刹那トラッカー発動編③フルカラーズ
「いい?わたし達は第十三次元人のいち個体、もしくは群体のカヌメナーアを駆除、排除、または抹殺を行うの。」
目の前ではこの作品、アマチュアSFファンタジー小説のダリア─太陽系第三惑星人戦記─の筆者おおとろべふこ、が「あなた」に説明をしている。
「今は「あなた」とわたし達が乗る潜次元戦艦リコペルシカで、0から1.2.3次元それぞれのあらゆる座標、水素知性体カヌメナーアの痕跡また存在が確認された、おとめ座銀河団の全ての位置へ、舞ちゃん2の転写模倣体を打ち込み続けているの。」
第十三次元人のカヌメナーア、その痕跡は、下位の次元である2次元作品であるダリアの世界と登場人物全てを焼いた。
水素が知性を得たのか、何者かが水素に知性を移したのかは不明だ。これは鶏が先か、卵が先か?の不毛な話題に過ぎない。
「そこでわたしが生み出した概念が、刹那トラッカー。」
2次元の作品世界を焼いたカヌメナーアにも、未だ四次元の存在である「あなた」や作者のおおとろべふこには手が出せていない。
単に、「目に止まったから潰した。」可能性もあり、読者の「あなた」がいる世界もどうなるかはわからない。箱の中の虫を観察しているようなものだ。
「考え過ぎなくていいよ。まあ、刹那トラッカーは「あなた」の心の動き、それを駆動させる熱エネルギーを媒体に発動するの。」
読者の「あなた」がこの作品を読む時、出来事や登場人物を思い出す時、そして次の展開、「あなた」を含めた登場人物たちが何を行うのか思い描く時、「あなた」の脳、心臓、他臓器、血管、筋肉、神経は「あなた」の心を動かすために熱を生む。
この熱を動力源に、刹那トラッカーは発動する。
「だから、今まではいっぱい辛いことあったでしょ?」
目の前で作品世界、登場人物たちが焼かれ、ガルデニアを預けられ、彼女を守り、命を奪う罪と、その命をいただいて命を繋ぐ責任を、
「ヒヤシンスのお父さんも、ウバタニくんも、」
そして、エルベラノで─。
「ダリアの転写模倣体を破壊するために、「あなた」は左腕を失いかけて。」
邯鄲の中とはいえ、永い時間をリハビリに費やした。
「そして、「あなた」はカヌメナーアに侵蝕される星の、その貪られる生命種とリンクをして─。」
夢という形で、粘液性の雨に、無貌の捕食者に喰らわれ。
「この作品世界の中とはいえ、左目を喰われた。」
べふこが、前髪の左側を指先で持ち上げる。
彼女の左目のある位置にも、「あなた」と同じく穴が空いている。
「そこからは覚えてるよね?激痛の中、わたしと同調してダルハルカを使った「あなた」は─。」
潜次元戦艦リコペルシカの艦長アルカルブ・ヒラカワラの2から指示を受け、カヌメナーアの観察、観測、サンプル採取を行った。
「うん。そこで帰って来て、みんなやわたしと七夕のお祭りしたよね、おつかれさま。」
疲れた、という結果だけを受け取ったものの、楽しくなかった、と言えば嘘になる。
「あなた」のパートナーであるガルデニア、カランコエ、ナナカマド、アロエ、フィンネル、ヒヤシンス、そして目の前の作者おおとろべふこ、ロータス2とそれぞれ「お祭り」を楽しんだ。
「なるほど、私とは楽しくなかったのかな?」
隣から、声をかけられる。
この第六部 第九次元人の「あなた」へ。では読者の「あなた」は結果の変わらない選択肢を選ばされていた、それはカヌメナーアとは別の個体、第十三次元人がおおとろべふこに作品を書かせ、読者の「あなた」が選択肢という体で与えられた可能性のひとつを選ぶ心の動きを観察するため。
その選択肢とは違う、別の解を選び続けていた存在。
「まーだ出て来ちゃだめだよナイン2ー、もー水着着てきたのー!?」
「ふふ、対の存在になる私に、この美しさを見せないのは罪になるからね。」
適当なことを言って、精いっぱい考えたであろうセクシーなポーズを取る彼女を、べふこは両手で枠外へ押し出した。
「はぁはぁ、とりあえずナイン。」
乱れた呼吸を正しながら、べふこは「あなた」に何かのチケットを2枚渡す。
「これで、ガルデニアと真夏の思い出作ってきて。」
とん。
両手で肩を突かれて、「あなた」は姿勢を崩す。
すかっ。
バランスを取ろうとした「あなた」のつま先は空を切り、その足の動きはそのまま「あなた」の身体を、白い空間へ引き摺り込む。
