モモと将馬
これでおしまい
顔を蹴るモモ様のヒールの痛みが──
くすぐったい
ニャア
ポニョポニョ
プニプニ
頬をつつく肉球
爪を立てないように、優しく柔らかく頬をつついてはニャアと鳴く。
目を開けると、僕を覗きこむ一匹の白い短毛種の、綺麗なメス猫がいた。
「……モモ……」
僕が呼ぶと
なう
と鳴いて黒目を細めた。
「夢か……」
長い尻尾を、扇子を扇ぐように揺らすモモを抱き上げ、自分の胸の上に置く。
「面白い夢を見たんだよ。モモが日本足で立って服を来て喋るんだ。それで僕はモモの下僕なんだよ」
なー
面白い夢ね
とでも言ってるようにモモは、また目を細める。
僕はモモの喉元を撫でたり背中を擦ったりして、ぼんやりとベットの上で時間を過ごす。
至福の時。
ちらりと時計を見て、そろそろ時間だとベットから下りた。
モモを床に下ろして、糊付けされたシャツ着てズボン履く。ネクタイとベストはまだ絞めないで、そのままの格好で髭を剃る。
鏡の横の棚には、モモがちょこんとお座り。
鏡越しで目が合い、ショウマが微笑むとモモが
なーう
と、甘えた声を出した。
ネクタイとベスト、ジャケットをかっちりきっちり着込み、散髪料で髪を後ろに流す。
山高帽を深く被り、おしまい。
「今日はステッキはモモとお留守番だ」
縞黒檀のステッキの側に移動し、座り込んでいるモモにそう告げると、モモはつまらなそうに
にゃー
と鳴いた。
黒塗りの磨かれた階段を降りると、玄関で白い割烹着を被った中年の女性が控えていた。
にこにこと、いかにも穏和な笑いを浮かべながら。
「多重子さん、出掛けてきます」
「お夕飯はいかがしましょう?」
「夕食は仲間と外で飲む約束なんだ。結構ですよ。モモの食事だけ頼みます」
「はい。かしこまりました」
玄関の取っ手に手を掛けるタイミングで、タタタと軽い足取りで階段をかけ降りてきたのはモモ。
将馬に飛び付こうとするモモを、多重子は抱き上げ阻止をした。
「モモちゃん、いけませんよ。将馬様のお洋服に毛が付きますからね」
ニャーニャー
と鳴くモモの声は、心なしか切なく将馬に聞こえた。
多重子に抱かれてそう何度も鳴くモモが一層愛しく思いながら将馬は、愛猫の頭や顎を何度も撫でた。
「多重子さんの言うことを聞いて、良い子にしておいで」
行ってきます。
将馬は、多重子とモモに向かい鍔の先を指で摘まみ軽く頭を下げ、出掛けていった。
少し歩いて屋敷の方を振り向けば、寝室の窓際に白い影が見える。
自分が出掛ける時、最後はあの場所でお見送りをしてくれる。
全く不思議な猫だ。
まるでこちらの言葉を理解しているように動く。
時々、人間のようなに笑ったり鳴いたり、媚びたり。
出会いからして変わっていた。
実家に手入れもせずに放置してある、大きく成長した桃の樹がある。
自然に任せ剪定も何もしていないので、桃などなっても小さく歪で甘くなど無い。
祖父が気まぐれで買って植えた代物だ。
モモはその一枝に乗っていて、降りれなくなっていたのだ。
可哀想に思い、助けてやって、なついたのでそのまま連れてきた。
夏に実家の妹から手紙が届いた。
妹とは滅多に手紙のやり取りをしないので珍しいなと思いながら、封を開き読み進めて行った。
例の桃の樹に実が生った。
どういうわけか一つ一つが大きくて、色味が良い。
一つ取って食べてみたら、これが汁が滴りとても甘い。
食べてみて
と一緒に送られてきた桃三つ。
食べてみたら、とてつもなく甘い。
不思議なこともあるものだ。
モモにも何切れか食べさせながら呟くと、
助けてくれたお礼よ
と言ってるかのように
なおん
と鳴いた。
まるで人間の、上等な女性といる気分になる白い猫──モモ。
モモが人間だったらどうだろう? 時々、想像してしまう時がある。
自分の願望なのだろうなと思い、笑ってしまう。
だから、あんな夢を見たのだろう。
そうだ。夢の中で出てきた、あのチョーカーを注文してみよう。
懇意にしている洋裁店なら作ってくれるだろう。
夢の中での間違いは、しないように気を付けないと。
「だけど、ヒールは勘弁だな」
将馬の表情は、まるで恋人に贈るプレゼントを考えるかのように上気していた。
そんな将馬を、見えなくなるまで見送ったモモは
にゃーお
と鳴く代わり
「こちらの将馬はイケてるにゃ」
と一人心地に呟くと、すくり、と後ろ足で立ってそのまま二足歩行。
ゴソゴソと寝台の下を探り出した物は
ベルの付いた小さなヒール。
「さて、多重子さんが夕飯を持ってくるまで『お家』に戻るにゃ。あっちのショウマが心配してるだろうし」
モモはそう言って、前足を口に当てウフフと笑った。
どれが現実で
どれが幻想でなんか
わりと曖昧なものです。
そうですよね?
モモ?