆頭であるはずの僕、鴨志田周郎が一番格下扱いを受けている事に多分の不満を感じながらも、二人の言う通りにした。
僕と伊勢谷は、喫茶店・パーカーズで加瀬と別れた後、程近い根岸宅に押し掛け、もとい集合し、作戦会議を練る事にした。家主の根岸にとっては迷惑極まりない事だろう。
「じゃあ、詳しく状況を説明しよう」
僕と伊勢谷は粗方の内容は知っているものの、我が相棒・根岸は状況をまるで理解していない。理解する気もないのかも知れないが、僕ら二人は確認の意味も込めて、円卓を囲み、卓上に物品を並べた。
まずは三通の手紙。内容は脅迫。いずれも文章はパソコンのワードを使用したのだろう、在り来たりな明朝体の文字が意味を持つよう羅列されている。次に加瀬が我々に調査を依頼するきっかけとなった写真。しかしこちらは僕や根岸が男という理由で見せては貰えない。しかし、伊勢谷がフィルターとなり、大雑把ではあるが写真を模写し、説明書きを添えてくれた。
「あれは絶対盗撮よ。だって加瀬さんの目線、全然こっちを向いてないもの」
写真を直に見た伊勢谷によると、被害者である加瀬の着替えている場を何者かが盗み撮りしたのだという。しかし、それはあくまでも伊勢谷の論であり、鵜呑みにする事は到底出来るはずがない。だが、状況証拠から導き出される答えは、今の所盗撮という線が濃厚である。
「あれ、この人。どっかで見た事あるような…」
物覚えの悪い根岸の言いそうな台詞だ。彼は机の上に置かれた一枚の写真を手に取って、そう呟いた。僕が「捜査のため」といって、一枚だけ拝借してきた加瀬本人が写った写真だ。
「エセ探偵が『どうしても!』って言って加瀬さんから無理矢理借りてきたのよ。きっと下心があるんだわ」
「なんだ、お前もやってる事犯人と同じじゃねーか」
僕を誹謗中傷、罵る際の二人の絶妙なコンビネーションは比類なきものであり、魂の呼応とも呼べる代物であった。それにしても酷い扱いである。
「お言葉だが伊勢谷くん、僕はしっかりと彼女から了承を得た。事件が解決したらキチンと返すさ。それに根岸くん、その写真の女性は加瀬綾乃さんといって、今年度のミス・青桐さ」
ほおー、と気の抜けた、まるで関心を示していないかのような根岸なりに気を利かせた返事が返ってくる。
彼女、加瀬綾乃は青桐大学の国際関係学部の四年生だ。もう引退はしたが、バレーボール部に所属し、主将も務めていたという。勿論、バレーボール部に所属しているので、女性としては比較的高い身長の部類に入る。更に整った顔立ちに加えてスリムなスタイルという、余りにも魅力的な女性である事は間違いない。その為、多くの男子生徒が彼女に言い寄るのだという。異論はない。
勉学にも秀でており、成績優秀。様々な資格を取得し、英語も堪能。加えて中国語も多少話せるという才女である。既にある大手の企業から内定をもらっており、来春からは晴れてOLとしての人生が幕を開ける。
人となりも良く、友人も多く、まさに完璧という言葉が似合う才色兼備の女性だ。
「お前とは正反対の人種だな」
我が敬愛する相棒が、実に端的に表現してくれた。聞き紛う事なき的確な表現に、僕は感涙してしまいそうになったのを、なんとか堪えた。
「聞いた限りじゃ、恨まれるような所はない気がするけど」
慣れた手つきで煙草に火を着けながら根岸が言う。
「そうね。ただこの手紙を読むと分かるけど、犯人はかなりの憎悪を持っている事は間違いない。でも一体、その理由はなんなのか…」
推理に耽る伊勢谷の表情は真剣そのものだった。同じ女性として、加瀬が受けた行為による気持ちが痛いほど分かるのだろう。その点、被害者と同性の協力者を得たのは大きいといえる。
「とにかく、今は情報が少ない。僕らが知るべき事はまだたくさんある。伊勢谷くんは女性ならではの視点で探ってくれたまえ」
僕はぷかぷかと煙草を吹かす根岸の口から、その有害な煙を発する、しかしハードボイルドな男には必要不可欠な小道具を捥ぎ取り、灰皿に押し付けた。
「何すんだよ」
「レディがいる前で煙草なんか吸うんじゃない」
「…あれもレディ扱いすんのか、お前」
「…念の為」
「…聞こえてるわよ」
その後こっ酷く罵声を浴びさせられた事は言うまでもない。乙女心は宇宙のように謎に包まれ、到底人類が理解できるものではない。
「あんた達はどうすんのよ?」
一頻り文句を言い終えた伊勢谷が言う。
「僕らはここに頼るさ」
そう言って僕は肥沃な知識がふんだんに詰まった頭脳を指で小突く。つまり自身の勘に頼る、という事だ。
「またそうやってかっこつけて。悪い癖が抜けないわね。小説の読み過ぎよ」
小さくため息をついて、伊勢谷はやれやれ、といった感じで言う。
「空き樽は音が高い」
いつの間にか煙草に火を着け、紫煙を漂わせながら根岸が言い捨てた。
鴨志田周郎と愉快な仲間たち、もとい優秀な助手たちが動き出す。