白い、闇の中へ落ちる。
「刹那トラッカーは、「あなた」の思い出で動くのー!たのしんできてねー!」
ぐわんぐわん、とドップラー効果のように大きくなり、小さくなりまた大きくなるべふこの叫び声を聞いて、「あなた」は目を閉じた。
─────
こと、ことん。
「ナーイーンー。」
かたかたかた、ことん。
肩を、揺すられている。
「そーろそろトンネルを抜けますぞー。」
ガルデニアの、声。
目を開く。
暗いトンネルが、窓の向こうに見える。
しゅわああ。
時折、ランサーで光化したいくつもの魂の残滓が、輝いて流れる。
A、「ここ、は─。」
B、「ルニア。」
A、─「ナインおつかれでしたからなー、この魔導列車のー、ナガシメ?に乗ってすぐに、くーくーおやすみされましたなー。」
「あなた」が焼かれた世界から託された少女、ガルデニアは両手を合わせ、頬に添えて目を閉じる。何ということはない、おやすみのポーズ。
B、─「えへへー、ナインー。」ガルデニアは、「あなた」の腕を抱きしめて、「あなた」の首元に頬擦りをする。
かたこと。
2人だけの乗客を乗せて、列車は揺れる。
A、ガルデニアを抱きしめる。
B、ほっぺをくすぐる。
A、─「あなた」は優しくも力強く、目の前の少女を抱きしめた。血の繋がりの無く、それでいて固い絆で結ばれた姉たちを失い、それでも「あなた」と共にこの世界を歩いて、歌って、泣いて笑った、女の子を。
「えへへー。」
抱きすくめられて「あなた」が頬擦りをする少女は、ゆっくりと「あなた」の腰に腕を回して、同じように抱きつく。
B、「あなた」は利き手の人差し指でガルデニアのほっぺたを押す。
「むー?」
きょとんとした顔のガルデニアの、そのほっぺたの表面を指先で好きにに動かしてくすぐる。
「えへへへ、くすぐったいですなー。」
きゃあきゃあとガルデニアが笑い、「あなた」の胸元に飛び込んで顔を埋める。
しゃっこ、しゃっこ、しゅここここ、ぼぉ〜。
魔導列車ナガシメは警笛を鳴らし─。
ぱんっ。
そんな音が聞こえた気がした。
狭いトンネルの中、白熱したランサーとそれに灼かれるツタが起こす熱は保護された車両の中の空気をいくらか圧縮していた。
それが、ツタのトンネルを抜けた、つまり圧迫から解放された事で、耳の中の空気も抜け、音が素直に聞こえるようになった。そして─。
「わああああ!ナインー!」
トンネルを抜けた先は青空だった。
車両の窓からは溢れる陽光、模倣太陽のものではあるが、が差し込み車両を、ガルデニアを、「あなた」を包み込む。
「あおーいー!」
ソファの上に膝を立て、窓枠に両手を乗せ、窓に顔を近づけるガルデニア。同じように「あなた」は上体を捻って振り向き、ガルデニアの視線の先へ目を遣る。
再現されたアルタ カンパ。明るい黄色の砂浜のように見えるものが広がり、すぐに明るい水色、再現された海が見える。
「わあ、わあ!」
嘆きの灰が全てを覆い隠す湖、エルヴィエルナ。その名も無き樹皮の街で生まれ育ったガルデニアは、世界が焼かれる最中に「あなた」に預けられ、この世界へと送られた。
ロータス綜合学園ではコル、コルソの時点で水難事故に対する訓練として入水し一通りの泳法を学ぶ。
それでも、ガルデニアにとっては。
「あうー!」
輝く海を見て言葉に詰まるガルデニアを、そっと抱きしめる。
「お姉ちゃんたちも、いっしょに来たかったよぉ〜。」
いつもの話し方ではなく、普通の少女らしい、泣き方。
彼女を育てるため、血の繋がらない姉たちは、己を鬻いだ。
逃げ出して、保護されてから世界が焼かれるまで。
ノーカラーズ。
保護され、対惑星文明兵器として改造されてからも、彼女たちは海を見ることは無かった。
「きらきらで、まぶしい、」
「あなた」の腕に抱かれたガルデニアは、「あなた」の肩にあごを乗せている。流れる景色を、空と海を見つめているのだろう。
ぽん、ぽん。
ゆっくりと、背中を優しく叩く。
かつて衛星都市ピニ イラにて、ガルデニアの中にあったアルストロメリアの残滓と口付けを交わした時、姉たちがどうやって甘えんぼの妹をあやしていたか、の動きと想いも「あなた」へ伝えられた。
「んん、もう大丈夫ですなー。」
普段の口調に戻ったガルデニアは、「あなた」の両肩に指を乗せて、「あなた」に向き合う。
目を閉じて、乗り出してくる、
「ん、んん。」
