第1話 剣を振れない貴族
十歳の誕生日。
レオン・ヴァルグレイは、ヴァルグレイ家の剣技場に立っていた。
ヴァルグレイ家は、代々剣術を受け継ぐ名門貴族だ。現当主である父は、剣術の最上位スキルを持つ剣士として知られている。その家に生まれた者が、剣術スキルを授からないはずがない。幼いころから、そう言われて育った。
「目を閉じろ。スキルが発現する」
父の言葉に、レオンはうなずいた。十歳まで剣の訓練を続けてきた。毎朝、誰よりも早く起きて木剣を振り、兄たちの稽古を見ては動きを真似た。家庭教師も、剣術スキルが発現する可能性は高いと言っていた。
レオンは深く息を吸い、目を閉じる。胸の奥が熱くなった。
その瞬間、目の前に文字が浮かぶ。
『ユニークスキル:フルオート』
レオンは目を開いた。文字は、彼にしか見えていないらしい。周囲の者たちは、彼の表情をうかがっている。
「何が見えた?」
父に問われ、レオンは答えた。
「ユニークスキルです。名前は……フルオート」
「聞いたことのないスキルだ」
父の目に、期待はなかった。
「剣術スキルではないのだな」
「はい……」
「効果は分かるのか?」
レオンは首を横に振る。父は短く息を吐いた。
「剣術を受け継げない者を、ヴァルグレイ家に置いておく理由はない。今日限りで家を出ろ」
十歳の誕生日に、レオンは家を追い出された。
*
日が沈むころ、レオンは街道から外れた廃屋にたどり着いた。手元にあるのは、着替えの入った袋と、使い古された木剣だけだ。
「これから、どうすれば……」
返事をする者はいない。家を失った不安と、剣術スキルを授からなかった悔しさが、胸の中で絡み合っていた。
そのとき、視界の端に『フルオート』の文字が浮かび上がる。
「もう一度、見せてくれ」
レオンが意識を向けると、目の前に淡い光の板が現れた。板の中には細い線が一本。その端で小さな光が瞬いている。何をするものなのかは分からない。
触れてみても、指はすり抜けた。
「開け……じゃないよな」
声をかけても変化はない。剣を構えてみるが、何も起きなかった。
「剣術を、使えるようにしてくれ」
やはり何も起きない。
レオンは光の板を見つめた。剣を振る動作を思い浮かべる。すると、一本だけの線に、見知らぬ光の文字が浮かんだ。
『木剣を振る』
「今のは、僕が考えたことが書かれたのか?」
文字を消そうと念じると、線は空白に戻る。もう一度、今度は言葉を選びながら考えた。
『木剣を振る』
板の下に、新たな光がともった。
レオンは木剣を握った。
「動くのか……?」
右腕が、自分の意思とは別に持ち上がる。木剣が頭上を通り、振り下ろされた。
一度だけではなかった。腕が戻り、また振り上がる。振り下ろす。戻る。何度も同じ動作を繰り返す。
「待て、なんだこれ!」
レオンは慌てて木剣を手放そうとした。けれど、腕は動きを続ける。驚きに息をのみ、光の板に意識を向けた。
「止まれ……止まれ!」
線の文字を消す。途端に、腕が止まった。
レオンは驚きに息を乱しながら、木剣を見つめた。腕には痛みも疲れもない。
試しに、もう一度文字を浮かべる。
『木剣を振る』
今度はすぐに止められるよう、光の板を見つめたまま実行した。やはり腕は同じ動作を繰り返す。文字を消すと止まった。
「一行にひとつの動作……それを、繰り返すのか?」
分かったのは、そこまでだった。
レオンは木剣を握ったまま、廃屋の中央に立った。腕を伸ばしても壁に当たらないことを確かめ、文字を残したまま目を閉じる。
夜は更けていった。張り詰めていた気持ちが緩み、やがてレオンは眠りに落ちた。
夜が明ける。
レオンは、木剣を振り続けたまま目を覚ました。腕は疲れておらず、木剣もまだ手の中にある。自分の意思で振った一度の動きが、眠っている間も繰り返されていたのだ。
「これが……フルオート」
剣術スキルを持たない少年の、誰も知らない稽古が始まった。




