第193話〜祈り〜
「なに、言ってるの……?」
ナナシは酷く困惑した顔で二人を見、その袖を何度も引っ張った。しかしどれだけやっても二人に変化は無く、後ろにいたレンア達も同様にきょとんとした顔を見せていた。その身体が少しずつ辺りと同じ『白』に染められようとしているのにも関わらず。
(……っ!?)
突然、胸の光が焼けつく様な熱と共に強さを増していく。そこから放たれた光の糸は側にいたアレン達は勿論、
「ま、また……!」
糸によってそれぞれがナナシと繋がった瞬間、失われようとしていた色を取り戻していく。
「っ……ぉお!?」
「な、ナナシちゃん。これは一体? それにあの敵は……」
「しゅじん様、上うえ!」
レンアが慌てて空を指差し、彼等はその異常な光景に息を呑んだ。雲一つない白紙の空が、遥か彼方まで続いている。
だが彼女が本当に指差していたのは、その空の先に浮かぶ小さな光だった。
あれが何かは知らないが、あれが誰かはすぐに分かる。
「ミチオ!」
「なぁあれ落ちて来てないか!? このままじゃペシャンコだぞ!」
「分かってる! 二人ともすぐに」
「大丈夫」
迎えに行こうとするクライス達を、ナナシの言葉が制止する。そんな彼女はというと、今自分が何を言ったのかすら分からない顔をしていた。
それでも彼女は現れたその言葉に従う様に両手を胸の前で合わせ始める。
その祈りは『命』の光に『色』を加えて、周囲の建物はおろか遥か先の大地へと広がっていく。
「必要なのは、信じること……」
様々に彩られた光の糸が、ナナシを中心として白紙にされた大地を塗り替え空へと伸びる。
空へと束ねられた糸はまるで巨大な両腕となって、落ちる光を包み込んでいった。
遠目にも映るその光景を、誰もが見上げていた。まるで、神話のようにと。
〜〜
「……見えたか?」
雲の上にそびえる山から、携帯を持ったエレマオーノは唯一の連絡先へと問いかける。
『あぁ。特零零……彼女の命が、遂に芽吹いた』
「これでまた一歩、前へ行けるな」
エレマオーノは携帯を折りたたんで山を下る。もうその視界に、神話の一端はもう映っていなかった。
〜〜
ー1日後ー
「おめでとうヒイラギミチオ。退院ダ」
俺が目を覚ました時には、もう全てが終わっていた。自分が最初に聞いた声は、嫌そうな顔で辺りにスプレーを吹きかける小さな院長だった。
更にその院長は、なんの脈絡も無いまま顔面にそのスプレーを吹き付ける。
「また痛くない消毒液か?」
「バカいえ、これはただの水だヨ。それと、大事な患者がいるべき場所を愛の巣代わりにした罰ダ」
んなわけあるかい。と言いたい所だが、生憎両隣にはそう思わせるに足る証拠が二人ほどいたのである。
右にナナシ、左にカアプー。当然、服は着ていない。酌量の余地は無いと思われる。
「それに、こんな状態では最早病院は機能せん。勿論、他の奴らみたいにどけるなんてもってのほかだがナ」
とにかく、退院なんだからさっさと出てケ。と院長は言い残し、辺りにある『それら』を踏まない様にして帰っていった。
「……院長、ありがとうございました」
俺はそんな院長を見送り、聞こえたかも分からないお礼を言っては窓から外の様子を見た。
それはもう嫌なくらい見慣れた都会の景色では無く、何とも異世界らしい幻想的な物へと染まっていた。
建物は勿論、道路も機械も全てが自然という緑に包まれている。割れた窓から拭く風も自然特有の暖かさを運んでくれていた。
「……」
窓から下の方では、色々騒がしくしているのが聞こえてくる。
故郷的に言えば、都市機能が丸ごとストップした様なものだ。当然車も使えなければ、今まで使えていた道具の殆ども意味をなさなくなっている筈。
植物をどけるにしろしないにしろ、この混乱は長く尾を引く事だろう。
「あ、そういや呼ばれてるんだったな……それに、今日でお別れ、だからな」
俺は両隣にいる二人を優しくゆすって起こしてやると、ナナシ達は可愛らしく目を擦りながら起き上がった。色々あったので致し方ないのだが、まだ大分寝ぼけてるらしい。
「ミチオさま、薬指のゆびわは……?」
「そんなものはない。既に予約がある」
「……? ひゃくいちにんめは?」
「わんちゃんじゃねぇんだぞ」
一体ナニを見ていたのやら。余計な詮索は頭からどけて、二人を起こして支度する様言いつける。
俺もお世話になったベッドを離れて、用意してくれていた衣装に袖を通す。カーラ達がくれたスーツジャケットとスラックスはそのままに、中は普通のシャツとラフに着れる感じだ。
「……ってこれシャツだけどシャツじゃねぇ」
シャツの中央に横並びででかでか且つ巧妙に隠された『シャッ……ケ』の文字。一応あちらの言語で書かれている。
「? という事は以前のジャガイモよろしく、シャケもこの世界に……?」
世界の深淵を見そうになったので、これも考えるのをやめた。二人も丁度支度を終えて、早く行こうと俺を急かした。
「あぁ、じゃあ行こうか」
そんな二人の頭を撫でて、俺は病室を後にする。清々しい気分を表す様に、左手の甲の結晶が煌めいていた。




