第十四話 死闘決着!
いよいよ、審査の結果報告が始まる。
俺もレオンも固唾をのんで見守っていた。
ヴァリファリスは自信満々といった様子で腕を組み、ニヤニヤと笑っている。
一方、その隣に立つユーリは緊張した表情で、審査員のエレノアールをじっと見つめていた。
「それでは、審査結果を発表する! まずはグランディア王国の点数からだ!」
ウォーロッドの声が会場中に響き渡ると、ステージ中央に設置された魔導具が光を放ち、まずグランディア王国の得点が表示された。
いくつもの数字が高速で切り替わり、やがて一つの数字で止まる。
99点。
「……!」
俺は思わず息を呑んだ。
99点、まずい、かなりの高得点だ。
あれだけの香辛料を使いながら、それぞれの個性を失わせることなく一つの料理としてまとめ上げ、さらにバジリスクそのものの旨味まで引き出していたのだから、この点数も当然なのかもしれない。
ユーリが、ほっとしたように息を吐く。
「ヴァリファリス様、これで勝利は間違いないですね」
だが、当のヴァリファリスは表示された数字を見て、わずかに眉をひそめた。
「ちっ、満点じゃねぇのかよ」
99点でも満足できないらしい。
続いて、魔導具が再び光を放つ。
「そして、アルヴェリア王国の得点は――!」
俺は祈るような気持ちで、その数字を見つめた。
やがて表示された数字は――99点。
「……え?」
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
俺たちも99点、まさかの同点だった。
会場からも一斉にどよめきが起こる。
俺は隣のレオンを見ると、レオンも驚いたように魔導具を見つめていた。
「99対99……」
つまり、引き分けだ。
レオンは少しだけ安堵したような表情を浮かべたが、その直後、会場中に怒声が響き渡った。
「俺の料理に引き分けは有り得ねぇ!」
ヴァリファリスが腕を組んだまま、鋭い目で審査員席を睨みつけている。
「白か黒か、勝つか負けるか、どちらかだ!」
その声に会場はさらに騒然となった。
観客たちも、このまま引き分けで終わるのか、それとも何らかの形で勝敗を決めるのか分からず、次々と声を上げ始める。
俺は隣のレオンに尋ねた。
「この場合は、どうなるんだ?」
「いや、俺もわからん」
レオンも困惑したように首を振る。
するとウォーロッドが一歩前へ出た。
「静粛にしろ!」
「だったら、さっさとこっちを納得させやがれ!」
ヴァリファリスは一歩も引かない。
ウォーロッドはその勢いに押されることなく、エレノアールへと視線を向けた。
エレノアールはしばらく静かに二つの料理を見つめていたが、やがてゆっくりと立ち上がる。
「それでは、私から勝敗について詳しく説明します」
エレノア―ルの凛とした声が響くと同時に、会場が一気に静まり返った。
エレノアールはまず、ヴァリファリスの料理へと視線を向ける。
「ヴァリファリス、あなたの料理は本当に素晴らしいものでした。あれほど膨大な量の香辛料を組み合わせ、それぞれの個性を失わせることなく一つの料理へとまとめ上げた技術は、まさに神業と呼ぶに相応しいでしょう」
ヴァリファリスは腕を組んだまま、黙ってエレノアールの言葉を聞いている。
「一口目に感じた圧倒的な刺激。そして、その刺激を支える幾重にも重なった旨味と香り、あれほど強烈なインパクトを与えられる料理人は、そうはいません。まさに『雷獣』と呼ばれるに相応しい料理でした」
エレノアールは、今度は俺たちの料理へと視線を移す。
「一方、カズマとレオンの料理も素晴らしいものでした。太陽トマトや千年ニンニク、銀胡椒などを組み合わせたカレーのベースには、二人が積み重ねてきた試行錯誤がはっきりと表れています。さらにサフランライスとヴァリアント・ボアのカツを組み合わせることで、辛さだけではない奥行きのある料理に仕上げていました」
俺は黙ってエレノアールの言葉を聞いていた。
「そして、特に評価したいのが最後の工夫です」
エレノアールの視線が、黄金カツカレーへと向けられる。
「ヴァリアント・ボアのカツ、その衣にゴールドオレンジの皮を使うことで、濃厚なカレーと肉の旨味を味わった後に、口の中へ清涼感を残した。あれによって、それまで積み重なっていた辛さや濃厚さが一度リセットされ、最後まで料理を食べ進められる構成になっていました」
俺は思わず拳を握った。
あの工夫が、ちゃんと評価された。
「二つの料理は、まったく異なる方向から『辛い料理』というテーマに挑んでいたのです」
エレノアールは静かに続ける。
「ヴァリファリスは、圧倒的な香辛料の技術によって食べる者をねじ伏せるような強烈な料理を作り上げた。一方、カズマとレオンは、辛さだけを追求するのではなく、酸味、甘味、旨味、香り、そして最後の清涼感までを一つの料理として計算していた。どちらも素晴らしい料理であり、だからこそ点数は99対99となったのです」
エレノアールは一度言葉を切った。