軽く、短く。雛鳥が親鳥の与える餌を啄むような、短いけれど力強い、口付け。
「ね、ナイン─。」
ちょっとだけ、オトナっぽくなった甘えんぼのいたずらっ子。「あなた」は─。
「あーの、流石に貸し切り運行とはいーましてもですね。」
隣から、申し訳なさそうな声がかかる。
振り向く。
「止まった車両の中でそうお熱くされましたら、えー、運行に支障を来たしますので。はい。」
深い青に金のラインが入った制服を着た、車掌騎士がいた。
「むー、ロマンチックの欠片もありませんなー。」
ぶーぶー言うガルデニアと荷物かばんを小脇に抱き抱え、平謝りした「あなた」はホームに降り立った。
「わああ、まーぶしーでーすなー!」
薄暗い車両から、露天のホームへ降り立つと、模倣太陽の強い日差しが「あなた」たちを出迎えた。
「ん、ん。何のにおいですかなー?」
A、「これが、海の匂いだよ。」
B、「潮風って呼ばれてるんだ。」
A、B、─ガルデニアの素朴な疑問に答えようと口を開いた「あなた」の隣から、「こちらは潮風、海の匂いと呼ばれています。」幼いと言ってもいいくらいの少女の声がした。
ガルデニアを抱えたまま、声の方に身体を向ける。
「ようこそ。」
頭の後ろにお団子でまとめた髪にかんざしを挿し、真夏の日差しの下でありながら、太陽系第三惑星、地球で極東の島国で留袖と呼ばれる着物を纏った少女と。
「「「おいでくださいました!アルタ カンパへー!!!」」」
全身が歪にねじれ、または四肢が裂け、または頭部の変形した、
「おどれら誠意が足りとらんわ!言い直しじゃあ!」
先程の少女に叱責をされ、
「「「女神直属騎士隊フラマ セラタの隊長、次元騎士ナイン・エルナ様!対惑星文明兵器ノーカラーズマークシック、準ダクトロのガルデニア・エル・ヴィエルナ、ヴィナヴァルテ様!」」」
整列し、姿勢を正す、
「「「ようこそ、いらっしゃいましたああ!!!」」」
身体がさまざまな海産物に変形した、食化騎士隊だった。
「わあああ。」
ぱち、ぱちとガルデニアが手を叩く。
A、「お出迎え、ありがとうございます。」
「あなた」は略礼を行い、ペアになったチケットを差し出す。
A、─「はい、確かにお預かり致しました、」少女はそれを両手で受け取り、大事に抱える。
「改めまして。」ゆっくりと、頭を下げ、一礼をして。
「この海ブランカ スタランダと山、アルタ カンパそのものであり、旅館プリナ ィ アマザの主人、イノカミ リンです。」
びしっ!
食化騎士隊が並び立つ。それぞれの腕らしきものを胸の前に当てる。ロータス綜合学園でまず身に付ける、軍礼。
ぱしっ。
「あなた」とガルデニアも同じように軍礼を返す。
受け入れられたのだから、こちらも全てを預ける。
ぱ、ぁ。
「あなた」の視界に映る空と海、目の前の食化騎士、イノカミ リンすら模倣太陽の輝きを受け、きらきらと。
「ほーら、ナイン!」
目の前にいる、儚げでいて、力強く「あなた」の腕を引っ張る少女も。
「海いこー!」
弾けるような笑顔で。
A、「ちゃんとアマザにお荷物置いて、それからだよ。」
B、「水着に着替えてからね。」
A、─「そちらでしたら、私共が責任を持ってお預かり致します。」イノカミ リンが微笑む。「ほらほらー、いこー!」ガルデニアは手指を絡ませて「あなた」を引っ張る。
B、「むむ。」「あなた」の言葉に眉根を寄せたガルデニアは、「じゃーん!」くるりと回転し、ロータス綜合学園の制服シャツと上着、二層のスカート、タイツと靴を一瞬で脱いだ。「リコペルのラプリマから着て来たよー!」
こうなったら、諦めるしかない。
「こちら、お飲み物が入っております。」
肩をすくめて苦笑いする「あなた」へ食化騎士の1人がクーラーボックスを渡す。用意が良すぎる、がガルデニアの性格をよく知るべふこが用意したチケットなのだ。これくらいは想定の範囲なのだろう。ずしりとしたそれの肩掛け紐へ首をくぐらせ、「あなた」は海を見遣る。
A、「それじゃあ、失礼します。」
B、「さあ行こう、ルニア。」
A、─「浜の方でもお食事をお召し上がりいただけるように致します。」
ゆっくりと微笑んだイノカミ リンへ、「あなた」は一礼をして浜辺のの方へ歩み出す。
B、─「わー!ナインも海が楽しみみたいですなー!」
きゃいきゃいと駆け出すガルデニアを追いかけるように、「あなた」も走り出した。
