01 世界が変わった日
4つのときにね、ほとんど家にいなかったお父さんが亡くなったんだ。
お父さんはロボット工学の博士だったし興味はロボットだけだった。
お母さんはわたしを産んですぐに亡くなってたから、わたしのことは家政婦さんに任せきりで。
悲しかったのかはよく覚えてないけど、わたしはずっと泣いてたんだよね。
そんなときだったんだ。
庭にお兄ちゃんが立っていたのは。
ぐすっと鼻をすすりながら見たお兄ちゃんはまるで天使みたいでね?
色素の薄い飴色の髪と透き通るように白い肌。
瞳は淡い空色で、光を浴びたらガラス玉のように輝くの。
「はじめまして。守園 希ちゃんだね?」
ゆっくりとしゃがんだお兄ちゃんが、にこっと微笑んだんだよ?
その笑顔にわたしの目から流れる涙は少なくなって、あっという間に止まっちゃった。
バカみたいにポカンと見つめるわたしの頭をお兄ちゃんが優しく撫でてね?
「ぼくは守園 叶。希ちゃんの、お兄ちゃんだよ。」
微笑みながらそう言った叶お兄ちゃんが何度も頭を撫でてくれるのは、ほとんど撫でられた経験のないわたしにはとっても気持ちが良かったんだぁ・・・
「あーはいはいはい、ヨカッタデスネ。またお得意のブラコンノロケか・・・」
はあ。とため息を吐き、結城 時兎はやれやれと言わんばかりに首を振る。
その態度に希はキッと目を三角に吊り上げて、ばしばしと机を叩いた。
「惚気じゃないもん!叶お兄ちゃんとの初めての出会いを、こう、心のままに説明してるだけだもん!」
「だからそれを言ってんの!」
いい加減気づけ!とぺしっとおでこを叩かれて希はぐっとつまってしまう。
「ひどいよ、トキちゃん。」
おでこを押さえている希にじっとりと見つめられた時兎がニヤニヤしたまま希の背後を指差した。
「あ・そ・こ。愛しのお兄様がいらっしゃってるぜ?」
その言葉に希は勢いよく振り返り、教室の出入り口に兄の姿を見つけたとたん反射的に鞄に手が伸びる。
「またね!」
「おう。」
二回手を振って駆けていく希の背中を憐れむように見つめ、時兎は深い深いため息を吐き出した。
「・・・ありゃ末期だな・・・」
財団法人JG学園。
正式名称、財団法人日本防衛機構所属特殊技能養成課。
16~18歳の少年少女が通う、通称トランプと呼ばれる巨大な人型兵器の操縦士と整備士を養成することを目的とする、日本にただ一つしかない1年制の専門学校。
10年前。
突如空に黒の大軍勢を率いて現れ、宣戦布告を成した敵勢力アヴァンディエ。
ゲームをしよう、そう持ち掛ける無感情な声が人類に与えた猶予期間は5年。
アヴァンディエについての資料はなく、どこに拠点を置いているのかさえ不明だった。
人類は無人戦闘機の製造を開始する。
当時の科学技術力をもってすれば容易かったそれは圧倒的な数を生み出した。
そして5年前。
ついにゲームは始まった。
数の暴力。それは世界に平和を齎すはずだった。
敵機の動きを読み取り解析し新たな機体にデータを追加する。
同様に敵の無人機もそうしているのか、それはイタチごっこの様相を呈し始める。
しかし日に日に撃墜される数が増える一方、アヴァンディエに衰えは全く見えなかった。
このままでは負ける、そう連合作戦室が沈黙したとき。
一人の科学者が提案した。
有人機の開発を。
同じ頃、アヴァンディエ側の動きにも変化があった。
それまで同じ場所でしか展開していなかった大規模戦闘から、様々な場所での同時小規模戦闘へと移行したのだ。
区域に法則性はなく予測をたてることは不可能だったが、それでも凌ぐことはできていた。
問題は、一丸となっていた人類が瓦解の兆しを見せたことだった。
散発的に起こる戦闘の舞台が自国内であった場合に備え、戦力を国内に留める国が多発したのだ。
国内の基地から即時迎撃した方が早いという理由で。
この時点ですでに己が身は己で守らなければならないという程度には世界は逼迫していた。
そんな中、極東の小島に興味などないのか偶然にも被害を免れていた日本もある機関を立ち上げる。
それが日本を守ることを目的として創設された財団法人日本防衛機構だった。
無人機という経験を生かし、国内における有人機開発は最終段階へとすすむ。
しかしここへきて一つの予期せぬ事態が発生した。
機体と操縦士を繋ぐための精神解放装置の不備。
装置が反応するのは16~18歳の限られた年齢だけだった。
作り直すには時間も費用もかかりすぎる。
不備は不備のまま開発はすすめられ、時を同じくして新設されたのが特殊技能養成課だった。