ベナミス・デミライト・キングその5
城に帰るのには、それなりに時間がかかる。城に戻ったころには、もう夜も近かった。
城に戻ると、何故だかすぐに王に呼び出された。
やっぱり嬉々として帰ったのはマズかったのだろうか?
緊張しながら城へと入った。
そして、すぐに困ったこととなった。
そう、迷ってしまったのだ。
無駄に入り組んだ城である。
だが、よく考えたら当たり前かもしれない。敵が入ってきたときに、すんなり移動されないようにだろう。
おかげで俺は迷ってしまったわけだが。
「貴様!何者だ!」
大きな声が後ろから聞こえた。
間違いなく俺を咎める声だろう。
「待て、すまない。迷ってしまったのだ」
そう言いながら、振り向いた俺の目には、意外な人物が目に入った。
歌姫様である。
「迷っただと!嘘をつくな!警備の者がいただろう!」
歌姫様は侍女と護衛に付き添われていた。
当然、俺を恫喝しているのは、護衛の兵士である。
先日来たばかりの、俺の顔を把握されてないのは仕方がないだろうが、困ったものである。
それに警備なんていなかったんだが……。
「お待ちください」
歌姫様が美しい声を出した。
当たり前ではあるが、歌だけではないのだなと思う。普段から美しい声をしているのだ。
「はっ!どうなさいましたか?」
「あの方は、ベナミス隊長でしょう」
俺は驚く。
もちろんそれで合っているが、最近来たばかりの俺を、歌姫様が認知しているとは驚きである。
「それは……あの部隊の……失礼いたしました!」
あの部隊とは、どの部隊だろうか。どんな噂をたてられているのだろう。
まあ、それはともかく誤解が解けたようで、大変助かった。
「いえ、迷ったこちらも悪いので……」
こちらも謝ったせいで、なんだか微妙な空気になってしまった。
早く立ち去りたいのだが、正直に言うと、王の間がどこだったか伺いたい。
「今日も戦って来たのですか?」
いや、俺は戦っていない。
「そうですね」
だが、そう答えるべきではないだろう。
「大変でしたでしょう。お怪我はありませんか?」
歌姫様は俺の手を取った。
怪我がないか確認しているのだろうか?
だが俺に、"ある気持ち"が生まれる。
なんだろうかこの気持ち。
こんな気持ちを歌姫様に抱いてもいいのだろうか?
「い、いえ。俺は別に」
戦っていないのだから、怪我なんぞするわけがないのだ。
「そうですか、それは良かったです」
歌姫様が手を離し、胸を撫でおろした。
駄目だ。気持ちが、ある考えが収まらない。
その気持ちに胸が"どきどき"する。
「は、はあ。ご心配ありがとうございます」
いいのだろうか、こんな気持ちを抱いてしまって。
だが、誰にも話せないだろう。
歌姫様は、俺と似た者同士だと感じたなんて。
つまり、彼女は嘘をついて生きている。
こんな気持ちを抱いてはいけないだろう。
緊張のあまり動悸がはげしくなる。
「どうかなさいましたか?」
美しい声だ。声だけではない、髪も、肌も、顔も美しい。
昔見たウルスメデスそのものだろう。
俺の抱いた思いは漠然としたものだ。
なんとなく、そう思っただけだ。
それに、俺には関係ない事だ。
「い、いえ。大丈夫です。すいませんが、王の間はどちらでしょうか?」
だから忘れよう。
そう思った。
「それでしたら、あちらへ突っ切っていくと早いですわよ」
突っ切っていくってのは少しおかしいだろう。
いや、駄目だ。
忘れようと誓ったばかりである。
「そ、そうですか。お忙しいでしょうに、ありがとうございます。それでは」
俺はこの場所にはいたくなくて、逃げるようにその場を去ったのだった。
♦
「おっと」
そして、逃げた先でレミトル軍団長に会ってしまった。
なんだか気まずい。
「どうしてそちらから?」
当然の質問だろう。
本来なら警備がいて、入ってはいけないところの様だ。
「ああ、すまない。迷ってしまってな。怒られたよ」
嘘は言ってないし、問題はないだろう。
「そうか。それは災難でしたな。どちらへ?」
迷ったと言ったので気を遣われたようだ。
もう向かう先はわかってしまったのだが、好意は受け取るべきだろう。
「ああ、ウィグランド王に呼ばれてな」
「それなら、案内しましょう」
俺は黙ってレミトル軍団長に着いて行くことにする。
「おお、それは。毎度申し訳ない」
「それではいきましょう」
そうして、レミトル軍団長と歩いていると、甲冑を着こんだ女性に遭遇した。
「おお、メネイア。お主も、王の間に向かうのか?」
どうやら、レミトル軍団長の知り合いのようだ。
「……」
だが、女性は喋らない。
知り合いなんだよな?