ざ、ざ。
踏み固められた道から、踏むたびに足が沈む砂浜へ。靴にまとわりつき、靴下へ入り込もうとする砂に現実を知らされた「あなた」は、靴と靴下を脱いで縛り、肩に掛けた。
「ナーイーンー!こっちだよー!」
両手を顔の前で揃え、ガルデニアが「あなた」へ呼びかける。
小山ほどの大きな岩、に見える対惑星文明兵器ナラシンハの下部発電ユニット、それが鎮座する、その大きすぎる影に入る。
ざぱあ、ざああ。
打ち返す波がナラシンハに当たり、音を立てる。
さあああ、ああ。
影を抜けると、まばゆい砂浜が姿を現した。塩の香りも強く、濃くなった。
「あはははは、あつーい!」
ぱたぱたと、ガルデニアは笑いながら砂の上を踊るように回る。
かつて、地球人の幸拓 結実子はガルデニアを対惑星文明兵器へ改造した際、フタバスズキリュウと呼称される大型の爬虫類になぞらえた。
その体表をイメージした青緑の水着が、明るい黄色の砂浜に映える。
「ナインー!はやーくー!」
ガルデニアはひらひらと舞う。彼女はクエーサーズに破壊された姉、対惑星文明兵器ノーカラーズのマークファイブ、アルストロメリアの肉体を摂食し、その機能と記憶、人格の一部を引き継いだ。かつて踊り子として、さまざまな名も無き街を渡っていた姉のように、腿を上げ、軸足の指先で砂を掴み、跳ね、流れるように、模倣太陽の強い光を浴びる。
A、「日焼けが心配だ。」
B、「荷物を置いたらすぐ行くよ。」
A、─「それなら、心配は要らないよ。」「あなた」は隣から、優しく声をかけられた。
振り向くと、誰もいない。
B、─「早く行かないと、ルニアが真っ黒になっちまうぞ。」からかうような声が、「あなた」にかけられた。
見渡しても、くるくると舞うガルデニアしか見えない。
こと。
渡された手荷物から、軽めの筒容器が落ちた。ひゅう、風が吹く。「ナインへ、これ日焼け止めだからルニアに塗ってあげて。あ、塗るだけだからね?変なとこ触っちゃだめだよ?このビーチはただいま、潜次元戦艦リコペルシカと対星系兵器サン サー ラの全体で中継してるから。」そう、べふこの声が聞こえた。しっかりと。
つまり、先ほどの誰かの声も、この中継を見ている誰かのものだろう。
「えーい!」
ばっしゃあああ!
中継されている。げっそりした感覚のまま荷物を広げていた「あなた」へ、ガルデニアが波をかぶせた。
姉の因子を取り込んでいたガルデニアを、ピニ イラで祈りの子リピニィエーラとの対決にあたり、ハゴロモオトヒメリュウと「あなた」が名付けたガルデニアのモチーフは、今彼女が解き放ち、実際に空を覆うほどの巨大な竜の姿となり、ヒレで海面を叩いている。
A、「こらー!」
B、「やったなー!」
A、─「あははは、つーかまーえーてー!」大気の粒子を操作し音を操る準ダクトロとして、波の音風の音、竜の立てる音を貫いて、ガルデニアは「あなた」へ笑いかける。
B、─「こーっちー、だよー!」竜のヒレから背、首から頭へ飛び移り、ガルデニアは跳ね回る。
「あなた」は観念し、日焼け止めの入った筒容器を手に、砂浜へ飛び出す!
容赦なく照り付ける日差し!
砂浜の照り返し!
立ち止まれば熱が足裏の皮膚に伝わる!
暑い!
シュウウウウ!
ハゴロモオトヒメリュウはガルデニアの意識そのまま、楽しそうに首を回す!
ぶわぁ!
前ヒレが持ち上がる!
「あなた」はガルデニアのやったように、一瞬で!
ばちゃあ!
ハゴロモオトヒメリュウは前ヒレで、小さな子どもがお風呂場で遊ぶように、海面を叩く!ばちゃ、ばちゃ!その巨大な前ヒレが生み出す波紋と衝撃、水飛沫は音よりも速い弾丸となり、周囲に飛び散る!
しゅぱ!
「あなた」は制服を一瞬で脱ぎ、広げた制服で水飛沫の弾丸を受ける!
らああ、あー♪
制服に込められた祈り、ガルデニアの歌がルリローを展開し「あなた」を弾丸から守る!
ばちゃばちゃ!
音を立てて遊び回るハゴロモオトヒメリュウとそのヒレ、海面が織りなす弾丸の雨の中、「あなた」は呼吸を整える。「すうう。」息を吸って、「はああ。」吐く。心と身体、思考を一本の線で繋ぐように─。
A、「飛ぶ鳥、鷹のように─。」
B、「─飛鷹。」
A、制服の発動するルリローにも限界はある!無造作にはしゃぐ竜のヒレが打つ海面、飛び散る水飛沫、それら全ての変数を「あなた」のぜネロジオは計算する!
