第十三話 いざ実食開始!
いよいよ試食の時間が始まった。
会場はこれまで以上の熱気に包まれ、アルヴェリアとグランディア、それぞれの観客が固唾を呑んで審査員席を見つめている。
二組の料理はすでにエレノアールの前へと運ばれており、試食は料理が完成した順番に行われることになっていたため、わずかに早く仕上がったヴァリファリスたちの料理から始められることになった。
エレノアールの前へ運ばれたのは、ヴァリファリスが作り上げた一皿だった。
「この料理の名は『雷獣式バジリスクのソテー』だ。俺の渾身の一皿、存分に味わうんだな」
ヴァリファリスから料理名が告げられると、会場から大きな歓声が上がった。
香ばしく焼き上げられたバジリスクの肉に、鮮烈な赤色をしたソースが添えられている。
見た目からして強烈な存在感を放つ料理だったが、エレノアールが皿へ顔を近づけた瞬間、その表情が変わった。
「これは、何て芳醇な香り、一体何種類の香辛料を使っているの?」
その問いにヴァリファリスは答えず、ただ面白そうに笑っている。エレノアールはナイフで肉を切り分け、フォークに乗せた一切れをゆっくりと口へ運んだ。
「……っ!」
一口食べた瞬間、エレノアールの目が大きく見開かれた。
「か、辛い……! でも、それだけじゃない。何なの、この旨味は……!」
強烈な辛味が一気に舌を刺激するだけではなく、その直後からバジリスクの濃厚な旨味が押し寄せ、さらに幾重にも重なった香辛料の風味が次々と口の中へ広がっていく。
ひとつの味を感じたと思えば、その奥から別の香りが現れ、さらにその後ろから別の旨味が追いかけてくる。エレノアールは驚きを隠せないまま、もう一口を口へ運んだ。
「辛さがこれだけ強いのに……全然嫌じゃない。それどころか、もっと食べたくなる」
料理人としての本能なのか、エレノアールは舌に残る風味を確かめるように、さらに一口を食べる。
やがて、その複雑な味わいの正体に気づいたのか、驚いたように呟いた。
「これは……天桂樹、アーク・グローブ、オメガ・カルダモン、それにディバイン・バジルまで……」
「へえ、そこまでわかるとは、さすがにエレノアールだな」
ヴァリファリスが満足そうに笑う。
エレノアールは答える代わりに、再び料理へフォークを伸ばした。
顔にはまだ驚きが残っているが、その目は完全に料理へ向けられている。
辛さに額へ汗を浮かべながらも、一口食べるたびに新しい風味を探すように料理を味わっていた。
やがて最後の一口を飲み込むと、エレノアールはゆっくりとフォークを置いた。
「……凄いわ。この料理、一体どれだけの香辛料を組み合わせているの?」
その言葉を聞きながら、俺は思わず息を呑んだ。
ヴァリファリスの料理が凄いことは調理中から分かっていた。
それでも、実際に一流の審査員であるエレノアールの反応を目の前で見せつけられると、その実力を改めて思い知らされる。
レオンが小さな声で呟いた。
「まずいな、あれでは俺たちの料理の印象が半減してしまう」
確かにその通りだった。あれだけ強烈な料理を食べた直後なのだ。
俺たちのカレーを口にした瞬間、どうしても比較されてしまうだろう。
けれど、俺は自分たちの料理を見て、静かに笑った。
「大丈夫さ、俺たちの料理なら」
「カズマ……?」
俺はエレノアールへと視線を向けた。
「俺たちのカレーは、ヴァリファリスの料理とは違う。あいつが強烈な刺激を積み重ねていく料理なら、俺たちは一口の中で味を重ねて、最後に別の味へ変化させるんだ」
やがて俺たちの料理が審査員席へ運ばれてきた。
濃厚な色合いのカレー、その隣に鮮やかな黄色のサフランライス。
そして、そのカレーの上に堂々と乗っているのは、揚げたてのヴァリアント・ボアのカツだった。
料理を運んできた係員が、エレノアールへ向けて料理名を告げる。
「俺たちの料理は……『黄金カツカレー』です」
俺が告げた料理名を聞いて、会場がざわめいた。
名前だけを聞けば、カレーにカツを乗せた料理にしか思えない。
しかし、その一皿に込められているのは、俺とレオンが何度も試作を重ね、ヘルミーナが命懸けで手に入れてくれた千年ニンニクやヴァリアント・ボア、そして最後に俺が思いついた工夫まで含めた、俺たちの集大成だった。
エレノアールは運ばれてきた皿をじっと見つめる。
先ほどまでの驚きが残った表情のまま、まずはスプーンでカレーを少量すくい、ゆっくりと口へ運んだ。
「……これは」
太陽トマトの濃厚な酸味と甘味、その奥から千年ニンニクの深いコクが現れ、銀胡椒の刺激が全体を引き締める。