「ですが、あなたは先ほど、勝つか負けるか、どちらかだと言いましたね」
ヴァリファリスがニヤリと笑う。
「ああ、そうだ」
「ならば、私も敢えて勝敗をつけましょう」
その言葉に、会場中が息を呑んだ。
エレノアールは俺たちの料理を見つめ、それからゆっくりと口を開く。
「ヴァリファリス、あなたの料理の味は最高峰でした。間違いなく同種の料理の中では頂点に位置するでしょう。」
エレノア―ルは静かに言葉を続ける。
「ですが、私はこの料理を知っています」
その言葉に、ヴァリファリスがわずかに眉を動かした。
「長年、料理人として、そして審査員として多くの料理を見てきた私だからこそ分かります。あなたの料理は、この世界に存在する料理を極限まで磨き上げたものです。味は間違いなく最高ですが、言ってしまえば、既存の料理をさらに高い次元へとブラッシュアップした料理でもあります」
エレノアールの視線が、俺たちの前に置かれた黄金カツカレーへと移る。
「ですが、この黄金カツカレーは違う」
「私は長年この仕事を続け、これまでに膨大な量の料理を食べてきました。それでも、こんな料理を食べたのは初めてです」
会場が静まり返る。
「味の面だけで言えば、あなたの料理と彼らの料理は互角と言っていいでしょう。ですが、料理の評価は味だけで決まるものではありません」
エレノアールは、はっきりとした口調で続けた。
「これまで誰も作ったことのない料理を生み出した、その独創性。そして、その独創性を奇抜なだけで終わらせず、見事な一皿として完成させたこと。その点も含めて考えた結果、私はカズマとレオンに軍配を上げます」
独創性、その言葉を聞いて、俺は少しだけ考えた。
俺のいた世界では、カツカレーなんて決して珍しい料理じゃない。
むしろ、誰もが知っている定番料理の一つだ。
それが、この世界では誰も作ったことのない料理として評価されるらしい。
まあ、考えてみれば当然か。この世界には俺のいた世界とは違う食文化があり、料理の歴史も違う。
俺にとって当たり前だった料理が、この世界では新しい料理になる、それなら、それでいい。
「この料理は、単に美味しいだけではありません。これまでこの世界になかった料理を生み出し、しかもそれを一つの完成された料理として成立させている。その発想と工夫は、今回の勝負において大きな意味を持ちます」
そして、エレノアールは会場全体を見渡した。
「したがって、この勝負の勝者は――カズマとレオン。アルヴェリア王国の勝利とします!」
一瞬、会場が静まり返り、次の瞬間、アルヴェリア側の観客席から大歓声が巻き起こった。
「うおおおおおおおおおっ!」
「アルヴェリアの勝利だ!」
「カズマ! レオン! よくやった!」
俺は、その声を聞きながら、ようやく実感した。
勝った……あの『雷獣』ヴァリファリスを相手に、俺たちは勝ったのだ。
隣を見ると、レオンも誇らしげな表情を浮かべている。
「カズマ、お前のおかげだ。あのカツの工夫が無ければ、俺たちは負けていた」
「いや、レオンの調理技術が無ければ、ここまで戦えなかった。この勝利は二人の勝利だ」
これは間違いなく俺の本心だった。
レオンの高い調理技術と、この世界の食材に対する豊富な知識。それによって作り上げられたカレーのベースがなければ、あの黄金カツカレーは完成しなかった。
俺一人では、ここまでの料理を作ることはできなかっただろう。
その一方で、ヴァリファリスは悔しそうに拳を握りしめていた。
「ちくしょう!」
そこへユーリが歩み寄ってくる。
「レオン、私たちの完敗ね」
「いや、本当にギリギリの勝利だ。それよりお前の師匠大丈夫か? かなり荒れているようだが」
「ああ、ヴァリファリス様は裏表がはっきりしているからね。悪い人じゃないから、大丈夫。それより、カズマって言ったっけ? レオンにこんな相棒が出来るなんてびっくりね。真面目なレオンと破天荒なあなたの工夫、ぴったりのコンビだと思うわ」
そう言って、ユーリはヴァリファリスのもとへ戻っていった。
すると今度は、アルバートが俺たちのところへやってくる。
普段は厳しい表情を崩さないアルバートだったが、今は満面の笑みを浮かべていた。
「よくやった! 女王様もお喜びになるだろう! お前たちは我が国の誇りだ!」
「ありがとうございます」
俺とレオンは揃って頭を下げた。
アルバートの言葉が、今は素直にうれしかった。
こうして、アルヴェリア王国とグランディア王国の料理勝負は幕を閉じた。
この世界の料理人たちの最高峰、神厨八師の一人『雷獣』ヴァリファリスとの勝負は、まさに紙一重だったが、俺たちはギリギリのところで勝利することができた。
俺とレオン、二人で掴み取った勝利。
だが、この勝利が、また新たな料理勝負の火種となることを、俺たちはまだ知らなかった。
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