B、ハゴロモオトヒメリュウの上げる水飛沫は、無造作に海面を叩く事で発生するものであり、それぞれの液体の軌道に再現性は無く、明確な指向性を与えられていない!
A、「参る!」
つまり、「あなた」が飛鷹のぜネロジオで見出した答えは!
シャパァ!
水飛沫が来る!
「あなた」は駆け、足指で砂を掴む!
蹴る!
ばく、ぅ。
破裂音と共に飛び上がり、轟音と共に飛び交う水飛沫を、
ザンッ!
避けるのではなく!
ダシィ!
受けるのではなく!
クワ、ァ!
迎撃するのではなく!
ひゅ、う。
「あなた」の身体は、高く舞い上がった。
しぃ、ん。
凪いだ。
先ほどの弾雨が嘘のように過ぎ去り、背面跳びをした「あなた」は空の青と海の青を瞳に映す。
水飛沫を、流体の表面を、飛鷹のぜネロジオで限界まで縮めた知覚する時間の中、質量を持った固体として踏み、蹴り上げ、あたかも階段の一段一段を駆け上がるように、跳ね上がった。
ふうう、う。
大気の流れを肌で感じる。
眼下にはハゴロモオトヒメリュウの跳ね回る姿。恐らくあの頭部にガルデニアが、いる。
「ばあ。」
「あなた」のすぐ後ろ、首元で声がした。
B、「─ャ。」
これはかつて、女神直属騎士隊メリージェーン隊の隊長、パキラ・リアルラ・ミノが対惑星文明兵器ガルデニアと戦った時の記録を識る「あなた」が取った行動だ。
このカンマ数秒後に、振り向き様にランサーを叩き込む。
そうすれば無限熱量を叩き込まれたガルデニアは沈黙し、その再生に時間を要する。
しかし、
C、「捕まえた。」
「あなた」はランサーの励起を止め、大きく拡がったガルデニアの口元に全身で抱き着く。
そう、別にやっつけるのが目的では無いのだ。
A、B、C、─「あははっ、ナイン、くすぐったいですな〜。」
ひゅるるる。
ガルデニアの頭部、伸びた首は元の大きさへ戻り、「あなた」はガルデニアの頭を抱きしめたまま、ハゴロモオトヒメリュウの頭部に着地した。
竜も遊びに飽きたのか、身体を沈め、首をナラシンハの発電、反陽転斥力エンジンユニットへもたれさせている。
「とっても楽しかったですなー。」
竜の頭の上で、透けた上着をひらひらと風にたなびかせ、ガルデニアは舞う。
A、「おかげで制服はぼろぼろだよ。」
B、「この子も海に来れて良かったね。」
座る「あなた」はそう言いながらハゴロモオトヒメリュウを撫でる。すうう。竜は鼻息を鳴らし、尻尾をぱたぱたと動かす。
A、─「ぼろぼろになっても、また縫って、ルリローを編み込んであげますぞー。」ガルデニアは「あなた」の太ももに寝転がり、頭を動かす。きっと居心地のいい置き場を模索しているのだろう。「あなた」はそんなガルデニアの頭を撫でる。
B、─「ナインとわたしの気持ちが生んだ子ですからー。たくさんあそばせてあげたいですなー。」
きゅおおおお。
竜はひと鳴きして、また頭を落とす。
遠く彼方、見渡せる限り水平線まで空と海が広がるブランカ スタランダ。
照り付ける日差しの中、「あなた」は思い出した。
A、「日焼け止め塗らないと!」
B、「ルニア、動いちゃだめだよ。」
このままでは大事なガルデニアがこんがり焼けてしまう!