よくわからないが、彼女は黙ったまま着いてくるようだ。
そして、すぐに王の間に着いた。
なんだか、思ったよりも近い。
「失礼いたします」
レミトル軍団長が、率先して扉を開けてくれる。
正直助かる。
俺だけだと、扉の前でうろうろしてしまっただろう。
「おお、来たか」
ウィグランド王は、気さくに我々を迎え入れた。
その様子から、悪い事はなさそうだと感じ、ホッとする。
「はっ!」
我々は膝をついた。
「此度はよく頑張ってくれたな。礼を言うぞ」
俺は頑張っていないので、そう言われると少し困る。
「それで早速で悪いのだが、ベナミスよ」
俺は急に名前を呼ばれて、びくついてしまう。
「貴殿の部隊には名前はあるのか?」
そんなものはない。
俺は自虐も込めて、奴隷部隊と呼んでいるが、流石にそうは言えない。
反乱軍だろうか?いや、解放軍だったか。
「いえ、我々は解放軍と呼んでいましたが、もうそれも終わりました」
なんだか、解放軍ごっこをしていたころを遠く感じる。
「そうか。それなら、これからはデミライト隊と名乗ると言い」
いや、それは駄目だろう。
何故なら恥ずかしい。
それに、そんな名前をつけられたら、益々逃げられなくなるではないか。
「……はっ!ありがとうございます」
反論はたくさんあったが、とても言えるわけがない。
「それでは、褒美を取らす。何でもよいぞ」
おお、何でもとは本当だろうか。
それなら、畑が欲しい。
争いなんてない場所で、畑を耕して生きていくんだ。
「それでは、仲間の報酬の上乗せをお願いいたします」
だが、言えない。
デミライトのいないデミライト軍になんてないだろう。
いや、俺はそれでも困らないのだが。
仲間に説明が出来ない。
「ふっ、そうか。貴様の様な素晴らしい隊長を持って部下は幸せじゃの?」
不幸の間違いである。
あの部隊には、もっと勇猛な隊長がつくべきであろう。
「そんなことは……」
本当にそんなことはないのだ。
「それでは次に、メネイアよ褒美は何がいい?」
喋らないし、彼女が何者かわからなかったのだが、俺と並べて話されているということは部隊長なのだろう。
あの押していた部隊だろうか?
「……」
メネイア殿は、何故か黙ったままだ。
長い沈黙が流れる。
「ふぅ……まあよい。褒美は適当に渡すとしよう」
なんだか変わった奴のようだ。
「それでは解散とする。皆よくやってくれた。快挙である。だが、油断だけはするな」
どうやら、もう解散になったらしい。
報酬の上乗せは、仲間達にとっても良い報せになるだろう。
喜ばしい事である。
そして帰ろうと思ったのだが、どうにも隣でレミトル軍団長が固まっている。
そういえば、何故レミトル軍団長は呼ばれたのだろうか。
わからないが、案内してもらった手前、放っておくわけにもいかない。
それに、帰り道も教えて欲しい。
「レミトル殿?レミトル殿?」
駄目だ返事がない。
俺は諦めて、一人で帰ることにした。
♦
その夜の事である。
報酬の上乗せを聞いて、仲間たちははしゃぎ、酒盛りを始めてしまった。
俺だけ抜けるわけにもいかずに、仕方がなく参加する。
「あれ?ベナミスさん。聞こえますか?」
そう言ったのはラエインだ。いつだって俺の近くにいる。
「なにがだ?」
仲間達の笑い声なら聞こえるが、そういう意味ではないだろう。
「こっちです。来てください」
「あ、おい……仕方ないな……」
俺はラエインを追う。
そして、ラエインを追っているうちに、確かに"聴こえる"。
「わあ、ベナミスさん。歌姫様の歌ですよ」
確かにそうだ。
これは歌姫様の歌だろう。
だが、なんだか気まずい。
しかし、これは……。
「やっぱり凄いですね。元気が湧いてきます」
「いや、いつもと違うな」
何故だかそう思った。
いつもと言う程、聞いていない癖に。
「そうですか?」
だがなんだか――
「こっちの方がいいな」
そう思ったのだ。