刹那トラッカー発動編⑧星空散歩
ばさっ。
ひゅおおおおあ。
ばさっ。
恐らくは、滑空するような鳥の羽ばたきと、吹き荒ぶ風の音。
いや、大気を切り裂いて、飛ぶ音!
「んー、起きましたかなー?」
ばさっ。
ぐわああ、ん。
「お義父さん起きたんですね。」
胸の、心の中で、声がする。
ぎゅっ。
柔らかな手が「あなた」のまぶたに当てられる。
「まーだおめめを開けたらだめですなー。」
ば、さっ。
「お義母さんと私は対惑星文明兵器ですから大丈夫ですけど、お義父さんは、ただの四次元人で、人間って種族ですから。」
「今ナインとわたしは、リピニィエーラの頭の上に乗っているのはわかりますかなー?」
A、「どこへ、向かっているの。」
ば、さ。
そう言えば、大気の音はするのに、身体には一切の空気抵抗を感じない。
A、─「ナインの、「あなた」の暮らしている惑星だよー。」
ふぁぁぁ、くぅおおん。
何か、空気の層が引き上げられたような。
「うん、恒星熱量スイングバイも終わり。あと8分19秒くらいで到着するよ。」
「じゃあもうおめめあけてだいじょうぶだよー。」
「あなた」は、まぶたを開く。
星空。
違う。
濃紺の、真っ黒な下地にさまざまな色の輝きが見えて─。
A、「宇宙。」
そう、表現してしまった。
A、─「んー、ナインはいつもの呼び方しないんですなー?」
「暗く冷たい光の海に、だよね。」
ばさっ。
振り向く。
青と緑の体表と、薄い桜色の羽衣を纏うリピニィエーラの背には、輝くような光の翼が生えて、
「それは反陽転斥力エンジンのリピニィエーラオリジナルですなー。」
「お義父さん、可愛く見えますか?」
A、「そうだね。いや違う!どうして地球へ!」
ばさっ。
羽ばたきと、まばゆいほどの光の、壁と言うより半球体の膜のようなものが輝く。
恐らくさっき過ぎ去った煌めく点は金星で、目の前の拳状のサイズのものは木星だ。
A、─「うー、ん!ナインがあんまりにナツコを想いますからなー。お嫁さんのひとり目としては、やけちゃいますなー!」
「死に続けている全員を救う事は不可能ですけど、今お義父さんが読んでいる、この本文中で死んでしまうはずのナツコさんなら、その前に保護して、命球に連れ帰る事は可能です。」
ガルデニアが立ち上がり、「あなた」に手を伸ばす。
「ナインが守るって言ったんですからな、カッコいいところを見せてもらいますぞー。」
A、ガルデニアの手を取り、立ち上がる。
ばさっ。
リピニィエーラの力強い羽ばたきが、土星の輪をなぞるように翔ぶ。
A、─「見えたよ、お義父さん、お義母さん。」
「ぉー、ほんとにちっちゃいですなー。」
何層にもなる土星の環。
その外側、左手10時の方向に、それは見えた。
ペイル ブルー ドット。
かつて、太陽系第三惑星地球から、どこかの誰かに向けて送られた手紙。または探査機のボイジャー1号が撮影した、地球の写真。
ほんの小さな、青い点。
しかしそれは、
まるでゼロ次元の空間に、現れた一次元。
とてつもなく小さな点でありながら、「あなた」の実際の肉体は、その岩石惑星で暮らしている。
「むー、遠い目をしてますなー?」
「お義母さんだって、エルヴィエルナの話をしてくれる時、そぅいう顔してるよ。」
ばさっ。
A、「どうして、地球に直接行かないの?」
そう、太陽から地球へなら、土星に寄る必要はないはずだ。
A、─「惑星直列って言う、星がまっすぐ並んでる、引っ張り合ってる瞬間の力を利用してナツコの救出タイミングを測ってますなー。」
「この力の流れに隠れて動いてるから、この時間軸に存在しているお義父さんを狙うカヌメナーアと、お義父さんの形代として死んじゃうはずのナツコさんには認識されないの。」
ばさっ。
リピニィエーラの羽ばたきが、まるでその救出タイミングを計っているかのように。
てろりん♪
「あなた」のスマートフォンに通知が入る。
…スマートフォン?