「あなた」は急遽手元の筒に手を付ける。
しゅる。
紐を解き、
かぽ。
包み紙を剥がし、
とろり。
日焼け止めの液体、癖のある香りのある液体を手に取る。少し粘性がある、透き通った黄緑色。
「くんくん、果物ですかなー?」
仰向けになったガルデニアの肩へ垂らす。
「ひやっ!つめたーい!」
指先で果実油の日焼け止めをこねて、ガルデニアの細い肩や汗の滲む、首元へ塗りこんでゆく─。
─────
恋人同士の時間ですが、細部省略しています。
─────
「はい、ナインの身体にも塗り終わりましたなー。」
余った日焼け止めを手に擦り込み、竜の身体を青い線の集合に変え、ガルデニアは瓶へ蓋を被せ、縛る。
A、「その子は、刹那トラッカーで喚んだんだね。」
B、「もう少し乗っていたかったよ。」
A、─「うん。刹那トラッカーは使えますなー。わたしもサン サー ラに登録された準ダクトロで、対惑星文明兵器ですしー。」
B、─「あの子もサン サー ラの一員ですからなー、あんまり遊べないよー。」
「あなた」は「うーん。」と唸る。
サン サー ラ。
かつてクルルガンナ星人が、太陽系第三惑星人との決戦において使用したとされる、対星系兵器。
それは、まだ「あなた」には示されていない。
頭を捻り続ける「あなた」に対して、ガルデニアは身を屈め、両手で海水を掬う。
「ナイン、この子がどんな生き物か知ってる?」
ガルデニアの掬った海水には、透き通るような、薄い膜のようなものがあった。
A、「生き物…小さな、半分透明で、うーん。」
B、「くらげとか、小さな生き物の集まりかな。」
A、B、─「うん、この子はみずくらげ。」ガルデニアは、腰を屈めて、そっと両手を海面に沈め、「ありがとね。」その生き物を解放する。
「ちっちゃな生き物が集まって、ひとつの大きな形を作るの。」
ぱちゃ、ぱちゃ。
両腕をまっすぐに広げたガルデニアは、ゆっくりと、回る。
「わたしたちも、そうやって大きな、ひとつの生きものになるの。」
A、「それが。」
B、「サン サー ラ。」
クルルガンナ星人の使用する兵器は、全てが太陽系第三惑星地球での、いち地域の宗教、多神教、その神々の名前などに酷似している。
サン サー ラもまた、それにあたる。
「わたしたちもね。」
ゆっくりと、それでいて、空の雲と海の流れのように、力強く。
「食祭の時、祝詞を言うでしょ?」
A、「彼または、彼女の尊き命に感謝を。」
B、「ありがたく、いただきましょう。」
A、B、─「うん。」ガルデニアは頷く。「わたし達も、死んじゃったらどこか、海の生きものか、山の生きものになって、食べたり食べられたりで、いのちの流れが、ひとつの大きないきものになるの。」
さああ、さ、あ。
波の音だけが聞こえる。
ゆらゆらと、薄いピンクのシースルーを羽織って、ガルデニアが舞う。
「るー、らららー♪」
ガルデニアは焼かれた世界で、姉を摂食せざるを、得なかった。
さあああ。
波が、潮騒が、ガルデニアを遠くへ連れて行ってしまうような気がした。
A、抱きしめる。
A、─「わわ、ナインー。」慌てたようにじたばたしていたガルデニアは、やがて大人しくなる。「君を、1人にしない。」そう「あなた」は宣言し、ガルデニアと口付けを交わす。
さあああ。
波の音が2人を包んで。
「おふたりともー、お食事の用意が出来ましたー!」
見つめ合っていると、声をかけられた。
振り向くと、エビの頭をした、胸部と腹部に無数の脚が生えた食化騎士が、イノカミ リンに頭をはたかれていた。「ムードっちゅーもんを大事にせえや!」という怒鳴り声まで聞こえてくる。
「ふふ、」
腕の中のガルデニアが笑う。
「おなかすいちゃいましたなー。」
A、「そうだね。うん、行こう。」
A、─「あなた」はガルデニアの手を引いて、浜辺へと歩く。
食化騎士たちはビーチパラソルを立て、ブルーシートを敷き、かんたんな鉄釜へ炭を入れて、火を熾してていた。
ぱたぱた。
両目と口が扁平な頭部の片側に寄った魚、ヒラメに酷似した食化騎士は、うちわをもう片方の手に当てるようにして風を送っている。
「お帰りなさい。」
上半身が渦を巻いた殻に覆われた食化騎士から、適度な温度の煎茶を渡され、「あなた」とガルデニアは礼を言った後口を付けた。
ごく、ごく。
浜辺で身体を動かした後、日差しの下で日焼け止めを塗り合った「あなた」たちの喉へ、乾いた身体へ煎茶が染み渡る。
「おいしー!」
ガルデニアが声を上げて、「あなた」の腕に抱き着く。
「いー匂いがしてきましたなー。」
ぱち、ぱち。
炭からは火が上がり、網が鉄釜へ乗せられる。
「おいちに、おいちに。」
「ようし、その辺りにせい。」
