迫り寄る狂気の足音
布団を肩まで被り思慮に耽っていると,
扉の奥から聞き馴染んだ棘のある声が聞こえてきた
声質で判別せずとも口調の強さで誰だか即座に分かる
マヤだ
彼女は僕が静かになった途端,扉を無機質に開けてきて
そのまま先程までスーパが座っていた椅子に腰掛けた
左手には藁で編まれたであろう,取手付きの箱を持っており
座ると同時にそれをももの上に移した
「えとー……
今しがた僕が話していたこと,もしかして聞き取れてた?」
「いえ?
カガミの発する声が小さすぎて,
しかも滑舌も悪いと来たもんから全く聞こえなかったわ
そのぼそぼそ自信なさそうに喋るの,人前ではしないように」
「なんか今の一瞬ですげー傷ついたけど,
聞こえなかったのならノープロブレムだ
まぁいい,それで……マヤはここに何をしに?」
「決まっているじゃない
カガミの体調の確認と診断よ
私,こんなんでも元治癒士見習いだったから」
マヤはももに置かれた藁の箱を手で
ぽんぽんと数回優しく叩く
視線は変わらず僕の方を向いており
体の隅々を観察し異常がないか確かめているようにも見える
「治癒士見習い…………
そういえばで,
ルナーシュ様やプラティさまが
治癒魔法使えるのは知ってたけど…
あんたも使えるんだね?
治癒魔法ってそんな身近でお手軽なの?」
「お手軽?? そんな訳ないじゃない
基礎魔法を満足に扱える者の
更に一握りの努力や才能の持ち主しか扱えないわよ
しかも…… 凄い失礼なことを言ってしまうけど
ルナーシュ樣やプラティ樣の使われる治癒魔法は
補助,気休め程度にしかならないわ」
「え? 唐突なディス?
その気持ちは?」
「2人それぞれの魔法適正って
ルナーシュ樣は水,プラティ樣は岩でしょ?
もちろん知っていると思うけど……
あっ,カガミのことだから常識だとしても知らないか……
分かった 1から説明するわ」
お決まりの毒を吐き,
僕が小さく頷くのを確認すると魔法の初歩に関する解説を始めてくれた
「まず……
治癒魔法は基本的に『風』適正の者しか扱えないわ
悪しき空気をなくし良い空気の循環を生む,
それが全ての病気や怪我の治療に必要だからね
別にそれ以外の適正の人でも使えはするんだけど,あの2人みたいにね
まぁ要は治癒魔法はほぼほぼ風の専売特許,って思っとけばいいわ」
簡易的な解説をしてくれる間にマヤはももに置いた箱を開封し,
その中に入っていた包帯や聴診器などを続々と出していく
どうやらあの藁の箱は医療用具の入った往診バックのようだ
「それで私は風適正,
しかも人生の多くを治癒魔法の鍛錬に費やしてきた,
だからカガミの治療に来たわ」
「なんか文の因果関係に僕は一言物申したいけど……
因みにだけど,マヤ以外の人の魔法適正って知ってる?」
そう疑問を口にするとマヤは少しの間だけ黙りこくるが
すぐに口を開いた
「確か……
ルナーシュ樣が水,プラティ樣が岩,
カルシュ樣とテリウム樣が火で,
スーパ君がその他……だね」
「え? その他?
その他ってなによ」
「あんま覚えてないけど……
空間操作系よ
具体的には瞬間移動とか空中浮遊とかだったはず」
彼女は首を小さく傾げながらそう言う
「え!?
なにそれカッコよ!!」
「まぁ普通の人間じゃ絶対に出来ないでしょうね
魔力の消費量が大きすぎて……
スーパ君みたいな妖精だからできることね」
「その『妖精』ってそんな凄いの?」
「そーよー
もう説明面倒くさいからしないわよー」
マヤは気だるそうに喋り,
両手で小さくバッテンマークを作る
「ああ……
そうだ! あと…………」
「あと? あと何よ?」
次に紡ぐ言葉に悩み,数秒黙っていると
マヤが厳しめに催促をしてきた
急かされてもなお,次に言おうとしてたことがどうしても
出てこずまた黙ってしまう
だけどなんとか脳の全細胞を振り絞りこう言葉を紡ぐ
「あっ,あっ,ありがとう
勿論……さっきの質問に答えてくれたこともだし,
なにより……心配してくれてありがとう
あんたあの時すげー焦ってくれてたじゃん
すごい傲慢だけど僕の為に必死になってくれたってことが
なんていうか,嬉しかった」
「…………そう」
彼女はそう小さく呟くだけでこれ以上何も言ってこなかった
ただ黙ってゆっくりと聴診器を耳に当てる
「え……?
殴ってこないの?
本気で殺される覚悟で言ったのに……」
「まぁいいんですよ
実際に私焦ってたし
はい,服まくって 心音測るから」
「え……あいやぁ
ちょっとレディに肌身をさらけ出すのは……」
「今回は殴るわよ」
「ごめんなさい
すぐやります」
決して冗談ではないであろうマヤの脅しに恐れをなし,あえなく屈する
したらば純白の布団を丁寧に折り返し,体を起こしていく
薄手の患者衣を剥がすと,
彼女は聴診器を胸の辺りに押し当て,耳を澄まし僕の心音を聞く
「……やっぱり まだ脈が早いね
そう簡単に出血の影響は抜け切んないものか」
そう小声で嘆きながらも,次は右手を僕の首筋に当てて
頸動脈の脈動を測る
それが終わったら,休む間もなく
彼女は布団に隠れていた僕の腕をひょいと取り上げ
深爪のまばらにある指をじっと見つめる
そして親指で爪を数秒間強く押さえた
圧迫によって白く変色した爪床から指を離す
爪の色がもとのピンク色に戻るまで少しの時間がかかったのが見えた
「色が戻り切るまで5秒もかかってる………
まだ血が足りないか」
マヤは再度首筋に手を当て,
微々たる力を込める
首が緑色の光球に包まれその中に向かって光の粒が集まっていく
夕食の時のルナーシュ様の治癒魔法と比べれば
確かに玉の大きさも粒の量も段違いだ
「これで一応ありったけの治癒魔法は注いだわ
滋養にいいものを食べて安静にしてれば,失った血は1週間もすれば回復すると思う
ただカガミが3日前,
奴隷からの暴行や山に登った時に受けた負傷は未だ深刻よ
申し訳ないけど
これは私の力では一朝一夕で治せるものじゃない
だから明日から毎日,寝る前に治癒魔法をかけにいくわ」
彼女は聴診器を取り外し,包帯等と一緒に箱の中に手早くしまう
椅子から立ち上がり,ドアノブに手をかける
だが部屋から出る直前,
何かを思い出したかのように躯体を丸ごと僕の方へ翻す
「プラティ樣と魔法の訓練をするのは別に構わないけど,
無茶だけは絶対にしないように」
「分かった……
あぁ,最後にあと1つだけ!」
「___?」
「……おやすみ」
「…………ふふっ
ええ。おやすみ」
そう言い残しマヤは藁の箱を腕に抱えたまま
部屋を後にした
「甘酸っぱい,って言うには
ちょっと相手のツンツンが酷すぎやしねぇか?
まぁ……こんな大事な時に恋愛云々を考えてる僕が
一番の馬鹿か」
そうぼやを吐き終わった直後,
ドアを3回,ノックする音が聞こえた