「あなた」のスマートフォンは、アロエという名の少女に変わったはずだ。
A、とにかく通知を確認する。
「あなた」の接触により認証を行いロックを解除したスマートフォンの、通知をタップする。
A.─「現在は地球西暦2026年、日本国の8月12日。」
アロエの、少女の声で読み上げられる内容は、更に続く。
「救助保護の完了後、目標個体名ナツコはリピニィエーラがグレフタードへ移送、次元騎士ナイン・エルナと対惑星文明兵器ガルデニア・ヴィナヴァルテは次の惑星直列、11月14日まで日本国内で待機。」
「ふんふん、つまりナインとふたりっきりですな。」
「また、当座の生活資源の補助は現金支給で行われるが、住所居住地などは届出済み。電気ガス水道契約済み、必要に応じての就労は許可する。」
「なーるほどー、ロータス総合学園でやってたこととだいたい同じですなー。」
「なお。」
「む、まだ続きがありますな?」
「おおとろべふこの保持熱量再生により、某地域某市某区某町のアパートメント一室の契約が完了している。」
「ふむふむ、わんえるでぃーけーってやつですなー?」
「ランサーポデア及びぜネロジオ、武器使用不許可、ルリローのみ人命保護の観点から限定使用を許可する。」
「うーん、ナインの飛鷹のぜネロジオは使っちゃだめ、で─。」
しゅうううぅ。
「あなた」とガルデニアの衣服が、2026年代日本の私服へと変わる。
「ふぉー、およーふくと下着とかも入ってますなー。」
ガルデニアが、キャスターのついたトラベルバッグを─。
A、「もう終わったの!?」
目の前では、気絶したようなナツコの頭を撫でる少女が、
A、─「うん、お義父さんとお義母さんがメール読んでる間に救出と保護は完了したよ。」
ガルデニアくらいの、青緑の髪色をした少女は、スッと立ち上がる。
「どう?えらいでしょ。」
ガルデニアのよくやるように、脚を肩幅まで広げて両手を腰に当て、胸を張る。
そうか、この子が対惑星文明兵器リピニィエーラの、ひととしての姿。
かつて、クルルガンナ解放戦で配偶者を、子を失った800万人ほどの親が作った都市ピニ イラ。そこで製造された、祈りの子。都市民は、彼女に自らを食べさせて、文字通り彼女の目となり、手となり、足となった。
「あなた」は主導者であり都市長の騎士ウバタニを撃破し、彼は、生き残った都市民は全て捕縛され、邯鄲の柱として、魂の光崩壊刑を受けた。
生まれながらにして親という存在を喰らい、身寄りを失くした子ども。「あなた」はパートナーであるガルデニアと共に、彼女の養育を行った。むしろ「あなた」が行動している間はガルデニアが主に面倒を見ていたため、所々ガルデニアのような仕草を見せている。
A、「うん、頑張ったね。」
「あなた」の手がリピニィエーラを撫でるたび、彼女はうっとりと目を細める。この仕草はハゴロモオトヒメリュウの姿の時と変わらない。
「─♪、ナツコの身体にアンカラで保護をかけたから、までなら大丈夫ですな。」
「それじゃ、11月の14日に迎えに来るから、のんびりして─。」
ふんわりと、羽衣を纏う少女は、「あなた」とガルデニアに微笑みかける。
「迎えに来た時、遊園地に連れてって!お義父さん!お義母さん!」
しゅぱああ!
歯を見せて笑ったリピニィエーラは、ナツコと共に光に、熱に姿を変えて天へ昇って行く。
A、「リピニィエーラの事も、考えてあげないといけないね。」
そう、リピニィエーラはナツコと─。
B、「ちょっと待って!」
アロエの読み上げた通知には─、
C、「グレフタードって何!?」
そんな名前、命球でも潜次元戦艦リコペルシカでも聞いたことがない!
「んんー?そう言えばナインは知らないんでしたなー。」
ガルデニアは「あなた」の手元のスマートフォンに呼びかける。
「やっぴゅーアロエ、ナインにグレフタードを説明してあげて欲しいんですなー。」
A、B、C、「現在ナインに情報の開示を行うと、カヌメナーアに捕捉される可能性があるためお答え出来ません。」手元のスマートフォン、アロエはそう返事をする。「そんな!ぼく/私にだけ内緒だなんて!ずるい!!!」声を上げて「あなた」は抗議するものの、アロエの画面には踏み切り遮断機のような黒と黄色の線が表示される。
「ナインにはしばらく内緒ですなー。」
ガルデニアは軽い赤茶色のハンチング帽をかぶり、「あなた」のほっぺをつつく。
「それより、けっこー暑いから喫茶店に入りたいですな。」
ぱしゅう。
光と共に格子状の模様の入った水色パステルのシャツと白に近い黄色ジャケット、太もも半分までの落ち着いた赤キュロット、スネ上まで覆うベルトがいっぱいのバイオレットエナメルブーツを履いたガルデニアは、赤紫と黒の透けるサングラスを着けた。
A、「そのセンス、キマってるね…。」
B、「に、似合ってるよ…。」
C、「カッコいいよ…。」
何本ものベルトでギチギチガチガチに縛られたエナメルブーツは、文字通りの太陽の光を受けて、ギラギラと輝く。他の衣類は落ち着いた秋のコーデを目指しているのに、そのブーツだけが攻撃力を増加させている。
A、B、C、─「うんうん!お姉ちゃんたちが選んでくれましたなー!」
なるほど…色合い的に、まとまり的に帽子や上着、キュロットは幸拓室長とアルストロメリアが、サングラスはブラックバッカラが選んだものだろう、そして─。
「とーくに、このブーツがすっごいきらきらでカッコいいですなー!」
ガルデニアは片足を膝から曲げて、「あなた」に見せ付ける。このギチギチベルトで固めたエナメルブーツは、間違いなくアネモネのものだ。
「あなた」自身はアネモネが刹那トラッカーで再生される前の姿を知らないが、その転写模倣元になった実在の人物、その人物が作者おおとろべふこの手により登場人物となった、アネモネオの姿を見たことがある。ふわふわとしたものを好む一方、ベルトブーツだけはバチバチのガチガチでギチギチなのだ。
「それより、べふこからお小遣いをもらってますからな、喫茶店でお茶しよー。」
ガルデニアに手を引かれて「あなた」は喫茶店に入った。
11月の14日。
秋休みにしては、少し長い。
この文中でのナツコの個体は保護出来た。リピニィエーラがナツコを送り届けるグレフタードの事は気になるけど、今はコーヒーと焼きたてベーグルの香りに鼻をくすぐられているのだ。
まずは食事!