掛け声と共に、小屋ほどの保冷容器が運ばれて来る。
中には無数の魚、野菜など。
「ほー。」
覗き込んだガルデニアが声を上げ、「あなた」は、
A、「こんなにたくさん…。」
B、「流石に2人だと…。」
無数の食化騎士を労いつつも、その量に愕然とする。
A、B、─「ふふ。」イノカミ リンが微笑み、口を開く。「こちらはガルデニア様の竜に食べていただくためのものです。」「なるほどですなー。」それなら「あなた」も納得できる。ガルデニアの竜、ハゴロモオトヒメリュウはそのベースがフタバスズキリュウであり、それは竜と呼ばれるが首の長い爬虫類であり、トカゲやワニなどと同じ枠に分類される。つまり、本来は海で魚を食べていたのだ。
「宿でお声掛け頂ければ、引き払いに参ります。」
「それでは、失礼します。」
礼をして、イノカミ リンと食化騎士たちは歩き去る。
じわじわと、日差しが照り付ける。
「おいで。」
しゅぱあああ。
ガルデニアが腕を上げて、無数の青い
走査線が走る。
しいいいい。
口元から細長い舌を出し、ハゴロモオトヒメリュウが像作られる。
「それじゃあ、ナイン。」
ガルデニアが改まって食材の山へ向き直る。
「これから、食祭を始めます。よろしいですかな?」
模倣太陽は頭上、南中にあり、「あなた」たちの上に熱と光の雨を降らす。
A、「うん。」
B、「お願いします。」
しいん。
照り付ける日差しも、砂浜が反射する陽光も、その熱すら、奪い取るようにガルデニアの声が響く。
A、B、─「我ら、ナイン・エルナを主人とするガルデニア・ヴィナヴァルテ、2人の子リピニィエーラ・ピニィラは、ここに集められたいのちを以って、今日と明日を生き永らえます。彼と彼女らの尊い命に感謝を。」
どう聞いても聞き逃せない所があった。けれど準ダクトロであるガルデニアの祝詞に、身体の制御を預けてある。「あなた」の肘は体側に準い、手は顔の前で掌を合わせる。
「ありがたく、頂きましょう。」
A、「頂きます。」
A、─きゅいいい。
リピニィエーラと呼ばれた竜もまた、「あなた」に続いて声を上げる。
「それじゃーナイン、お魚さん焼いちゃいますぞー。」
木ばさみで魚の切り身を摘んで網に乗せていくガルデニアへ、「あなた」は
A、「ちょっと待って。こふこふ。」
慌てて声を出した「あなた」はむせる。
「リピニィエーラってリピニィエーラなの!?」
衛星都市ピニ イラにて、別次元人フィンネルより受けた技術により製造された「祈りの子」、対惑星文明兵器の「出来損ない」リピニィエーラ。
そう確かに、ガルデニアはハゴロモオトヒメリュウを呼んだ。
A、─「そうだよ、お義父さん。」竜はいきなり、人語を話した。
A、「解釈が違う!もっとこう、触れ合って少しずつ名前を覚えて、辿々しく言葉を覚えていくべきだ!」
B、「ちょっと、そういうのじゃなくて、もっとこう、荒々しい竜とのコミュニケーションで少しずつ関係を深めてとか…。」
そう、来歴不明の竜を巡り、「あなた」と秘密組織、研究機関とのやり取り、最後は夏の夕日に竜を野生に返し、冒険は幕を閉じる。そんなワクワクがあったはずだ!
A、─「ナインが水の惑星でカヌメナーアに接触してる間に、邯鄲で終わらせちゃったよー?」
じゅううう、魚を焼きながらガルデニアが言う。
B、─「お義父と義母さんとは、もうピニ イラでめちゃくちゃにされちゃったし…。」リピニィエーラが、申し訳なさそうに言う。山ほどに大きな爬虫類が、心なしか切なそうな表情をした事に「あなた」は
B1、ときめいた。
B2、キュンときた。
そして、「あなた」はリピニィエーラの頭部に抱き着いて、優しく撫でる。
そう、こういうのがしたかった。ひんやりとして、それでいて海の香りと、触れてわかる、脈打つ命の証。
「ナインー、焼けましたぞー。」
ガルデニアから串に刺した魚を受け取り、「あなた」はかぶりつく。炭の香りでじっくり焼かれた魚は、「あなた」の口腔と鼻腔を満たし、喉を通り胃袋へ流れ込む。
きゅう。
魚を食べる「あなた」を見つめる視線がある。
大きな身体にぬらぬらとした、青緑の鱗、それでいてつぶらな瞳。
腹側の体表は黄色みがかった白色で、それが砂浜と混ざるようで愛らしい。
A、お魚を食べさせてあげる。「はい、あーん。」
A、─ば、かぁ。ゆっくりと、その大きな口を開きリピニィエーラは「あなた」の焼き魚を受け入れる。
その巨躯に対して、ヒト種のサイズの生き物が食べる焼き魚はあまりに小さい。それでも「おいしい?」と尋ねた「あなた」へ、「お義父さん大好き!」とリピニィエーラは返事をした。本当はもっと荒々しく、鼻を鳴らすくらいが良かったものの、これはこれで、娘が育ったようで嬉しくも─。
お義父さん。
