9
疲れきって帰宅すると、玄関に我が家のものではない男物の靴が一足並んでいた。
「海雪、悠一さんがいらっしゃってるわよ」
出迎えてくれた母にそう言われてリビングに向かうと、悠一がピンストライプのシャツに包まれた身体を少しだけ縮こませてソファに鎮座していた。
こちらに気づくなり、悠一はすくっと立ち上がった。背が高い彼は海雪を見下ろしていたが、顔の前で手を合わせたかと思うとこちらを拝み倒すように頭を深々と下げた。
「海雪……ゴメン!」
何のことなのか、一瞬わからなかった。昨日の出来事なのに、もう何年も経ったような錯覚に陥っている。
ドタキャンを食らわされたことなのだと気づいても、もう怒る気はなかった。それどころか悠一に対する愛情がふつふつと沸いてきて、胸が暖かい。
黙って彼を眺めていると、何も言わない海雪に不気味なものを感じたのか、恐る恐る顔を上げてきた。
女生徒に人気のあった端正な細面は、七年の月日を感じさせる風貌に変わっている。あの頃の若さあふれる容姿も良かったけれど、海雪は今のこの顔のほうが好きだ。
きっと中身は変わってない。いつだって自分を元気づけ、優しく包んでくれる。
過去にとらわれてばかりいたから、すっかり見失っていた。夢が実現していなくても、直登と結ばれていなくても、今の自分は幸せなのだ。叶わなかった未来を追い求めるより、これから悠一と二人で幸せな未来を築いていくことのほうが大事──と、今はしみじみ思う。
海雪は自然と微笑んでいた。変わらなかった七年後の未来は、こんなにも優しく自分を迎えてくれたのだ。
その笑顔を見て、悠一もまたホッとしたように顔をほころばせた。放課後の教室で海雪を励ましてくれたあの時の表情と同じだ。
「……先生、ありがと」
悠一──七年前、海雪の担任教師であった北山悠一は、自らを先生と呼んだ海雪を不思議そうに眺めた。かつての教え子が恋人に変わった三年前以来、そんな呼び方はされたことがない。
だが悠一も何かを感じたのだろう。
「何か昔に戻ったみたいだな」
そう言ってはにかんだ顔もまた七年前と変わらない。
悠一は少しだけ教師の顔に戻って、教え子を見つめる瞳で海雪に微笑んだ。
「おかえり……長岡」
風鈴が揺れる音に窓の外を眺めると、夏の青空はいつの間にか暮色に染まっていた。
タイトルは渡辺美里さんの名曲からいただきました。
作者は阪神ファンではありません。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。