複数の香辛料が重なってはいるものの、ヴァリファリスの料理のように次々と刺激が押し寄せてくるのではなく、それぞれの味が一つのカレーとしてまとまっている。
「辛い……でも、不思議ね。いろんな味が次々に出てくるのに、全体としてはすごく調和している」
エレノアールはもう一口、今度はサフランライスとカレーをスプーンですくい、一緒に口へ運んだ。
「なるほど……サフランの香りが加わることで、また印象が変わるのね」
そして、エレノアールの視線がカレーの上に乗ったカツへと向けられた。
ナイフを入れると、揚げたての衣が小気味よい音を立て、その内側から肉汁がじわりと滲み出す。エレノアールは切り分けたカツをフォークで口へ運んだ。
「……こ、これはっ!」
今度は明らかに違う驚きだった。
ヴァリアント・ボアのヒレ肉は柔らかく、噛むほどに濃厚な旨味が広がっていく。
それがカレーの辛味と合わさることで、先ほどまでのカレーとはまた違った力強さが生まれた。
「この肉……なんて濃厚な旨味なの」
エレノアールはもう一度カツを口へ運ぶ。
そして、その瞬間だった。
「……あら?」
エレノアールの動きが止まった。
さっきまで口の中に残っていた濃厚なカレーと肉の旨味が、すっと軽くなっていく。
辛味も脂っぽさも消えたわけではない。それなのに、口の中を一気に洗い流すような鮮烈な清涼感が広がっていく。
「なに、この感覚……?」
エレノアールは驚いたように目を見開いた。
それは香りが強いという感覚ではなかった。
カツを、カレーと肉の旨味を十分に味わった後、その余韻を追いかけるように、口の中へ爽やかな感覚が広がっていく。
濃厚な料理を食べたはずなのに、後味が驚くほど軽い。
エレノアールはその正体を確かめるように、もう一度カツを口へ運んだ。
「やっぱり……食べた後に、こんなに爽やかな余韻が残るなんて、これは……柑橘……まさか!?」
その呟きを聞いた俺は、思わず口元を緩めた。
レオンも目を見開いている。
「そうか……あの時のゴールドオレンジは、このためだったのか!」
「ああ」
俺は小さく頷いた。
「カレーっていうのは、食べ進めるほど濃厚さが口の中に残っていく。だから俺は、その最後に残る重さを一度リセットできるものが欲しかったんだ」
エレノアールは驚いたようにカツを見つめる。
「でも、一体どこに柑橘を……?」
俺はそこで初めて、その秘密を明かした。
「実は、その衣にはゴールドオレンジの皮を使ってあるんだ!」
「ゴールドオレンジの皮ですって……!?」
エレノアールが驚きの声を漏らす。
カツの衣に細かく加えたゴールドオレンジの皮が、カレーと肉の濃厚な味を楽しんだ後に、爽やかな清涼感として口の中に残る。
それによって、重厚なカレーを最後まで食べても、次の一口をまた食べたくなる。
「なるほど……だから、こんな感覚に……」
エレノアールは呟きながら、再びカツを食べた。
そして、カレーを食べ、サフランライスを合わせる。
その後に再び、もう一度カツを食べる。
先ほどまでヴァリファリスの料理を夢中になって食べていたのと同じように、今度はエレノアールのスプーンが止まらなくなっていく。
俺はその姿を見ながら、静かに息を吐いた。
ヴァリファリスの料理は、圧倒的な香辛料の技術によって、辛味と旨味を何層にも積み重ねた料理だった。
対して俺たちの料理は、カレーの濃厚な旨味と辛味、ヴァリアント・ボアの肉の力強い旨味、サフランライスの風味を重ねた上で、最後にゴールドオレンジの清涼感によって口の中をリセットする。
どちらも辛い料理だが、相手をねじ伏せるような辛さのヴァリファリスの一皿と、俺たちの調和を狙った一皿。
そして今、エレノアールはその違いを、自らの舌で確かめている。
俺はレオンと顔を見合わせた。
「どうだ、レオン」
「ああ……」
レオンはエレノアールを見つめながら、ゆっくりと頷いた。
「これなら……勝負できるかもしれない」
俺はもう一度、エレノアールの前にある『黄金カツカレー』へ視線を向けた。
勝負は、まだ終わっていない。
だが、少なくとも俺たちの料理は、あの『雷獣』の一皿に真正面からぶつかることができている。
残るのは、エレノア―ルが下す最後の判断だけだった。
少しでも面白いと思って頂けましたら、評価をお願いします。下にスクロールすると評価するボタン(☆☆☆☆☆)があります。
ブックマークも頂けると非常に喜びますので、是非宜しくお願い致します。
良ければ、感想もお待ちしております。
評価や、ブックマーク、いいね等、執筆する上で非常に大きなモチベーションとなっております。
いつもありがとうございます。