そう、リピニィエーラは「あなた」に言った。
A、「ウバタニの事を、お父さんの事を、覚えているのかい。」ピニ イラでの戦いの記憶があるのだから、間違いなく記憶しているのだろう。それでも、聞かずにはいられなかった。
ゆっくりと、「願いの子」は首をもたげ、「あなた」に向き合う。
A、─「父を、父たち、母たちのことを、覚えています。」対惑星文明兵器として、感情や知性、戦術や戦略の即応的な習得のため、数百万の命が、リピニィエーラに、自信を供物として食べさせる事を選び、実行した。
「あのヒト達には、クルルガンナ解放戦でパートナーや子どもを失くした、守りきれなかった深い後悔と、憎悪だけがありました。」
リピニィエーラのその言葉に、かつて「あなた」を突き動かしていた、ガルデニアの姉たちを、焼かれた世界の犠牲者たちのために、カヌメナーアを排除する、という感情を抱いていた記憶が甦る。
「あなた」の視線が、過去を見つめるものから再び自身へ向けられたのを確認して、リピニィエーラは口を開く。
「あのヒトたちへ抱く感情は、複雑なものではありますが、」
水遊びをしていた時の、無邪気な姿は無く、今は落ち着いた年齢の女性のような話し方をしている。邯鄲の中で、自分と向き合い続けたから、感情の切り替えが出来るようになったのだろう。
「私、は─。」
それでも彼女、山ほどの大きさの竜は、言葉に詰まる。
A、「いいんだよ。」「あなた」はリピニィエーラの、震える口元に抱き着いて、優しく撫でる。
A、─「お父さんが、欲しかった…!お母さんに、撫でられたかった!」
堰を切ったように、リピニィエーラは四肢を動かして、鳴く。
「あなた」と同じように、ガルデニアも彼女の口元へ抱き着く。
A、「ドラン、ドリン、ミア、インファノ…。」
A、─「ねむれ、ねむれ、いとしいわがこ♪」
「あなた」の、子守歌のポデアに合わせ、ガルデニアが唄う。
少しずつ、泣き疲れたリピニィエーラがしゅううう、と穏やかな寝息を立て始める。
そうして、2人で引き取った子どもを見守り、日が暮れた。
模倣太陽は模倣された海の果て、地平線へ沈み、青い海を赤に染め、空は青さを、深みを増してゆく。
─────
「そうだ、私、ヒトの姿になれるんですよ。お義父さんに抱き着いたらよかったです。」
そう、リピニィエーラは照れ臭そうに言った。
A、「君はそのままでいいんだよ。」
B、「これ以上、大きな生き物と触れ合う夢を壊さないで…。」
A、B、─「ナインは照れ屋さんですからなー。」ガルデニアはにこにこと、リピニィエーラを撫でる。
「それでは、私はサン サー ラの列へ戻ります。また。」
鼻先を「あなた」の全身に擦り付け、リピニィエーラは青い走査線となって消えた。
ぎゅっ。
手を握られる。
「やっとふたりっきりになれましたなー。」
上目遣いで「あなた」にガルデニアが抱き着く。
「ナインをひとりじめですなー!」
頭を、全身を、リピニィエーラのように擦り付けて来る。
そう、ガルデニアもまた、家族を失い、「あなた」と、フラマ セラタという家族を得た、ひとりぼっちの─。
がくっ。
ガルデニアは疲れてしまったのだろうか?急に力が抜けたので、「あなた」は抱きしめる。
しゅ、ぅん。
夜の空に、青い走査線。
ぱしいいい。
黒い、光が走る。
ちちち、ちち。
どこかで聞いたような、小鳥の鳴き声がする。
「ふっふっふ!」
女性の、声。
「おーおー、コイツがナインかー。」
勝気そうな少女の、声。
「ガルデニアも趣味が悪いよぉ〜。」
別の、声。
「私はもうキスしたよ!ルニアのパートナーだから私とも相性いいと思う!」
さらに別の、声。
びくう!
「え!?」
「あなた」の腕の中のガルデニアが、跳ねたように意識を取り戻す。
「やあガルデニア、ずっと見ていたよ。」
「手出し出来なくて歯痒い所もあったけどな。」
「室長も趣味が悪いよぉ〜。」
「そこはほら、ルニアが刹那、トラッカー?を使えるようになったから。」
「あなた」の腕の中、ガルデニアが声を上げる。
「みんななの!?」
「ちちちち、ちゅん!」
「そうだよ。私のかわいいガルデニア。」
「まさかパートナーを見つけるなんてなぁ。」
「お菓子食べながら見てたよぉ〜。」
「オイル塗る所も見てたよ、やるねぇナインー。」
手のひらに乗るような、女神ロータスが肉体を与えたアロエのような、そんな小鳥と、4人の少女がいた。
「改めまして。」
「対惑星文明兵器ノーカラーズ、改め。」
「ガルデニアのサポートに就く事になった。」
「フルカラーズだよぉ〜。」
刹那トラッカー発動編③フルカラーズ 了
「私達は出なくて良いのか?」
「ふ、ここで見守るのも良いじゃないか。」




